上 下
14 / 47
第5章 風

風Ⅰ

しおりを挟む
「ミユ」

「ん~……?」

「ミユ!」

 名前が呼ばれている事にはっと気付き、慌てて上体を起こした。
 声のした方を向いてみると、そこにはフレアの顔があった。少しだけ呆れ顔に見える。

「そろそろ行くよ。着替えて」

「えっ? うん」

 そんなに早くから出掛けるのだろうか。
 時計を見てみれば、針は十時を回っている。
 明らかに寝坊だ。

「着替えたら廊下に出てね。あたしたち、そこに居るから」

「うん」

 慌ててベッドから降り、ブーツを履いた。再び顔を上げた時には、フレアはドアから顔を覗かせて手を振っていた。
 ぺこりとお辞儀をし、椅子の背凭れに掛けてあった服を手に取った。スカートを履き、服を着て、マントを羽織る。
 自分を落ち着かせる為にも、一度、テーブルに置いてあったコップに水を注ぎ、ぐいっと飲み干した。
 早くしなければ。迷惑をかけてしまう。
 床を蹴り、ドアノブを回す。
 そこには見知った三人の顔が並んでいた。

「遅刻しちゃってごめんなさい」

「ううん、気にしないで。あたしも遅刻する事だって結構あるし」

 フレアはにこりと笑い、クラウとアレクの顔を見遣る。

「そもそもさ、集合時間なんて決めてたっけ?」

「いや、決めてねーな」

「じゃあ、遅刻とか無いじゃん」

 そうか。明日とは言われていたけれど、時間までは決められていなかった。
 何だかクラウに救われた気がする。
 改めて、三人に向かって頭を下げた。

「もう会議室に行く必要も無いし、此処でミユの為の魔方陣作っちゃったら?」

「あぁ、そーだな」

 アレクは前方に右手を翳すと、その中には瞬く間に身長程の長さの、木製の杖が現れた。先を床に向けると、その杖を中心にして、縁には見た事の無い文字が描かれた五芒星の魔方陣が出来ていった。
 此処でふと疑問に思った。

「これ、何の魔方陣?」

「風の塔に繋がる魔方陣だよ」

「ワープは使えないの?」

 そう、ワープだけなら私も出来る筈なのだ。
 首を傾げると、クラウは小さく頷く。

「俺たち、一回でも行った事がある場所じゃないとワープ出来ないんだ」

「えっ?」

 それでは、私が初めてワープした現象は何だったのだろう。あんな花畑は、行った事も見た事も無かった。

「でも、私――」

「出来たぞ」

 私の疑問はアレクの声に遮られ、続く事は無かった。
 アレクはニッと笑い、魔方陣を見る。

「ミユ、魔方陣の中に立つんだ」

 いきなりそう言われても、未知の世界だ。恐怖心が勝ってしまう。
 膝が小刻みに震えてきてしまった。

「怖い……」

「大丈夫、あたしたちも付いてるから」

 フレアは私の背中をそっと一撫でする。
 すると、震えがぴたりと止まった。

「絶対に付いて来てね」

「うん、安心して?」

 フレアの言葉を、皆の笑顔を信用しよう。
 恐る恐る魔方陣に近付き、縁を踏んだ。その瞬間、黄色の光が辺りに溢れ返る。
 眩しい。
 腕で目を守り、身構える。
 それも僅かな間で、音もなく光は消え去った。
 目の前にあるのは、黄色い石造りの、空まで続いていそうな程に高い塔だ。頂上はよく見えない。その周囲には、むき出しになっている沢山の黄色の岩が転がっている。それは塔の向こう側で途中で途切れ、空が始まっていた。崖になっているのだろうか。
 ほんの僅か遅れて、三人も到着した。私の前に立つと、揃って振り返る。

「ミユには此処に居るヤツと会ってもらう。ソイツが過去を知ってる筈だ」

「それは、誰?」

「オレらにも分からねぇ」

 誰かも分からないのに、その人は信用に値するのだろうか。
 眉を顰めると、アレクはガハハと笑う。

「心配すんな! 誰もソイツに危害を加えられたヤツは居ねぇからな」

 危害を加えられた後では遅い気がする。
 誰にも分からないように、こっそりと溜め息を吐いた。

「オレらも付いてくからよー、心配すんな」

「行こう」

 クラウの言葉を皮切りに、三人は踵を返して塔を見上げると、少しずつ塔の方へと遠ざかっていく。
 私も行くしかない。
 重たい気持ちを切り替え、自身を奮起させる。
 土の鳴る音を聞きながら、三人の後に続いた。
 直ぐにほの暗い塔の中へと誘われる。

「地の魔導師を連れてきた」

“そうか。地の魔導師、そこの魔方陣の中へ”

 頭の上――見えもしない天井の方から男性の声が聞こえる。
 改めてモザイク模様の床に目を落とすと、円状に黄色の光がほんわりと灯った。

「ミユ、行っておいで」

「過去を覗けるチャンスだぞ」

 そう言われると、心の奥に隠れていた好奇心がめきめきと沸き起こる。
 取り敢えず、行くだけ行ってみよう。

「行ってくるね」

 暗くて表情の分からない三人に微笑み掛け、ゆっくりと魔方陣へと近付いた。
 光の筋を踏んだ途端、平衡感覚が無くなってしまった。眩暈がするような感覚に陥り、瞼を閉じる。

“地の魔導師”

 声に気付き、感覚を研ぎ澄ませる。
 どうやら眩暈は治まったようだ。
 瞼をゆっくりと開けると、所々に黄色の花が咲く草原の中に立っていた。そよ吹く風が心地良い。
 声の主の姿は無い。

「貴方は誰?」

“お前が知る必要の無い者だ”

「む~……」

 唇を尖らせたところで、意地でも素性を明かすつもりはないだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

輪廻転生って信じる? しかも異世界で~blue side story~

ナナミヤ
ファンタジー
百年振りに再会した恋人は異世界の人、しかも死の呪いを受けていました. 神々の奇想四重奏シリーズ 第1部 一国を担う魔導師であるクラウは悪夢に悩まされていた。 前世では恋人を亡くし、廃人となってしまった過去があるからだ。 ある時、前世の恋人と同じ地の魔導師が百年振りに現れる。 再び出逢える事に期待を膨らませるが── 輪廻転生って信じる?しかも異世界で〜green side storyの~ヒーロー視点です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

異世界で俺だけレベルが上がらない! だけど努力したら最強になれるらしいです?

澤檸檬
ファンタジー
旧題 努力=結果  異世界の神の勝手によって異世界に転移することになった倉野。  実際に異世界で確認した常識と自分に与えられた能力が全く違うことに少しずつ気付く。  異世界の住人はレベルアップによってステータスが上がっていくようだったが、倉野にだけレベルが存在せず、行動を繰り返すことによってスキルを習得するシステムが採用されていた。  そのスキル習得システムと異世界の常識の差が倉野を最強の人間へと押し上げていく。  だが、倉野はその能力を活かして英雄になろうだとか、悪用しようだとかそういった上昇志向を見せるわけでもなく、第二の人生と割り切ってファンタジーな世界を旅することにした。  最強を隠して異世界を巡る倉野。各地での出会いと別れ、冒険と楽しみ。元居た世界にはない刺激が倉野の第二の人生を彩っていく。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

処理中です...