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第4章 影

影Ⅲ

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「兎も角、オマエら今日から此処に泊まれ。別行動してたんじゃ危ねーからな」

「分かった」

 フレアが小さく頷き、俯くと、アレクは口角を僅かに上げた。
 言っている意味をきちんと理解する事が出来ない。

「此処って、会議室?」

「いや、別の部屋だ。ちゃんとオマエの部屋もあるぞ」

「そうなの?」

「あぁ。アリア」

 アレクが呼ぶと、アリアは振り向き、迅速に此方へと駆け寄ってきた。私の顔を見詰め、眉を顰める。

「どうしたの?」

「いえ、此方の話です」

「う~ん……?」

 本当に良く分からない事だらけだ。これでは頭が痛くなってしまう。
 椅子から立ち上がり、小首を傾げてみせると、アリアは私の右手を取った。

「お疲れでしょう。お部屋にご案内しますね」

「うん」

 先程の事は無かった事にされてしまった。
 アリアは私の手を掴んだまま、廊下の方へとずんずん進んでいく。

「サラ、カイル、ロイ、また後で」

 使い魔たちは返事をする代わりに、片手をひらひらと振る。その時、ほんの一瞬だけ、後方に何か嫌な気配を感じたのだ。
 振り向いてみると、アレクとフレアも同じ行動をしていた。しかし、私たちの視線の先には何もない。
 ただの気のせいだろうか。

「ミユ様?」

「誰か、あそこに居なかった?」

「えっ?」

 会議室の奥、花束の絵画が飾られている方を指差してみる。アリアは首を傾げるばかりだ。

「私は何も感じませんでしたけど……」

「う~ん……」

 それならば、大丈夫なのだろうか。
 ところが、アレクとフレアは私を顧みて、顔を顰める。

「念の為、使い魔たちでミユを守ってやってくれねーか?」

「当たり前です」

 当然だ、とでも言うように、四人の使い魔は大きく頷いた。
 過干渉過ぎはしないだろうか。

「私だって一人になりたいのに」

「お部屋には入り浸りませんから」

 こうなっては受け入れるしかないのだろう。小さく頷くと、全員の顔から安堵が見て取れた。

「行きましょうか」

「うん」

 なかなか思い通りにはいかないようだ。先を歩くアリアを無言で追った。
 私の部屋は、奥に突き当たって右に曲がった、一番奥の部屋だった。アリアがドアを開けると、先に広がる光景に息を呑んだ。
 エメラルドにある私の部屋にそっくりだ。ううん、そっくりというよりも、家具の配置や配色――どれをとっても同じ部屋と言っても過言ではない。

「何? 此処」

「お気に召しませんでしたか?」

「気に入らないっていうより……」

 そう、薄気味悪い。
 私の気持ちは伝わらなかったのか、アリアは笑顔でゆっくりと振り向いた。

「こんな事もあろうかと、持って来たんです」

 アリアが手を翳すと、その掌の上に細長い光が現れたのだ。光は段々と弱まっていく。その正体は銀色の楽器だった。

「フルート、でしたっけ」

「うん、そう」

 呆気に取られていると、アリアはそのフルートを押し付けてくる。何となく受け取り、何となく眺めた。

「楽譜はテーブルの上に置いてあります。夕食は後でお持ちしますね」

「うん」

 アリアはお辞儀をすると、部屋から居なくなってしまった。後方でドアの閉まる音が響く。
 今日は何だったのだろう。一気に疲れが押し寄せてきた。
 へなへなとその場に崩れ落ちる。自分でも良く分からない感情が押し寄せ、一粒の涙が頬を濡らした。

「もう、なんなの~……」

 敵と一言で言われても、実感が沸いてこない。余りにも現実離れし過ぎている。
 思い切り泣いてしまいたい所ではあるけれど、そういう気分にもなれなかった。
 何とか椅子に辿り着くと、「んしょ」と掛け声を掛けてそこへ座った。
 テーブルの上にはアリアに言われた通り、楽譜が束になって置かれている。
 今はそれどころではない。楽器は楽譜の上へと置いた。
 汗の搔いたアルミポットを傾け、グラスに水を灌ぐ。その勢いのままコップを握ると、ぐいっと水を飲み干した。
 兎に角、心を落ち着けなくては。
 深呼吸をし、敵の存在を頭の隅っこに追いやってみる。

「ちょっと、寝ちゃおうかな」

 たいして眠くはないのに、ベッドに移動して靴を脱ぎ捨て、身体を横たえる。
 この部屋とエメラルドの部屋の違いを一か所だけ見付けた。クラウに貰った氷の花束がこの部屋には無いのだ。
 今はどうでもいい。
 テーブルに背を向け、大きな溜め息を吐いた。

――――――――

 身体がゆさゆさと揺れている。誰かが私を呼んでいる。

「ミユ様!」

 はっと目を開けると、そこにはアリアの顔があった。

「夕食をお持ちしましたよ。食べられますか?」

「う~ん……」

 お腹は空いていない。まだ寝転がっていたい。
 布団をずるずると頭からかぶろうとすると、アリアに止められた。

「夜、眠れなくなりますよ?」

「う~ん……」

 この際、先の事なんてどうでも良かった。ただ、反抗するのは面倒臭かった。

「起きて下さい」

 されるがまま、アリアに上半身を起こされた。

「今日はアレク様お手製のリゾットとポトフですよ」

 テーブルの方を見遣ると、何やら湯気が立ち上っている。コンソメやベーコンの良い匂いもする。

「完食しないとアレク様に叱られますよ?」

「う~ん……」

 ご飯を食べなかっただけで叱られるのは遠慮したい。
 のそっとベッドから抜け出すと、無意識でテーブルに向かい、席に着いた。

「いただきます」

 呟くと、フォークに手を伸ばす。
 先ずはポトフのジャガイモを頬張ってみる。口の中でほろりと崩れ、コンソメの奥の甘さが舌を満足させる。

「ナイトドレスはベッドの上に置いておきますね」

「うん」

 何時ナイトドレスをベッドの上に置き、いつ出ていったのか、私には分からなかった。それ程に食事に夢中になっていた。
 時計の針だけが鳴る部屋の中で、一人、静かに夜を明かした。
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