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第4章 影

影Ⅰ

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 氷の薄い花弁をそっと撫でる。その花は花瓶の中で小さな音を立てて揺れた。
 今日はあの人たち――同じ魔導師の人たちとまた会う日だ。
 話と言っても、この世界の事をまるで知らない私が付いていけるのだろうか。
 小さく吐息を吐き、氷の花たちをぼんやりと眺める。
 そう言えば、夢の中で見た男の人は何処かで見たような気がする。一体、何処で――
 はっと気付き、息を呑む。
 何となくではあるけれど、三日前に逢ったクラウに似ている気がした。
 そんな筈が無い。ただの夢なのだから。
 今度は溜め息を吐いてみる。

「ミユ様」

 意識を自分に集中していたせいか、ドアの開く音に気付けなかった。唐突なアリアの呼び声に肩がびくりと震える。

「そろそろ行きましょう」

「分かった」

 嫌と言っても無理やり連れていく気なのだろう。
 踵を返し、ドアの前で佇むアリアの元へと向かった。

「ダイヤの会議室の前の扉までは、ワープで行けますよ」

「ダイヤの会議室?」

「はい、三日前に皆様で集まった場所です」

 そうか、あの場所はダイヤという場所だったらしい。
 何度か頷き、三日前の景色を思い浮かべてみる。途端に光と浮遊感に襲われた。慣れない感覚に悲鳴が漏れそうになる。
 それも一瞬の事で、足が地に着いた感覚が伝う。瞼を開けると、隣に光を感じた。
 その中にあったのはアリアではなく、小さな緑色のウサギの姿――

「えっ?」

 そのウサギは私を見上げて首を傾げると、ヒュンと音を立てるかのように素早くアリアの姿へと変えた。
 今度こそ甲高い悲鳴が廊下を駆け抜けた。

「ミユ様、大丈夫です。ウサギの姿が、本来の私の姿――」

「ミユ!?」

 勢い良く会議室の扉が開き、緊迫した表情のクラウとアレクが顔を覗かせた。

「お二人とも、ミユ様は大丈夫です。ウサギの姿の私を見たのが初めてだっただけですから」

「良かった……」

 クラウはへなへなと床へ崩れ落ち、アレクも息を吐き出し、両手を膝に当てて上半身を支える。
 そんな二人に構っていられる余裕は、今の私には無かった。

「何で、何で二人ともビックリしないの!? ウサギがアリアになったんだよ!?」

「何でって言われてもなあ?」

「うん、元々アリアはウサギだし」

「え~っ!?」

 平然と答える二人が不思議で堪らない。
 そこへ僅か前方に又しても光の玉が現れたのだ。
 一瞬にして光が収まると、そこにはフレアの姿があった。扉の方を見て、小首を傾げる。

「アレク? クラウ? 何してるの?」

「ミユが初めてウサギのアリアを見たらしい。んで、ミユの悲鳴が聞こえて、な?」

「うん」

「成程ねぇ……」

 フレアの吐息が聞こえると、その人はくるりとこちらを振り返った。

「ビックリしたでしょ。こんな所で立ち話もなんだし、会議室に入ろう? アレク、クラウ」

「あ、あぁ」

 フレアの声掛けで、アレクがクラウを立ち上がらせる。それから何事も無かったかのようにアレクを筆頭に会議室に入っていくので、私も後に続いた。
 しかし、アリアが付いてこない。

「アリア?」

 振り返ると、アリアはにっこりと笑う。

「私は他の使い魔と話がありますので。ミユ様は魔導師様たちとお話し下さい」

「……うん」

 アリアは小さく手を振るので、私も手を振り返してから会議室に入った。
 後方で蝶番の音と共に、自然と扉が閉じる。

「ミユは此処」

 フレアは、昨日も私が座った椅子を引く。その横にクラウが、クラウの向かいにアレクが腰を下ろした。
 待たせてはいけないという思いが私を急かす。駆け寄り、ストンと椅子に座った。それを見届けて、フレアも私の向かいに腰掛けた。
 やはり慣れない人たちに囲まれると少し緊張してしまう。
 どうして良いか分からずに俯くと、フレアは「ふふっ」と笑う。

「そうだよね、緊張しちゃうよね」

「う、うん……」

 そう言われると、益々委縮してしまう。
 背中を丸めると、今度はアレクが口を開いた。

「段々慣れていけば良ーさ。な?」

「うん」

 クラウが返事をすると、アレクは満足そうにニカっと笑う。

「オレたちは長い付き合いになるんだ。最初くらいはそれで良い」

「それで、アレク。早速だけど話って?」

「あ? あぁ」

 フレアに聞かれると、アレクの表情はたちまち曇ってしまった。まるで、触れられたくなかったものに触れたかのように。

「オレの勘違いなら良いんだけどよー、オマエらに異変は起きてねーか?」

「えっ?」

 フレアとクラウはアレクから目を逸らし、顔を強張らせる。

「あたしは言ったでしょ? 魔法が暴発したって」

 フレアが小声で、早口で言い切ると、クラウは息を呑んだ。

「そんな事……ある筈無い」

 小さなクラウの呟きに答える者は誰も居ない。

「オレもあったんだ、嫌な気配が横を通り過ぎた事がな」

「黙って」

「いや、黙らねぇ」

 涙が零れ落ちそうな青色の瞳はアレクを貫く。

「何で……! そんな事、あっちゃいけないのに!」

「目ぇ背けて現実が変わるのか?」

 クラウは声にならない声を発し、両手で頭を抱えて俯いてしまった。

「何かあったんだな」

 クラウが小さく頷くと、アレクは溜め息を吐き、腕を組んで唇を噛む。
 この人たちに何があったのだろう。訳が分からず、おろおろするばかりだ。

「ミユ、済まねぇな。これはオマエにも関係してる話だ」

「えっ?」

 眉をひそめて首を傾げると、アレクの横でフレアが目尻を拭った。
 何だか心がざわつく。
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