上 下
9 / 49
第3章 出逢い

出逢いⅣ

しおりを挟む
 何が始まるのだろう。
 緊張感を持ちながら、席を立つ。その時、窓から眩い閃光が走った。続けて爆発音が鳴り響く。

「ミユ、早く」

「うん」

 若干クラウに急かされ、二人で窓辺へと駆け寄った。それと同時に、牡丹のような緑色の花火が花開く。

「コレもフレアの魔法だ」

「……凄い」

「だろ?」

 アレクと会話をしている間にも、大輪の花火は咲き続ける。
 左隣に居るフレアは間隔を僅かに開け、指を鳴らす。それを合図に一発ずつ花火が上がる仕組みのようだ。

「私、この世界に来た時、ホントに怖かった。これから先、どうなっちゃうんだろうって」

 何故だろう、胸がほんわりと温かくなる。この人たちは、本当に心の底から私の事を歓迎してくれているように感じるのだ。だから、胸に秘めた思いまで零れてしまった。

「元の世界に帰りたい気持ちは変わらないよ。でも、ちょっとなら、この世界に居ても……良いかな」

 それに、何処か懐かしい気持ちにまでなっている。まるで、この人たちと昔から知り合いだったような、そんな気持ちに。
 三人は小さく笑う。
 枝垂れ柳のような煌めく花火に、菊のような鮮やかな花火、ハート形の花火まで、色々な花火が打ち上がる。花火に夢中になってしまった。
 スターマインが上がり、花火は終焉を迎える。儚く尾を引く花火を見詰め、「ほぅ」っと息を吐いた。

「あれ?」

 右隣に居るクラウの声が聞こえた気がした。

「アレクとフレアが居ない」

「えっ?」

 振り返り、キョロキョロと周囲を確認してみる。クラウの言う通り、アレクとフレアの姿は何処にも無い。
 尚もきょろきょろとしていると、不意にクラウと目が合った。
 何だか気まずくて、視線を落とす。

「え、えっと……」

 更にスカートまで握り締める。

「今日はミユに会えて良かった。今日はゆっくり休んで」

「う、うん」

 いきなり知り合ったばかりの男性と二人きりにされるなんて、嫌でも緊張してしまう。
 何か話題は無いだろうか。そんな事を考えていると、扉が開く蝶番の音が鳴り響いた。

「ミユ様」

 やってきたのはアリアだ。此方に走り寄り、にっこりと微笑む。
 その手にはあの氷の花束が抱えられており、そっと手渡された。

「そろそろエメラルドに帰りましょう」

「エメラルド?」

「はい。ミユ様のお家です」

 きっと、従うしかないのだろう。と言うか、この状況は居心地が悪い。
 頷いてみせると、アリアも大きく頷いた。

「では、エメラルドの部屋を思い浮かべてみて下さい。帰りたいと願えばワープ出来る筈ですから」

「うん」

 そっと瞼を閉じ、あの部屋を思い浮かべてみる。

「帰りたい」

 小さく呟くと、辺りが淡く光り始めた。

「ミユ、また三日後に」

 クラウの優しい声が聞こえたと思うと、光は一段と強くなる。
 その光が消え去ると、景色は一変する。白い部屋に、緑色の調度品――この世界に来てからと言うもの、私が過ごしていたあの部屋だ。
 知らない人たちに囲まれていたせいか、どっと疲れが押し寄せる。
 現れた光を気にしながらも、花束をテーブルに置いて早速ベッドへ向かった。

「ミユ様、私は会場の片付けがありますので。今日はこの部屋でご自由にお過ごし下さい」

「分かった~」

 返事をするや否や、編み上げブーツを脱ぎ捨ててベッドに飛び込んだ。雲の上のようなふかふかな感覚が酷く心地良い。
 今日会った三人は魔導師と言う事だから、これからもずっとお世話になる人たちなのだろうか。仲良くなりたいな、と思っているうちに、瞼は段々と重たくなってくる。

「おやすみ」

 誰かに聞こえるか聞こえないかの声量で呟き、瞼を閉じた。

――――――――

 真っ白な花畑で、黒色の矢が空を突き抜け、何本も降ってくる。怖い。どうしようもなく怖い。
 息は既に上がっている。それでも足を止めるわけにはいかなかった。
 繋いだ手を必死に握り締める。強く握り返してくれる手の持ち主は、金髪の男性だ。その人はちらりと振り返り、私の手を強引に引っ張った。

「……ごめん!」

「えっ……?」

 一瞬、何が起きたのか理解が追い付かなかった。
 身体は倒れ、地面と衝突する。そんな私の身体に覆い被さるように、男性も倒れ込む。
 何をしようとしているのかが分かると同時に、血の気が引いていく。
 そんな事をすれば私ではなく、この人が死んでしまう。

「駄目だよ! 止めて!」

 覆い被さるこの人の胸板を叩いたり、服を引っ張ったりしてみるけれど、止めてくれる気配は無い。
 もう逃げきれないと思ったのだろう。この人は私を庇ったのだ。
 そうしている間も矢の雨は降り止まず、私たちの擦れ擦れを掠める。
 そして――

「……あ……ッ……!」

「どうし……て……!?」

 腹部に信じられない程の激痛が走った。まるで、焼けた金属を腹部に押し込められたかのような感覚だ。
 恐る恐る視線を腹部へとずらしてみると、そこは真っ赤に染まっていた。そして、じわりじわりと赤い染みは広がっていく。
 遂に矢の一つが私の腹部を貫いたのだ。
 何度呼吸をしても空気が足りない。苦しい。目が霞む。

「カノン! しっかりして!」

 どことなく、声もくぐもって聞こえる。
 視界には男性の顔が映った。その瞳は海のように深い青色だ。
 直後に頬に何かが当たった。これは――涙だろうか。

「大丈夫だから! 直ぐに連れて帰るから!」

 身体が大きく揺れる。きっと私の身体を抱き上げようとしているのだろう。
 帰るまで命が持つとは思えない。何とか首を横に振ってみせた。

「そんな事言わないで! 俺が……何も出来なかったせいで……!」

 何故、この人が謝る必要があるのだろう。必死に私を守ろうとしてくれたのに。
 最期の別れが謝罪なんて悲し過ぎる。

「あり、が……と……」

 目だって、口だって上手くは笑えていない。それでも、笑顔を向けずにはいられないかった。

「そんな、最期みたいな事……! 何で……!」

 悲しい別れは嫌だから。
 何とか返事をしてあげたいけれど、声が出てくれない。
 空気を切り裂くような嫌な音が迫っている。きっと、また矢が迫っているのだろう。
 遠ざかっていく意識の中、腹部の痛みにも勝るとも劣らない衝撃を胸に受けた。

 ごめんなさい。今日までずっと黙っていて。淡い期待を抱かせてしまって。
 こんな事を言える立場ではない事は分かっている。それでも伝えたかった。貴方に出会えたから、私は幸せでした、と。
 もし、生まれ変わる事が出来るなら、その時はまた貴方を――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

元ヤン辺境伯令嬢は今生では王子様とおとぎ話の様な恋がしたくて令嬢らしくしていましたが、中身オラオラな近衛兵に執着されてしまいました

桜枝 頌
恋愛
 辺境伯令嬢に転生した前世ヤンキーだったグレース。生まれ変わった世界は前世で憧れていたおとぎ話の様な世界。グレースは豪華なドレスに身を包み、甘く優しい王子様とベタな童話の様な恋をするべく、令嬢らしく立ち振る舞う。  が、しかし、意中のフランソワ王太子に、傲慢令嬢をシメあげているところを見られてしまい、そしてなぜか近衛師団の目つきも口も悪い男ビリーに目をつけられ、執着されて溺愛されてしまう。 違う! 貴方みたいなガラの悪い男じゃなくて、激甘な王子様と恋がしたいの!! そんなグレースは目つきの悪い男の秘密をまだ知らない……。 ※「小説家になろう」様、「エブリスタ」様にも投稿作品です ※エピローグ追加しました

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

処理中です...