愛の奴隷にしてください。【R18】

仲村來夢

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お店の周年イベントの日、店の奥にある半個室のVIPルームをよく使う常連のお客様を怒らせてしまった。

50代くらいで、中小企業の社長らしい。太っ腹でいつも色んな人を連れてきてくれる、お店としては嬉しい存在なんだけど、あたしはちょっとその人が苦手だった。

その日、会社の部下と思われる人を4人連れてきていて、席はかなり盛り上がっていた。

「ありさー!!有紗どこだ?」

「失礼します」

「有紗は今日も可愛いねー。いつになったら俺の女になってくれんの?」

こういうところが苦手…。あたしの名前を大声で呼んで、オーダーを取りに来させた時にデートしようとか付き合おうとかいつも言ってくる。

冗談にしてはしつこすぎるし、気を悪くされない様に誤魔化さないといけないのが憂鬱…。

「いや…はい、あはは…」

「有紗はいつもこうやってはぐらかすんだよ。お前からも言ってやって」

話を振られた人は社長は優しいですよとか女の子を大切にしますよ!とか言いながら苦笑いをしていた。無理矢理言わされてるんだろうなぁ…

「まぁ今日は祝いだしな。白ドンある?」

白ドン。水商売の業界では知らない人はいない、ドンペリというシャンパンだ。

ドンペリにはランクがあり、一番ベーシックでよく飲まれるのが白ドンと呼ばれている。この店では1本5万円。

5万円という価格でさえ驚くのにピンク、黒、ゴールドなど名前に色が付くと10万、20万…と値段が跳ね上がっていくらしい。仕入れ価格も高いのでバーには白ドン以上を置いているお店は少ない様で、あたしも白ドン以外は見たことがない。

「ございます」

「じゃそれで。有紗のグラスも持ってこいよ」

「ありがとうございます!」

ポンッ、とコルク栓を抜き人数分のグラスに注いでいく。

「有紗のは俺がついであげる」

あたしのグラスにだけ、なみなみに注がれてしまった。

…やばいな…

あたしは、お酒が好きだけどあんまり強くはない。特にシャンパンは酔いが回りやすいし、今日は忙しくてへとへとで空腹だからすぐ酔いそう…

当然酔いがすぐ回ってきて、立ち上がったら足元がフラついた。すかさずお客さんが腕を掴んでくれたのはすごくありがたかった。

けど、そのまま引っ張られた勢いでソファに座り込んでしまった挙句、背後から胸を触られて、手を振り払ってしまった。驚いたお客さんが逆の手に持っていたグラスを落としてしまい、グラスは音を立てて割れた。

「すみません!!」

「お前、助けてやったのになんちゅう態度だ?」

お客さんは明らかに怒っていて、一瞬でその場の空気が張り詰めた。

「すみません、驚いてしまって…」

「何が?」

「いや、あの…体、急に触られ…」

「何?俺がわざと触ったとか言いたいわけ?ヒドイ言われようだな」

「いや、そんな…」

「じゃあ何だよ!!」

「えっと…あの…」

どうしよう。怖い…。元はと言えばふらついたあたしが悪いのは確かだけど、胸を触られるなんて思いもしなかった。

「失礼します。お怪我ございませんか?申し訳ございません」

グラスの割れる音と怒鳴り声を聞きつけた透吾さんが来て、片膝をつきあたしの代わりにお客さんに謝ってくれた。

「透吾、こいつ酷いんだけど。助けたのに俺痴漢扱いされたぞ」

「そうでしたか…それはそれは失礼しました…」

「楽しく飲んでたのにナメてんのかお前」

お客さんが怒りに満ちた目であたしを見る。怖い怖い怖い…!

「申し訳ありません。僕からも厳しく指導しますので…」

「お前に謝られても仕方ないだろが!」

ビップルームの外まで聞こえるくらいの声で怒鳴られて、体がビクッと震える。

「ほんと…うに、すみませんでした…」

声も震えて、ちゃんと話せない。あたしの前にいる透吾さんが向こう行け、と後ろ手で合図をし、会釈をしてからカウンターに戻った。

その後、透吾さんに対応されて気を落ち着けたお客さんはもう一本シャンパンを下ろしてくれて、透吾さんはそれをかなり飲まされていた。

また迷惑かけちゃった…。後でちゃんと透吾さんに謝らなきゃ…。酔いが回りフラフラになりながら、これ以上のミスをしない様に細心の注意をはらい閉店まで何とか乗り切った。

***

「お前まじで何やってんだよ」

閉店後、店長から念入りに掃除してと言われたVIPルームであたしが謝るより前に透吾さんに怒鳴られた。

店長は同業のお客さんに連れられて閉店後飲みに出てしまい、店は二人っきり。不穏な空気が否応無しに流れる。

「本当に、すみませんでした…透吾さんにも迷惑かけてしまって…」

「お客さん怪我させたらどうすんの?色々ややこしいことになるのわかる?」

「はい…」

「あの人も毎回酔ってから来るんだから受け流せよ。いちいち反応するお前が悪い」

受け流すって…胸触られたのに受け流さないといけないんだ。仕事中で、相手がお客さんだからって…。そう思うと悲しくて、黙り込んでしまった。

「聞いてんの?」

「…聞いてます…」

「…はぁ。」

透吾さんが深くため息をつく。

「あのさ。お前この仕事向いてないよ」

「…」

「聞いてますかー?」

「…聞いて、ます…」

「お前仕事も出来なきゃ返事も出来ないの?」

「…」

今まで我慢してたけど、お酒が入ってるのもあって感情的になって、涙が溢れてきた。

「…泣いてんの?」

「…仕事できないの、わかってます…でもこのまま迷惑かけっぱなしでやめたくなくて…っ…」

「…そう」

「受け流さないといけないのもわかります、けど…胸触られたらびっくりするし…」

「なに、触られたって胸触られたの?」

初めて聞いた事実と泣いてるあたしに驚いた透吾さんの声のトーンは明らかに下がっていた。

「…酔っ払ってるから、仕方ないかもですけど、っやっぱり嫌で…」

「…そうだよな」

「仕事も出来ないし、こういうの受け流せないってことは…透吾さんの言う通り本当にこの仕事向いてないですね…今まですみません。ここ、ちゃんと掃除したら店長に連絡します。すぐ辞めるとご迷惑だし、あと少しよろしくお願いします…」

涙で視界が滲んだまま床を掃除していたら、まだ残っていたグラスの小さな破片が手にひっかかり血が出た。大して痛くなかったけど悲しさも相まって嗚咽を上げて泣いてしまった。

「ごめん。キツく言って悪かった」

いつも謝ってばかりのあたしに透吾さんが謝ってる。

「…やっぱダメだ。好きな女と働くなんてムリ」

透吾さんがあたしを抱きしめた。…何で?
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