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ずっと一緒に
最終話
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翌日、妊娠が発覚した。
優斗とは出来なかったのに、諦めていたのに。
相手によってというか、相性があるらしい。嬉しくも戸惑うあたしに、元々体に異常が無いのだから妊娠することは何ら不思議ではないですよ、と医師が話しあたしはその場で号泣してしまった。
悠登の子供を産めるなんて、想像もしてなかった。あたし、お母さんになるんだ。悠登がお父さんになるんだ。そう思うと嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなかった。
悠登はもちろん、悠登の家族もお母さんも大喜びだった。
仕事を続けたかったから退職はせずに産休と育休を取ることにした。…つわりが酷くて食事がろくに取れず随分痩せたけれど、安定期に入りお腹が大きくなるにつれて食欲が出てきて元々よりも体重が増えてきて…
そして、無事に女の子が産まれた。感動したけれどあたしはいまいち泣けなかった。出産に疲れきってしまったこともあるけれどあたし以上に悠登が大泣きしたからだ。そのことに驚いて、涙が引っ込んでしまった。
あたしはその時初めて悠登が泣いているのを見た。…本当に悠登は変わった。いっぱい笑ってくれる様になって、こうして泣いてくれて。
それ以来悠登の涙腺が弱くなったのか初めて子供を抱いた時も、寝返りを打った時も座り始めた時も、パパと初めて呼ばれた時もいちいち泣いていた。
ベビーベッドで眠る我が子を愛しそうに見ている悠登がふとあたしに言った。
俺の子供を産んでくれてありがとう。俺を父親にしてくれてありがとう。未央と結婚した時も幸せで仕方なかったのに、それと同じくらい嬉しくて幸せだよ。と。
そんな風に言ってくれることがあたしにとって何より幸せだ。
子供の名前は愛永。あたし達の愛が、愛永への愛が永遠に続きますように。
***
「ぱぱー!」
保育園に迎えに来た悠登を見て笑顔で駆け寄る愛永。悠登もそれを見て笑って、愛永を抱き上げた。
愛永が生まれてからしばらくして未央は仕事に復帰し、それからずっと悠登と交代で保育所に愛永の送り迎えをしている。今日は悠登の番。
「ぱぱ!ぱーぱ!」
「はいはい、帰ろ。ママも帰ってくる頃だし」
「まま!おうちいるの?」
「俺らが先かママが先かって感じだな」
「はやくかえるー!ままにおかえりなさいいう!」
「ん、じゃ早く帰ろっか」
「かえるー!せんせー、さよならっ!」
悠登が保育士に頭を下げて帰ろうとすると、お迎えに来た他の子の母親達がまなちゃんパパ、まなちゃんさよなら、と笑顔で挨拶をしてきて悠登も笑顔でそれを返した。他人に興味がないなどと言ってぎすぎすしていたあの頃が嘘だったかのように。
悠登に手を差し出され、愛永が笑って悠登と手を繋いだ。
「もうままかえってきたかな?まなのことまってるの?」
「どうかな」
「はやくかえろ!」
「わかったわかった」
悠登と愛永が家に帰ると未央が先に到着しており、食事の用意を始めていた。
「ままー!」
「まなちゃん、おかえり」
「まーま!まーま!」
「まな、ママにただいまは?」
「ただいまー!」
「おかえり。保育園楽しかった?」
「うん!おえかきしたのー!あとでみせてあげるねー!」
「見せて見せて。楽しみだな」
「まな、こっちおいで。ママご飯作ってるから」
「はぁい!」
愛永が悠登の方に駆け寄り、受け止めた悠登が愛永を自分の膝に座らせた。
「ねーぱぱー、ぱぱってもてもてだね」
「え?まなそんな言葉知ってんの」
「みんながぱぱかっこいいっていってる!」
「皆って誰だよ」
「うんとね、みんなのまま!」
昔の悠登は近づきがたい雰囲気があったけれど、愛永が生まれた今はかなり丸くなって話しかけやすいオーラが出ている。めんどくさい、と思う時はあるけれど自分が無愛想にしたことで未央が俗に言うママ友達に冷たい視線を送られたり、愛永自身に何か影響するのが嫌だから。
整った顔立ちに加えて愛想が良く、愛永の通う保育所の保護者の中で若めな悠登は保育園に通う子供の母親達から密かに憧れられている。
「しー。あんま言ったらママが嫌がるから」
「いやいやってするの?」
「そーそー」
園内行事などでそれを目の当たりにした未央は不安に感じている。嫌われるより好かれた方が絶対にいいし、他の子のお母さん達だって家庭があるのだから何かに発展するはずはないと未央はわかっているけれど。
「でもだめだよねぇ、まながぱぱのおよめさんになるもん。まなぱぱとけっこんする!」
「あー、それは無理かも」
「なんで!まなのことすきじゃないの?」
「大好きだよ。でもパパのお嫁さんはママだけだからなー」
「えー」
「ごめんな。でも、まなはパパのお姫様だよ」
「おひめさま!?」
「そうそう」
「じゃあね、まなずっとぱぱのおひめさまでいる!」
目をキラキラさせてこちらを見つめ、嬉しそうに笑う愛永を見た悠登が心の中で叫んだ。
…可愛すぎだろ!!なんだよこの可愛い生き物。天使かよ!!漫画とかでよく見る、パパのお嫁さんになるなんて言われる日が来るとは…!やばい。まじで可愛い。どうしよう!
「お前なー!どんだけ俺をときめかせるんだよ、可愛すぎて死ぬわ!」
…心の中だけでは抑えきれず、愛永を抱きしめて実際にも叫んだ。
「…パパ、テンション高いね。死ぬとかいう言葉出さないでよ、愛永が覚えるでしょ。ご飯できたよ」
「はい。すみません。ご飯ありがとうございます」
愛永が生まれてから悠登と未央の立場が逆転した。未央はあまり泣かなくなったし、冷静で強くて優しい母親になった。
「ままー、みんなのおはしどこー?」
「まなちゃん手伝ってくれるの。ありがとう」
「うん!ぱぱおちゃがかりだよ!」
「了解っす」
どこにでもある家族の風景。…自分がこんな日常を過ごせるようになったことが不思議で、未央は幸せな気持ちで毎日を過ごしている。4歳になって、よく喋りよく笑う愛永が可愛くてたまらない。悠登も同じ気持ちだ。
***
「まな寝た?」
「うん。保育園ではしゃいでたんだろうね、すぐ寝たよ」
「じゃ今から独り占めだなー。未央、おいで」
悠登のそばに行くと、悠登があたしを抱きしめてキスをした。
悠登は二人きりの時あたしを名前で呼んでくれて、あたしも悠登と呼ぶ。愛永の前でパパ、ママと呼び合う様になって以来、こうして名前を呼び合うと懐かしくもなんだか新鮮な気持ちになる。
「…なんか久しぶりだね、こうするの」
「だな。まながこんなにすぐ寝るの珍しいし」
「布団入ってから長いんだよね…でも明日のこともあるし早く寝てくれてよかった」
「ほんとにな」
「ねぇ、ほんとにいいの?明日…」
「何が?ちょうどいいじゃん、まなも会わせられるし」
「ほんとは1人で行こうと思ってたんだけど、ごめんね」
「なんで謝んの、ママと一緒がいいって聞かなかったから一緒に行けばいいじゃん。まなはママ大好きだから」
「うん。嬉しいことだけどね」
「まぁ俺の方が未央のこと大好きだけどなっ」
悠登がもう一度あたしにキスをした。長い長いキス。そのうち悠登の手があたしの胸に移動してきた。
「…ちょっと、悠登…」
「ダメ?」
「だめじゃないけど…」
「ならいいじゃん」
「うん…」
悠登があたしを抱きながら、次は男の子が欲しいな、と言いあたしは笑顔でそうだね、と返した。…まぁ、そんな感じであたし達は相変わらず仲がいい。
翌日。
高台にあるこの場所は風が強く、髪がなびき乱れる。何度もそれを直しながらどうして髪の毛をまとめてこなかったんだろう、と後悔した。
菊の花を飾った後、強風のせいでなかなか火が付かない束になった線香にようやく火を灯すことが出来、あたしは目を閉じ手を合わせた。
『一ノ瀬家之墓』
今日は佳江さんの七回忌。優斗の親戚周りが集まり実家の方で法事をしていると思うけれど、さすがにあたしはその場に行けないからお墓参りの為にここに来た。
あたしが家を出る時に「これからも佳江さんのお墓に行ってもいい?」と聞いたら、もちろん。母さんも喜ぶよ、と優斗が笑顔で答えてくれた。
そして、優斗に許可を得ているものの嫌がらないかな…と心配しながら七回忌に行きたいと言うあたしを悠登は快く送り出してくれた。
前の旦那の母親だろうが、未央にとって大事な人なんだから会いに行くことは変じゃない。だから行っておいで。
…三周忌の時は愛永を産んだばかりで来れなかったから、今日ここに来れてよかった。
「まま、これなに?」
「大事な人が眠ってるところ」
「ここでねてるの?おそとだよ」
「まなちゃんの見えないところで寝てるんだよ。でもその人はまなちゃんのこと見えてるかもね」
「そうなんだ!じゃあまな、ごあいさつするね。こんにちは!さえきまなえです、よんさいです」
「うんうん。まなちゃんえらいね」
愛永の頭を撫でると、愛永が嬉しそうに笑ってあたしに寄り添った。
…佳江さん。優斗のお母さんの佳江さんにこんなこと報告するのもおかしいけれど…私は再婚して、この子が生まれました。
自分の好きなことして生きて幸せになってね、とあの時言ってくれたおかげであたしは今、大好きな家族がいて仕事も楽しくてとても幸せです。
優斗も、元気に暮らしていると思います。もしかしたら新しい家庭を持っているかもしれません。
離れてはしまったけれど優斗に出会えて佳江さんに出会えて、本当に良かったです。
いつか会えたら沢山話をしましょうね。
「まなちゃん、帰ろっか。お家でパパも待ってるし」
「うん!」
***
「ねーまま、だいじなひとさんってどんなひとなの?」
お墓参りを終え駐車場に向かう途中、愛永があたしの手を繋ぎながらそう言った。こんな勘違いをするところが子供らしくて可愛いな、とつい笑ってしまった。
「そういう名前の人じゃなくて…大事な人っていうのは大好きな人のことだよ」
「じゃあままは、まなのだいじなひとだね!ままだいすきだもん。ぱぱもだいすき!」
「ありがとう。ママもおんなじだよ。まなちゃんも、パパも大好きで大事な人だよ」
「まま、まなのこともぱぱのこともずっとだいすきでいてね」
「うん。約束するよ」
悠登のこと、愛永のことが大好きだ。例えあたしがこの世から消え去ろうともこの気持ちは永久に変わることはない。
契約離婚を乗り越えて、悠登と愛永という大事な人を得ることが出来てよかった。
あたしの手をぎゅっと握った愛永に笑いかけた時、新緑の季節にふさわしい爽やかな風が吹いた。
佳江さんが笑っている様な気がした。
-END-
優斗とは出来なかったのに、諦めていたのに。
相手によってというか、相性があるらしい。嬉しくも戸惑うあたしに、元々体に異常が無いのだから妊娠することは何ら不思議ではないですよ、と医師が話しあたしはその場で号泣してしまった。
悠登の子供を産めるなんて、想像もしてなかった。あたし、お母さんになるんだ。悠登がお父さんになるんだ。そう思うと嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなかった。
悠登はもちろん、悠登の家族もお母さんも大喜びだった。
仕事を続けたかったから退職はせずに産休と育休を取ることにした。…つわりが酷くて食事がろくに取れず随分痩せたけれど、安定期に入りお腹が大きくなるにつれて食欲が出てきて元々よりも体重が増えてきて…
そして、無事に女の子が産まれた。感動したけれどあたしはいまいち泣けなかった。出産に疲れきってしまったこともあるけれどあたし以上に悠登が大泣きしたからだ。そのことに驚いて、涙が引っ込んでしまった。
あたしはその時初めて悠登が泣いているのを見た。…本当に悠登は変わった。いっぱい笑ってくれる様になって、こうして泣いてくれて。
それ以来悠登の涙腺が弱くなったのか初めて子供を抱いた時も、寝返りを打った時も座り始めた時も、パパと初めて呼ばれた時もいちいち泣いていた。
ベビーベッドで眠る我が子を愛しそうに見ている悠登がふとあたしに言った。
俺の子供を産んでくれてありがとう。俺を父親にしてくれてありがとう。未央と結婚した時も幸せで仕方なかったのに、それと同じくらい嬉しくて幸せだよ。と。
そんな風に言ってくれることがあたしにとって何より幸せだ。
子供の名前は愛永。あたし達の愛が、愛永への愛が永遠に続きますように。
***
「ぱぱー!」
保育園に迎えに来た悠登を見て笑顔で駆け寄る愛永。悠登もそれを見て笑って、愛永を抱き上げた。
愛永が生まれてからしばらくして未央は仕事に復帰し、それからずっと悠登と交代で保育所に愛永の送り迎えをしている。今日は悠登の番。
「ぱぱ!ぱーぱ!」
「はいはい、帰ろ。ママも帰ってくる頃だし」
「まま!おうちいるの?」
「俺らが先かママが先かって感じだな」
「はやくかえるー!ままにおかえりなさいいう!」
「ん、じゃ早く帰ろっか」
「かえるー!せんせー、さよならっ!」
悠登が保育士に頭を下げて帰ろうとすると、お迎えに来た他の子の母親達がまなちゃんパパ、まなちゃんさよなら、と笑顔で挨拶をしてきて悠登も笑顔でそれを返した。他人に興味がないなどと言ってぎすぎすしていたあの頃が嘘だったかのように。
悠登に手を差し出され、愛永が笑って悠登と手を繋いだ。
「もうままかえってきたかな?まなのことまってるの?」
「どうかな」
「はやくかえろ!」
「わかったわかった」
悠登と愛永が家に帰ると未央が先に到着しており、食事の用意を始めていた。
「ままー!」
「まなちゃん、おかえり」
「まーま!まーま!」
「まな、ママにただいまは?」
「ただいまー!」
「おかえり。保育園楽しかった?」
「うん!おえかきしたのー!あとでみせてあげるねー!」
「見せて見せて。楽しみだな」
「まな、こっちおいで。ママご飯作ってるから」
「はぁい!」
愛永が悠登の方に駆け寄り、受け止めた悠登が愛永を自分の膝に座らせた。
「ねーぱぱー、ぱぱってもてもてだね」
「え?まなそんな言葉知ってんの」
「みんながぱぱかっこいいっていってる!」
「皆って誰だよ」
「うんとね、みんなのまま!」
昔の悠登は近づきがたい雰囲気があったけれど、愛永が生まれた今はかなり丸くなって話しかけやすいオーラが出ている。めんどくさい、と思う時はあるけれど自分が無愛想にしたことで未央が俗に言うママ友達に冷たい視線を送られたり、愛永自身に何か影響するのが嫌だから。
整った顔立ちに加えて愛想が良く、愛永の通う保育所の保護者の中で若めな悠登は保育園に通う子供の母親達から密かに憧れられている。
「しー。あんま言ったらママが嫌がるから」
「いやいやってするの?」
「そーそー」
園内行事などでそれを目の当たりにした未央は不安に感じている。嫌われるより好かれた方が絶対にいいし、他の子のお母さん達だって家庭があるのだから何かに発展するはずはないと未央はわかっているけれど。
「でもだめだよねぇ、まながぱぱのおよめさんになるもん。まなぱぱとけっこんする!」
「あー、それは無理かも」
「なんで!まなのことすきじゃないの?」
「大好きだよ。でもパパのお嫁さんはママだけだからなー」
「えー」
「ごめんな。でも、まなはパパのお姫様だよ」
「おひめさま!?」
「そうそう」
「じゃあね、まなずっとぱぱのおひめさまでいる!」
目をキラキラさせてこちらを見つめ、嬉しそうに笑う愛永を見た悠登が心の中で叫んだ。
…可愛すぎだろ!!なんだよこの可愛い生き物。天使かよ!!漫画とかでよく見る、パパのお嫁さんになるなんて言われる日が来るとは…!やばい。まじで可愛い。どうしよう!
「お前なー!どんだけ俺をときめかせるんだよ、可愛すぎて死ぬわ!」
…心の中だけでは抑えきれず、愛永を抱きしめて実際にも叫んだ。
「…パパ、テンション高いね。死ぬとかいう言葉出さないでよ、愛永が覚えるでしょ。ご飯できたよ」
「はい。すみません。ご飯ありがとうございます」
愛永が生まれてから悠登と未央の立場が逆転した。未央はあまり泣かなくなったし、冷静で強くて優しい母親になった。
「ままー、みんなのおはしどこー?」
「まなちゃん手伝ってくれるの。ありがとう」
「うん!ぱぱおちゃがかりだよ!」
「了解っす」
どこにでもある家族の風景。…自分がこんな日常を過ごせるようになったことが不思議で、未央は幸せな気持ちで毎日を過ごしている。4歳になって、よく喋りよく笑う愛永が可愛くてたまらない。悠登も同じ気持ちだ。
***
「まな寝た?」
「うん。保育園ではしゃいでたんだろうね、すぐ寝たよ」
「じゃ今から独り占めだなー。未央、おいで」
悠登のそばに行くと、悠登があたしを抱きしめてキスをした。
悠登は二人きりの時あたしを名前で呼んでくれて、あたしも悠登と呼ぶ。愛永の前でパパ、ママと呼び合う様になって以来、こうして名前を呼び合うと懐かしくもなんだか新鮮な気持ちになる。
「…なんか久しぶりだね、こうするの」
「だな。まながこんなにすぐ寝るの珍しいし」
「布団入ってから長いんだよね…でも明日のこともあるし早く寝てくれてよかった」
「ほんとにな」
「ねぇ、ほんとにいいの?明日…」
「何が?ちょうどいいじゃん、まなも会わせられるし」
「ほんとは1人で行こうと思ってたんだけど、ごめんね」
「なんで謝んの、ママと一緒がいいって聞かなかったから一緒に行けばいいじゃん。まなはママ大好きだから」
「うん。嬉しいことだけどね」
「まぁ俺の方が未央のこと大好きだけどなっ」
悠登がもう一度あたしにキスをした。長い長いキス。そのうち悠登の手があたしの胸に移動してきた。
「…ちょっと、悠登…」
「ダメ?」
「だめじゃないけど…」
「ならいいじゃん」
「うん…」
悠登があたしを抱きながら、次は男の子が欲しいな、と言いあたしは笑顔でそうだね、と返した。…まぁ、そんな感じであたし達は相変わらず仲がいい。
翌日。
高台にあるこの場所は風が強く、髪がなびき乱れる。何度もそれを直しながらどうして髪の毛をまとめてこなかったんだろう、と後悔した。
菊の花を飾った後、強風のせいでなかなか火が付かない束になった線香にようやく火を灯すことが出来、あたしは目を閉じ手を合わせた。
『一ノ瀬家之墓』
今日は佳江さんの七回忌。優斗の親戚周りが集まり実家の方で法事をしていると思うけれど、さすがにあたしはその場に行けないからお墓参りの為にここに来た。
あたしが家を出る時に「これからも佳江さんのお墓に行ってもいい?」と聞いたら、もちろん。母さんも喜ぶよ、と優斗が笑顔で答えてくれた。
そして、優斗に許可を得ているものの嫌がらないかな…と心配しながら七回忌に行きたいと言うあたしを悠登は快く送り出してくれた。
前の旦那の母親だろうが、未央にとって大事な人なんだから会いに行くことは変じゃない。だから行っておいで。
…三周忌の時は愛永を産んだばかりで来れなかったから、今日ここに来れてよかった。
「まま、これなに?」
「大事な人が眠ってるところ」
「ここでねてるの?おそとだよ」
「まなちゃんの見えないところで寝てるんだよ。でもその人はまなちゃんのこと見えてるかもね」
「そうなんだ!じゃあまな、ごあいさつするね。こんにちは!さえきまなえです、よんさいです」
「うんうん。まなちゃんえらいね」
愛永の頭を撫でると、愛永が嬉しそうに笑ってあたしに寄り添った。
…佳江さん。優斗のお母さんの佳江さんにこんなこと報告するのもおかしいけれど…私は再婚して、この子が生まれました。
自分の好きなことして生きて幸せになってね、とあの時言ってくれたおかげであたしは今、大好きな家族がいて仕事も楽しくてとても幸せです。
優斗も、元気に暮らしていると思います。もしかしたら新しい家庭を持っているかもしれません。
離れてはしまったけれど優斗に出会えて佳江さんに出会えて、本当に良かったです。
いつか会えたら沢山話をしましょうね。
「まなちゃん、帰ろっか。お家でパパも待ってるし」
「うん!」
***
「ねーまま、だいじなひとさんってどんなひとなの?」
お墓参りを終え駐車場に向かう途中、愛永があたしの手を繋ぎながらそう言った。こんな勘違いをするところが子供らしくて可愛いな、とつい笑ってしまった。
「そういう名前の人じゃなくて…大事な人っていうのは大好きな人のことだよ」
「じゃあままは、まなのだいじなひとだね!ままだいすきだもん。ぱぱもだいすき!」
「ありがとう。ママもおんなじだよ。まなちゃんも、パパも大好きで大事な人だよ」
「まま、まなのこともぱぱのこともずっとだいすきでいてね」
「うん。約束するよ」
悠登のこと、愛永のことが大好きだ。例えあたしがこの世から消え去ろうともこの気持ちは永久に変わることはない。
契約離婚を乗り越えて、悠登と愛永という大事な人を得ることが出来てよかった。
あたしの手をぎゅっと握った愛永に笑いかけた時、新緑の季節にふさわしい爽やかな風が吹いた。
佳江さんが笑っている様な気がした。
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