同居離婚はじめました

仲村來夢

文字の大きさ
上 下
45 / 55
契約終了

不自然な視線

しおりを挟む
「未央ー、起きなくて大丈夫?」

「ん…起きる…おはよ」

優斗の声と、心地よいエアコンの風に頬を撫でられて目が覚めた。…体が痛い。それから汗でびしょびしょだ。いくら夏とは言えども、このまま風を浴び続けていれば体が冷えて風邪をひいてしまいそうだ。もう少しこの風に体を晒していたいけど、お風呂に入って汗を流して、仕事に行く準備をしなければ。あたしは重い体を起こした。

あと半月もすれば8月が終わり、暦の上では秋と呼ばれる9月になる。例年通り夏の暑さはまだまだ続きそうだけれど、9月になれば優斗との契約終了までひと月を切る。…早く来月に、そして再来月になって欲しい。

あんなに大好きだった優斗と離れることをこんなに待ちわびてしまう未来が待っていたなんて、結婚した当初は想像もしなかった。

優しかった優斗が浮気をするなんて。そのせいで離婚をして、それなのに今も尚一緒にいるなんて。お酒の勢いで悠登と体の関係を持ってしまい、悠登のことを好きになるなんて…

「ここで寝てたの?」

「あぁ…うん…疲れてて」

「そっか、お疲れ様」

「ありがとう…お風呂入ってくる」

「いってらっしゃい。俺もうちょっとしたら出るね」

「うん」

立ち上がろうとソファに手を掛けた時、優斗の視線を感じた。…あたしの左手の薬指に。その後優斗が寂しそうに笑った気がしたけれど、知らないふりをしてバスルームに向かった。

***

悠登と結ばれたあの日から時が少し過ぎ、9月になった。

誰も何も言わないけれど、ふとした時に会社の人達の視線を感じる。優斗と同じように左手の薬指に。

クリスマスに向けた新商品の指輪の試作が届き、本社での最終チェックを行う時期だからだろう。

女子社員達が試作品を着用し、この商品の9号サイズは厚みのあるデザインだから着用した時にきつい。10号として発売した方がいいのではないか?とか、こっちは幅が細いから指が細い人には7号は少し大きいのではないか?と意見を出し合うのだ。

その後、店舗向けの販売マニュアルの作成やブログ投稿、ホームページ上で特集ページを組み大々的に新商品を売り出す。

そんなことばかりしていると、皆否が応でもお互いの手元、指先に目がいく。そして、あたしの指を見た人は気まずそうに目をそらすのだ。

そんなに珍しいものなのだろうか。一ノ瀬さん指輪してこなくなったね、旦那さんと上手くいってないのかな、とか…あたしの知らないところで噂話をしているのかもしれない。まぁ、言いたければ言えばいい。上手くいっていないどころかもう一年近く前に離婚をしていて、悠登のことを好きになってしまっているのだから。

あたしは今、件の新商品関係のことで残業が多く、悠登も忙しそうだから二人で会ったのはあの夜とその数日後の二回だけ。ほぼ毎日顔を合わせていても会話が少ないし、9月になってからは一度も会っていない。

けれど今、悠登と二人で会うのは少し辛いからそれでちょうどいいのかもしれない。

愛の言葉を交わし体を重ねている時、このまま一晩中一緒にいたいと思ってもあたしは家に帰らなくてはならない。

普通のカップルだってデートをした後にバイバイするのに…それは重々わかっているのだけれど、大好きな人と離れて他の男の人がいる家に帰るというのが辛い。

お別れの時が寂しくて、胸がはち切れそうになって涙が出そうになる。そんなあたしを見て悠登が頭を撫でてくれるから、余計に寂しさが募る。

帰りたくない。どうせなら悠登が待っている家に帰りたい…。めぐちゃんが、羨ましい。

だけど離婚してからも一緒に暮らすのは優斗から提案されたことだとはいえ、最終的に自分が決めたことだ。だから契約終了の日が来るまで耐える。

新しく家を探し始めているし不動産屋には行ったけれど、まだいい物件が見つかっていない。

早く決めないと。もやもやしながら毎日家に帰って優斗にただいまを言う。

さすがに毎日ソファで寝るのは優斗も変に思うからベッドで寝るように心がけている。変に思うというか、これからソファで寝るねなんて言えば優斗は俺が代わりになるから未央はベッドで寝てくれ、などと言われきっと言い合いになってしまうだろうから。

なかなか寝付けないしやっと眠れても目が覚めてしまう。だから最近のあたしはずっと寝不足だ。

優斗との契約が終了する日を待ち侘びてはいるものの、あと少しだから揉め事なくお別れをしたいという気持ちもあるので仲が悪いわけではない。優斗は少しずつ前の明るさを取り戻し始め、ほっとしている。

今は好きという感情が無くなってしまったけれど元は愛していた人。浮気されて離婚した…という時点で嫌な別れ方をしているけれどこうしてまだ一緒に暮らしているのも何かの縁、家を出る時は極力普通にさよならしたい。

あたしは悠登のことが好きだと言ったし、悠登もあたしのことを好きだと言ってくれた。だから悠登と再び体の関係を持ったけれど…付き合おうという言葉は交わしていない。

付き合おうと言わなくても自然と付き合っていた、なんていう話は友達から聞くことがあるけれど、あたしと悠登もそうなのだろうか。けれどあたしはちゃんと言葉にしたいし、して欲しい。

だから次に二人で会えた時はもう一度ちゃんと話そう。あたし達の今のこと、未来のこと。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

アンコール マリアージュ

葉月 まい
恋愛
理想の恋って、ありますか? ファーストキスは、どんな場所で? プロポーズのシチュエーションは? ウェディングドレスはどんなものを? 誰よりも理想を思い描き、 いつの日かやってくる結婚式を夢見ていたのに、 ある日いきなり全てを奪われてしまい… そこから始まる恋の行方とは? そして本当の恋とはいったい? 古風な女の子の、泣き笑いの恋物語が始まります。 ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ 恋に恋する純情な真菜は、 会ったばかりの見ず知らずの相手と 結婚式を挙げるはめに… 夢に描いていたファーストキス 人生でたった一度の結婚式 憧れていたウェディングドレス 全ての理想を奪われて、落ち込む真菜に 果たして本当の恋はやってくるのか?

幼馴染以上恋人未満 〜お試し交際始めてみました〜

鳴宮鶉子
恋愛
婚約破棄され傷心してる理愛の前に現れたハイスペックな幼馴染。『俺とお試し交際してみないか?』

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

クリスマスに咲くバラ

篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

鳴宮鶉子
恋愛
Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

あなたが居なくなった後

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの専業主婦。 まだ生後1か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。 朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。 乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。 会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願う宏樹。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……。

小さな恋のトライアングル

葉月 まい
恋愛
OL × 課長 × 保育園児 わちゃわちゃ・ラブラブ・バチバチの三角関係 人づき合いが苦手な真美は ある日近所の保育園から 男の子と手を繋いで現れた課長を見かけ 親子だと勘違いする 小さな男の子、岳を中心に 三人のちょっと不思議で ほんわか温かい 恋の三角関係が始まった *✻:::✻*✻:::✻* 登場人物 *✻:::✻*✻:::✻* 望月 真美(25歳)… ITソリューション課 OL 五十嵐 潤(29歳)… ITソリューション課 課長 五十嵐 岳(4歳)… 潤の甥

処理中です...