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契約終了
指輪
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シャワーを浴びた後、服を着直して帰り支度を整えた。
23時、まだ電車がある時間帯だ。部屋を先に出ようとする悠登の背中に無言で抱きついた。
「どうしたの」
「悠登と離れたくない…」
悠登がくすっと笑いあたしの方に体を向けてそのままあたしを抱きしめた後、頭をぽんぽんと軽く抑えた。
「明日また会社で会えるじゃん」
「2人で会うのとまた違うもん…寂しい」
「まぁ仕方ないね…不倫してると思われるし。俺ただでさえ嫌われてるから女の人達に何言われるかわかんないよ」
「あたしはいいけど悠登が悪く言われるのはやだな…」
「だから明日からも普通にしようね」
「うん…」
社内恋愛を禁止されているわけではないのだから本来なら堂々としていればいい。実際に社内恋愛をしているカップルを2組ほど見てきた。もちろん皆仕事の線引きはしていたし、そういう人達がいることで周りにいるあたし達が働きづらく感じるということもなかった。
けれどあたしは既婚者を装っているのだからより一層気を使っていつも通りにしなければいけない。
堂々としたいな。不倫じゃないのに。もっともっと一緒にいたい…
「未央、電車なくなる前に帰らなきゃだよ、帰ろ」
「うん…」
悠登があたしの体を離し、もう帰るよ、と暗に示したのだけれどあたしは悠登にくっついたまま、離れられなかった。
「…帰るのやだ。悠登と一緒がいい」
「もー、未央どうしたんだよ…そんな甘えたになっちゃって」
今までは悠登に何を言われてもかわすだけで、自分の気持ちを抑えていたのに。
あたしの思いを受け止めてくれたこと、お互いの気持ちが通い合ったこと。子供のように泣きじゃくるあたしの頭を撫でてくれたこと。
一気に悠登への気持ちが加速して、離れるのがとても寂しい。
「ごめんね、あたし年上なのにこんなになっちゃってほんとにごめん」
「超可愛いから許す」
悠登があたしの方に振り向いて、抱きしめてキスをしてくれた。
「早く帰んなきゃ。0時超えたら帰りにくいでしょ」
「そうだね…」
「なんか未央、シンデレラみたい」
そう呟いて悠登が笑った。
「悠登のこと、これからいっぱい好きになってもいい…?」
「もー、そんな可愛いことばっか言ってたらもう一回襲うよ」
「襲ってよ…」
「次会った時のお楽しみにしとく。帰りますよ、お姫様」
悠登があたしの手を引いて部屋を出た。
あたし達は、今から別の人が待つ家に帰っていく。お互い元は愛し合っていた人のいる家に。
「未央、忘れ物ない?」
「うん、大丈夫」
悠登に外してもらった結婚指輪をもう一度嵌めなおすことがどうしても出来ず、持っていたポーチにさっきしまい込んだ。本当ならこのホテルに指輪を置いたまま、どこかに行ってしまいたい…
結婚した当初から付けていた指輪。離婚はしたけれど体裁を保つためにも外さない方がいいかな。ずっと付けていたものを外すのはあたし自身違和感があるし、周りもそうだろうし…そんな風に思っていたはずなのに。
付けていたものを外すのは簡単なのに、外していたものをもう一度つけ直すのは難しい。何かを壊すことは簡単でも、それを元に戻せないのと似ている。
誰かを好きになるというのは、今まで当たり前のように出来ていたことが出来なくなってしまったりするものなんだな。
優斗の時もそういうことがあったのかもしれない。もう覚えていないなんて、白状だな…。
この日は悠登が初めてあたしの住むマンションの前まで送ってくれた。本当はずっと送りたかったんだけど、そこで旦那さんと鉢合わせしたら未央が大変だって思ってたから…今までごめんねと言いながら。
会社の人には見られないようにしないとね。
そんな風に言ってくれることが嬉しくもあり、寂しくもある。
さっきまでは何度もキスをしながら愛の言葉を囁き合って、心も体も繋がっていたのに。外に出た今は手を繋ぐことも出来ない。
「じゃあおやすみなさい」
「おやすみなさい。時間取ってくれてありがとう。気を付けて帰ってね」
「いえいえ。お疲れ様です」
悠登を見送った後、マンションへ入った。
家に帰ることが辛い…。今は優斗に干渉されなくなりあたしも普通に接しているし、嫌いではないのだけれど…
部屋に着き、リビングの電気をつけた。優斗はもう寝ている様だ。
さっきシャワーを浴びたから今日はこのまま寝よう。そう思い部屋着に着替えて、ベッドではなくリビングのソファに寝転がった。
今日のことを思い出すと、優斗と同じベッドで眠ることに違和感を感じてしまい布団に入ることが出来なかったのだ。
今日からソファで寝ようかな。優斗じゃなくて、悠登と一緒に寝たいな…
マンションの前で別れた時、悠登とまだ一緒にいたい、と本当はもう一度言いたかった。
悠登とずっと一緒にいたい。同じ家に帰りたい。なのに、あたしも悠登もそれが出来ず、ましてや元夫・元彼女のいる家に帰るなんて。
あと1ヶ月半近く、優斗と同じ家にいることに耐えなければならない。
…耐えられるのだろうか。いや、耐えなければ。耐えなければ…
心の中で何度もその言葉を繰り返した。決意が揺るがないように、契約を破いてしまわぬように。その言葉はまるで自分を縛り付けるための呪文の様だ。
…けれどやっぱり、指輪を付け直すことは出来そうにない。
契約終了までこのまましまっておいて、全てが終わった時に優斗に返そう…
23時、まだ電車がある時間帯だ。部屋を先に出ようとする悠登の背中に無言で抱きついた。
「どうしたの」
「悠登と離れたくない…」
悠登がくすっと笑いあたしの方に体を向けてそのままあたしを抱きしめた後、頭をぽんぽんと軽く抑えた。
「明日また会社で会えるじゃん」
「2人で会うのとまた違うもん…寂しい」
「まぁ仕方ないね…不倫してると思われるし。俺ただでさえ嫌われてるから女の人達に何言われるかわかんないよ」
「あたしはいいけど悠登が悪く言われるのはやだな…」
「だから明日からも普通にしようね」
「うん…」
社内恋愛を禁止されているわけではないのだから本来なら堂々としていればいい。実際に社内恋愛をしているカップルを2組ほど見てきた。もちろん皆仕事の線引きはしていたし、そういう人達がいることで周りにいるあたし達が働きづらく感じるということもなかった。
けれどあたしは既婚者を装っているのだからより一層気を使っていつも通りにしなければいけない。
堂々としたいな。不倫じゃないのに。もっともっと一緒にいたい…
「未央、電車なくなる前に帰らなきゃだよ、帰ろ」
「うん…」
悠登があたしの体を離し、もう帰るよ、と暗に示したのだけれどあたしは悠登にくっついたまま、離れられなかった。
「…帰るのやだ。悠登と一緒がいい」
「もー、未央どうしたんだよ…そんな甘えたになっちゃって」
今までは悠登に何を言われてもかわすだけで、自分の気持ちを抑えていたのに。
あたしの思いを受け止めてくれたこと、お互いの気持ちが通い合ったこと。子供のように泣きじゃくるあたしの頭を撫でてくれたこと。
一気に悠登への気持ちが加速して、離れるのがとても寂しい。
「ごめんね、あたし年上なのにこんなになっちゃってほんとにごめん」
「超可愛いから許す」
悠登があたしの方に振り向いて、抱きしめてキスをしてくれた。
「早く帰んなきゃ。0時超えたら帰りにくいでしょ」
「そうだね…」
「なんか未央、シンデレラみたい」
そう呟いて悠登が笑った。
「悠登のこと、これからいっぱい好きになってもいい…?」
「もー、そんな可愛いことばっか言ってたらもう一回襲うよ」
「襲ってよ…」
「次会った時のお楽しみにしとく。帰りますよ、お姫様」
悠登があたしの手を引いて部屋を出た。
あたし達は、今から別の人が待つ家に帰っていく。お互い元は愛し合っていた人のいる家に。
「未央、忘れ物ない?」
「うん、大丈夫」
悠登に外してもらった結婚指輪をもう一度嵌めなおすことがどうしても出来ず、持っていたポーチにさっきしまい込んだ。本当ならこのホテルに指輪を置いたまま、どこかに行ってしまいたい…
結婚した当初から付けていた指輪。離婚はしたけれど体裁を保つためにも外さない方がいいかな。ずっと付けていたものを外すのはあたし自身違和感があるし、周りもそうだろうし…そんな風に思っていたはずなのに。
付けていたものを外すのは簡単なのに、外していたものをもう一度つけ直すのは難しい。何かを壊すことは簡単でも、それを元に戻せないのと似ている。
誰かを好きになるというのは、今まで当たり前のように出来ていたことが出来なくなってしまったりするものなんだな。
優斗の時もそういうことがあったのかもしれない。もう覚えていないなんて、白状だな…。
この日は悠登が初めてあたしの住むマンションの前まで送ってくれた。本当はずっと送りたかったんだけど、そこで旦那さんと鉢合わせしたら未央が大変だって思ってたから…今までごめんねと言いながら。
会社の人には見られないようにしないとね。
そんな風に言ってくれることが嬉しくもあり、寂しくもある。
さっきまでは何度もキスをしながら愛の言葉を囁き合って、心も体も繋がっていたのに。外に出た今は手を繋ぐことも出来ない。
「じゃあおやすみなさい」
「おやすみなさい。時間取ってくれてありがとう。気を付けて帰ってね」
「いえいえ。お疲れ様です」
悠登を見送った後、マンションへ入った。
家に帰ることが辛い…。今は優斗に干渉されなくなりあたしも普通に接しているし、嫌いではないのだけれど…
部屋に着き、リビングの電気をつけた。優斗はもう寝ている様だ。
さっきシャワーを浴びたから今日はこのまま寝よう。そう思い部屋着に着替えて、ベッドではなくリビングのソファに寝転がった。
今日のことを思い出すと、優斗と同じベッドで眠ることに違和感を感じてしまい布団に入ることが出来なかったのだ。
今日からソファで寝ようかな。優斗じゃなくて、悠登と一緒に寝たいな…
マンションの前で別れた時、悠登とまだ一緒にいたい、と本当はもう一度言いたかった。
悠登とずっと一緒にいたい。同じ家に帰りたい。なのに、あたしも悠登もそれが出来ず、ましてや元夫・元彼女のいる家に帰るなんて。
あと1ヶ月半近く、優斗と同じ家にいることに耐えなければならない。
…耐えられるのだろうか。いや、耐えなければ。耐えなければ…
心の中で何度もその言葉を繰り返した。決意が揺るがないように、契約を破いてしまわぬように。その言葉はまるで自分を縛り付けるための呪文の様だ。
…けれどやっぱり、指輪を付け直すことは出来そうにない。
契約終了までこのまましまっておいて、全てが終わった時に優斗に返そう…
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