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VERSUS
続・未央と悠登
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数日後、会って話がしたいとあたしは佐伯くんを食事に誘った。
人が多い喫茶店などで話をするわけにはいかないので個室があるお店を選んで、佐伯くんに来てもらうことにした。
ブラックに近いダークブラウンの、重厚感のある色味の木をメインに使った町屋の様なつくりの外観は荘厳さを醸し出しておりお店の中も落ち着いた静かな空間を提供してくれることが予想できる。
木で出来た格子の扉をスライドさせ、店に入ると着物を着た若い女性のスタッフが控えめな声で、けれど愛想の良い笑顔でいらっしゃいませ、と出迎えてくれた。
店内は竹や灯籠などがインテリアに使われており、個室に入るまでの通路は温かみのあるオレンジ色の光のスポットライトが足元を照らす。
通路を歩いているとちらほら談笑の声が聞こえるけれど全てが個室になっている為会話の内容まではわからない。
お店に入った時に出迎えてくれたスタッフが襖で出来た個室の入口の扉を開けると、2人用のこじんまりとした畳ばりの部屋があった。掘り炬燵式になっているので足が疲れることもなくゆっくり話せそうだ。
…良かった、ここ選んで。
静かそうだと思ったのと他の居酒屋に比べて少し高いぐらいという価格帯に惹かれネットでこの店を見つけて予約をしたけれど、予想通り綺麗で静かなお店で安心した。会社から離れたところなので会社の人に見られることも恐らくないだろう。
安心したと同時に、自分が探す立場となって改めて本城さんには苦労をかけていたなと感じ、心遣いがありがたかったな…という気持ちでいっぱいになった。
本城さんが選んでくれていたのは人の目につかない、なおかつお洒落でかっこよくて高級そうなお店ばかりだった。何度も食事に連れて行ってもらったから、毎回探すのは大変だったことだろう。
普通の女の子なら人目を気にせずどこでも連れて行けたのに、あたしみたいな既婚者まがいの独身というややこしい女のせいで迷惑をかけてしまっていたな。
あんなことがあったけれど、本城さんは以前と変わらない態度で接してくれている。一緒に食事に行くことは無くなったし口説いてくることもないけれど相変わらず優しくて、相変わらず女性社員の憧れの的だ。
幸せになってね、と本城さんにも言ってもらったんだった。いろんな人を傷付けてしまったあたしは幸せになってもいいのかな。
今日佐伯くんと話をしたところでどうなるかはわからない。幸せにしてもらいたいなんて思ってるわけじゃないけれど、思いを伝えたいし気持ちを理解してもらいたい。伝わるといいな…
「お連れ様いらっしゃいました」
ぼーっと考え事をしているうちに襖をノックする音が聞こえ、心臓が止まりそうなぐらいドキッとした。大きな音でノックされたわけでもないのにこんなに驚いてしまうのは、これから思いを伝えることに尋常じゃないほどに緊張をしてしまっているからだ。
「お疲れ様です」
スタッフに連れられた佐伯くんがいつも以上に無愛想な表情で個室に入ってきた。席に着くのを確認したスタッフに飲み物を聞かれ、あたしは烏龍茶、佐伯くんはビール。お食事も聞いておきましょうか?と言われついでに一品ものを少しだけオーダーした。
「酒飲まないの?」
「あぁ、うん…酔っちゃうとちゃんと話出来ないし」
「あー。しかも酔っ払うと狼になっちゃうもんね、未央」
「…」
狼って…男の子みたいに言わないでよ、とかそんなことないよ!と言いたいところだけれど、間違いではないので黙り込んでしまった。
あたしと佐伯くんがこうして話をすることになったのも、4月の新人歓迎会の後に佐伯くんが飲みに連れて行ってくれて、酔いつぶれたあたしが誘ったことで体の関係を持ってしまったことが全ての始まりなんだよな…と今更ながら思いに浸る。
佐伯くんの一言で口を噤んでしまったあたしと、黙り込む佐伯くん。当然ながら無言の時が流れる。何から話そう?あたしからちゃんと話をしなければ。そう思った矢先に飲み物が運ばれてきて、少しした頃に頼んでいた一品料理が運ばれてきていよいよ二人で話す時間が訪れた。
「佐伯くん、食べてね」
「ありがと。いただきます」
二人とも無言で食事をした。このお店は食事も美味しいと聞いていたけれど、緊張のせいで食べても食べても味がないように感じた。
話さなきゃ。言わなきゃ始まらない。あたしは息を吸い込み、吐き出して声を発した。
「…あの」
「なんですか?」
「今日は来てくれてありがとう。それから、ごめんなさい!」
「何が?」
「この前、ちゃんと話出来なくて嫌な思いさせちゃって…」
「仕方ないっしょ、冷静に考えたらっていうか考えなくても未央は結婚してるんだから。他の男のこと考える余裕も気持ちもないに決まってるし」
「えっとね、それが、違うの…」
「違うって?」
「…あたし、実は離婚してるの…」
「は?」
…やっと言えた。心臓が止まるどころか口から出てしまいそうなぐらいに緊張したけれど、本当のことをやっと言えた…。まぁ、佐伯くんは明らかに機嫌が悪くなっているというか、返答に怒りがこもっているけれど。
今までは、そんな態度を取られたら佐伯くんじゃなくても誰にされても怯えて黙り込んでしまっていた。
でも、もう逃げない。全部話すって決めたんだ!
「どういうこと?いつしたの?」
「去年の、10月…」
「何それ。俺の事ずっと騙してたのかよ。会社にも嘘ついてんの?誰も知らないの?」
「本城さんだけ、知ってる…」
「…ふーん。本城さんには何でも話すんだ」
「人事部だし、そこはさすがに嘘つけないっていうか…」
「あぁ、まぁ…そっか」
「だから何でも話すとかじゃなくて話さざるを得なかったから…」
「ごめん。本城さんの名前出てちょっとイラッとした。でもまぁ他の奴らのことは騙してたんだよな」
「違うの、そうじゃないの」
「いやそうじゃん」
「そうなんだけど…お願い佐伯くん、話聞いて」
佐伯くんがため息をついて黙り込んだ。一応話は聞いてもらえそうだ…
***
「…ふーん」
離婚に至るまでの流れ。どうして離婚したにも関わらず一緒にいるのか。これからどうするのか。
全てを話した後、佐伯くんが再び小さくため息をついてから相槌を打った。
「だからずっと話せなくて…ごめんなさい」
「わかった。でも未央はなんも悪くなくない?」
「いや、嘘ついてたし…」
「じゃなくて。浮気したの旦那じゃん。そこまで言うこと聞く必要あんのかなって」
「言うこと聞くとかじゃなくて、だからそれは義理のお母さんのことで…」
「いやわかるんだけど。…聞いてたらやっぱ旦那のこと好きなんだなって思っただけで俺はそれ聞かされてどうしたらいいの?つか誰にも言わない約束なのに俺に話して良かったの?」
「それは、違う…もう好きじゃない。話もちゃんと通した上で今日来たから」
「なんの為に?」
「あたしが、佐伯くんのことを好きだからです…」
やっと言えた。伝えたいことを全て伝えることが出来た。
…あれ?
あたしの言葉を聞いた佐伯くんは、眉を顰めている。
「帰ろっか、未央」
…何で?
人が多い喫茶店などで話をするわけにはいかないので個室があるお店を選んで、佐伯くんに来てもらうことにした。
ブラックに近いダークブラウンの、重厚感のある色味の木をメインに使った町屋の様なつくりの外観は荘厳さを醸し出しておりお店の中も落ち着いた静かな空間を提供してくれることが予想できる。
木で出来た格子の扉をスライドさせ、店に入ると着物を着た若い女性のスタッフが控えめな声で、けれど愛想の良い笑顔でいらっしゃいませ、と出迎えてくれた。
店内は竹や灯籠などがインテリアに使われており、個室に入るまでの通路は温かみのあるオレンジ色の光のスポットライトが足元を照らす。
通路を歩いているとちらほら談笑の声が聞こえるけれど全てが個室になっている為会話の内容まではわからない。
お店に入った時に出迎えてくれたスタッフが襖で出来た個室の入口の扉を開けると、2人用のこじんまりとした畳ばりの部屋があった。掘り炬燵式になっているので足が疲れることもなくゆっくり話せそうだ。
…良かった、ここ選んで。
静かそうだと思ったのと他の居酒屋に比べて少し高いぐらいという価格帯に惹かれネットでこの店を見つけて予約をしたけれど、予想通り綺麗で静かなお店で安心した。会社から離れたところなので会社の人に見られることも恐らくないだろう。
安心したと同時に、自分が探す立場となって改めて本城さんには苦労をかけていたなと感じ、心遣いがありがたかったな…という気持ちでいっぱいになった。
本城さんが選んでくれていたのは人の目につかない、なおかつお洒落でかっこよくて高級そうなお店ばかりだった。何度も食事に連れて行ってもらったから、毎回探すのは大変だったことだろう。
普通の女の子なら人目を気にせずどこでも連れて行けたのに、あたしみたいな既婚者まがいの独身というややこしい女のせいで迷惑をかけてしまっていたな。
あんなことがあったけれど、本城さんは以前と変わらない態度で接してくれている。一緒に食事に行くことは無くなったし口説いてくることもないけれど相変わらず優しくて、相変わらず女性社員の憧れの的だ。
幸せになってね、と本城さんにも言ってもらったんだった。いろんな人を傷付けてしまったあたしは幸せになってもいいのかな。
今日佐伯くんと話をしたところでどうなるかはわからない。幸せにしてもらいたいなんて思ってるわけじゃないけれど、思いを伝えたいし気持ちを理解してもらいたい。伝わるといいな…
「お連れ様いらっしゃいました」
ぼーっと考え事をしているうちに襖をノックする音が聞こえ、心臓が止まりそうなぐらいドキッとした。大きな音でノックされたわけでもないのにこんなに驚いてしまうのは、これから思いを伝えることに尋常じゃないほどに緊張をしてしまっているからだ。
「お疲れ様です」
スタッフに連れられた佐伯くんがいつも以上に無愛想な表情で個室に入ってきた。席に着くのを確認したスタッフに飲み物を聞かれ、あたしは烏龍茶、佐伯くんはビール。お食事も聞いておきましょうか?と言われついでに一品ものを少しだけオーダーした。
「酒飲まないの?」
「あぁ、うん…酔っちゃうとちゃんと話出来ないし」
「あー。しかも酔っ払うと狼になっちゃうもんね、未央」
「…」
狼って…男の子みたいに言わないでよ、とかそんなことないよ!と言いたいところだけれど、間違いではないので黙り込んでしまった。
あたしと佐伯くんがこうして話をすることになったのも、4月の新人歓迎会の後に佐伯くんが飲みに連れて行ってくれて、酔いつぶれたあたしが誘ったことで体の関係を持ってしまったことが全ての始まりなんだよな…と今更ながら思いに浸る。
佐伯くんの一言で口を噤んでしまったあたしと、黙り込む佐伯くん。当然ながら無言の時が流れる。何から話そう?あたしからちゃんと話をしなければ。そう思った矢先に飲み物が運ばれてきて、少しした頃に頼んでいた一品料理が運ばれてきていよいよ二人で話す時間が訪れた。
「佐伯くん、食べてね」
「ありがと。いただきます」
二人とも無言で食事をした。このお店は食事も美味しいと聞いていたけれど、緊張のせいで食べても食べても味がないように感じた。
話さなきゃ。言わなきゃ始まらない。あたしは息を吸い込み、吐き出して声を発した。
「…あの」
「なんですか?」
「今日は来てくれてありがとう。それから、ごめんなさい!」
「何が?」
「この前、ちゃんと話出来なくて嫌な思いさせちゃって…」
「仕方ないっしょ、冷静に考えたらっていうか考えなくても未央は結婚してるんだから。他の男のこと考える余裕も気持ちもないに決まってるし」
「えっとね、それが、違うの…」
「違うって?」
「…あたし、実は離婚してるの…」
「は?」
…やっと言えた。心臓が止まるどころか口から出てしまいそうなぐらいに緊張したけれど、本当のことをやっと言えた…。まぁ、佐伯くんは明らかに機嫌が悪くなっているというか、返答に怒りがこもっているけれど。
今までは、そんな態度を取られたら佐伯くんじゃなくても誰にされても怯えて黙り込んでしまっていた。
でも、もう逃げない。全部話すって決めたんだ!
「どういうこと?いつしたの?」
「去年の、10月…」
「何それ。俺の事ずっと騙してたのかよ。会社にも嘘ついてんの?誰も知らないの?」
「本城さんだけ、知ってる…」
「…ふーん。本城さんには何でも話すんだ」
「人事部だし、そこはさすがに嘘つけないっていうか…」
「あぁ、まぁ…そっか」
「だから何でも話すとかじゃなくて話さざるを得なかったから…」
「ごめん。本城さんの名前出てちょっとイラッとした。でもまぁ他の奴らのことは騙してたんだよな」
「違うの、そうじゃないの」
「いやそうじゃん」
「そうなんだけど…お願い佐伯くん、話聞いて」
佐伯くんがため息をついて黙り込んだ。一応話は聞いてもらえそうだ…
***
「…ふーん」
離婚に至るまでの流れ。どうして離婚したにも関わらず一緒にいるのか。これからどうするのか。
全てを話した後、佐伯くんが再び小さくため息をついてから相槌を打った。
「だからずっと話せなくて…ごめんなさい」
「わかった。でも未央はなんも悪くなくない?」
「いや、嘘ついてたし…」
「じゃなくて。浮気したの旦那じゃん。そこまで言うこと聞く必要あんのかなって」
「言うこと聞くとかじゃなくて、だからそれは義理のお母さんのことで…」
「いやわかるんだけど。…聞いてたらやっぱ旦那のこと好きなんだなって思っただけで俺はそれ聞かされてどうしたらいいの?つか誰にも言わない約束なのに俺に話して良かったの?」
「それは、違う…もう好きじゃない。話もちゃんと通した上で今日来たから」
「なんの為に?」
「あたしが、佐伯くんのことを好きだからです…」
やっと言えた。伝えたいことを全て伝えることが出来た。
…あれ?
あたしの言葉を聞いた佐伯くんは、眉を顰めている。
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