同居離婚はじめました

仲村來夢

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VERSUS

めぐと悠登

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「…めぐまだそこにいたんだ」

「悠登…おかえりなさい…」

「ただいま」

「帰ってきてくれてよかったぁ…」

「そりゃ帰るよ…自分ちだし」

家の玄関で一人座り込んで泣いていためぐの手首を悠登が軽く掴み、起き上がれと言わんばかりに少し引っ張った。

「悠登?」

「話があるから、部屋入ろ」

いい話なわけがないからとめぐはしばらく嫌がったけれど、悠登が諭してようやくめぐは部屋に入った。

「未央に嘘言ったんだな」

「…嘘…」

嘘ってなんだろう?と言いたげにめぐがとぼけて呟き悠登は心底苛立ったけれど、それをぐっと堪えた。

…ダメだ。こっちが感情的になればめぐだって感情的になってしまう。ちゃんと冷静になって話し合わないと。

「わかるでしょ。俺たちは別れてから1回もヤってないよね。めぐは未央に嘘を言ったよね?」

「…」

***

「ほんとにやめよう、そういうのは。俺はめぐをセフレになんかしたくない」

「悠登、そんなに未央ちゃんのことが好きなの?めぐには魅力ないの、触るのも嫌なの?めぐのことそんなに嫌いになっちゃったの」

「洗ってるだけだけど体には触れてるだろ。本気で嫌いなら触りたくもないしいくら病人でも自分で風呂入れって突き放すし」

「ならいいじゃん…」

「ダメ。俺は未央のこと裏切りたくないし」

「…もしかして未央ちゃんと付き合ってるの?」

「付き合ってないよ。だから俺がめぐとヤっても浮気でも何でもないわな」

「じゃあ」

「いやいやじゃあ、じゃないから。浮気じゃなくても後ろめたい気持ちは持ちたくないし。第一めぐにも申し訳ないし」

「めぐにはそんなこと思わなくていいんだよ」

「あのさ、別れてだいぶ経つし今も一緒に住んでるのって変な関係だけど…めぐと付き合ってた時間は大切な思い出にしときたい。めぐはどう思う?」

「…めぐも大切にしたいって思う」

「ならそのままにしとかない?ヤっちゃったらそういう大切な思い出も悪い意味で塗り替えられる気がして俺は嫌だ。わかってくれないかな、めぐ」

「…そっか…うん、そうだよね…わかった…」

めぐがバスルームで悠登を誘ったあの夜。近付いてきためぐの唇を悠登が自分の手の平でガードした時、めぐはバツが悪そうに目を開けた。

自分のことをまだ好きだと言ってくれる元恋人に迫られたらそのまま体の関係を持ってしまう人間もいるだろう、お互い新しい恋人がいないなら尚のことだ。

今もまだこんなに自分を好きでいてくれるめぐがいじらしいと感じたけれど、悠登の気持ちは一瞬たりとも動くことはなかった。

未央とは一夜の過ちを犯し、めぐとは後に付き合ったけれどそうなる前に半ば強引に襲った。「悠登は付き合ってない人とでもえっちできるじゃん」というめぐの言葉に人聞きが悪いと抗議はしつつも、本当のことだからそれ以上は何も言わなかった。

けれど未央と一夜を共にし好きになって以来、悠登は愛情のあるセックスをしたい、好きじゃない女とはしたくない。と思う様になった。

付き合っていた頃は当然めぐのことが好きで愛情のあるセックスをしていたし、浮気をしたことだってない。ただフリーの時であれば全然別の話になってくる。一晩だけの関係も何度もあったしセックスフレンドがいたこともある。めぐと別れてから未央と体の関係を持つまでの間にも他の女の子と寝ることはあった。

今、悠登は未央とセックスをしたことを後悔している。

普通に過ごしていれば見ることのない職場の上司が乱れているところは興奮したし行為自体も気持ちが良かった。愛撫に感じている表情も何度も絶頂する姿も物凄く可愛かったし、あの夜にセックスをしたからこそ未央が愛しくて堪らなくなっている。

でも、いくら誘ってきたとしても人妻の未央を安易に抱いてしまったことは世間一般で許されることではない。

それに…こんなに好きになってしまうくらいならあの夜にもっと愛情を持って抱きたかった。…だからといって好きだ、と言っても離婚して、と言っても何も答えない未央を再び誘うのは怖い。好きになって欲しいからこそ強引に誘って嫌われたくない。これまで抱いたことのない感情に悠登は戸惑っている。

二度も玉砕してしまっためぐは泣きそうなぐらい恥ずかしかったけれど、泣いてしまえば自分が余計惨めになってしまいそうでそれを必死で堪えた。

そしてやり場のない怒りの様な悲しさの様な、自分でもよくわからない思いを未央にぶつけてしまった。悠登とまだえっちしてるよ、なんていう幼稚な嘘までついて。

「めぐ?聞いてる?」

「聞いてる…」

「なんでそんな嘘ついたの?」

「…悠登のこと、奪られたくなかったから…」

「奪られるってなんだよ、俺はめぐの所有物じゃないよ」

「悠登のこと好きになったのはめぐが先だもん…」

「先とか後とかないし、っていうか未央は俺の事好きじゃないと思うけど」

「…好きだよ、未央ちゃんは悠登のこと…めぐが悠登とえっちしてるって言ったらすごいショック受けてたもん…気にしてない風にしてたけど未央ちゃん超テンパってた」

自分のことをどう思っているのか、未央に何も言ってもらえずにこの家に帰ってきた悠登はそれを聞いて落ち込んでいた気持ちが少しだけ和らいだ。少しでも自分に興味を持ってもらえているのなら嬉しい。

ただ、めぐに嘘をつかれたことに対する怒りが消え去りはしない。…怒りというより、もう呆れしかなかった。

「…めぐ顔上げて」

俯いていためぐが、親に叱られる前に怯える子供のようにびくびくしながら顔を上げた。

「めぐ。終わりにしよう」

「終わり…?」

「もう一緒に住むのやめよう」

顔を上げてから聞いた悠登の一言目に一気に潤み始めためぐの瞳。二言目でその瞳から大粒の涙が一つ、零れ落ちた。
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