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破れた契約書
危ない夜
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「どうしたの、そんなガチガチになって」
「緊張、してしまって…」
「それは俺もだよ」
お互いシャワーを浴びた後、ベッドに連れて行かれ優しく抱きしめられた。…緊張しすぎてあたしから本城さんの背中に手を回すことが出来ず、聞こえているんじゃないかというくらい心臓の鼓動が早く大きく脈を打つ。
「未央ちゃん、俺の顔見て」
本城さんが俯いていたあたしの顔を上げさせて目をじっと見た。
以前や、今日車の中でキスをした時に距離が近かったのは当然だけれど、こんなに間近でゆっくりと顔を見るのは初めてだ。このままじゃ瞳の中に吸い込まれるような気がしてつい目をそらす。
本城さんがキスをした。目を閉じてそれを受け入れていくうちに覆いかぶさられ、舌が絡まってきた。
「ん…っ…」
このままもっと激しくキスをされて、恥ずかしくて着たままにしているバスローブを脱がされていくんだ。裸を見られて体を触られてあたしも本城さんの体を触って、最後はひとつになるんだ…
本城さんが唇を離して、それは首筋に下りてきた。撫でられるように優しくそこにキスをされ、舌でぺろっと舐められて体がびくっと反応する。
こんなにゆっくり優しくされるのはいつぶりだろう。優斗には自分の欲望をぶつけてくるかの様に激しく抱かれて、最後にした…というかされたのは無理矢理だった。佐伯くんに抱かれた時はそうなるまでの展開が早かったから緊張する間も何か考える間もなく、ただ快感に身を任せてしまうだけだった。
緊張していたはずなのに、いや今も緊張はするけれどこれからどうなっていくのかを考えてしまい、何でこんなことをしているのだろう…と冷静になってきた。
これでいいの?空気に飲まれてここまで来てしまったけれど、本当に本城さんとこんな風になってしまっていいの?
本城さんがあたしのことを好きでいてくれていることは十分に感じる。けれど、あたしも同じように愛情を返せるのだろうか。
このまま付き合うことになっても、それはあたしにとってただの成り行きじゃないのか?あたしから好きだと伝えたことは一度も無いのにただ本城さんの気持ちを受け入れるだけで、自分の気持ちがはっきりしないまま恋愛をしてもいいのだろうか。こんなに好きだと言ってくれる人の気持ちをちゃんと受け止めきれないままこうなってしまっていいのだろうか。
佐伯くんはこんなあたしのことをどう思うだろう…きっと幻滅する。好きだって言ってくれるなら誰でもいいのか、って。…どうして今佐伯くんの顔が思い浮かぶのだろう。
「未央ちゃん?」
気付けば、バスローブの隙間に入ってこようとする本城さんの手を拒むように掴んでいた。
「ごめんなさい…」
「どうしたの?」
戸惑う本城さんを見ると涙が零れてきた。いつも冷静沈着な本城さんにこんな顔をさせて申し訳なくて、そう思うと更に出てくる涙を止めることが出来なくなった。
「ごめんなさい。これ以上出来ませんっ…」
「…俺とするのが泣くほど嫌?」
「違うんです、何も答えないままこんな風になって…本城さんの気持ちを中途半端に受け入れてしまいそうな自分が嫌なんですっ…」
「それでもいいよ。どんな未央ちゃんでも好きだよ」
「良くないです!…本城さんのことは好きなんですけど…それは恋愛としてじゃないと思います…なのにこんな受け入れ方するのは失礼です。あたしが嫌なんですっ…」
「…そっか」
「ごめんなさい、本城さんごめんなさい…」
本城さんがあたしの頭を撫でてにこっと笑った。それはいつもの余裕のある笑顔じゃなくて寂しそうだった。それから、本城さんの指があたしの涙を拭った。
「わかった、この先はもうしない。嫌がる未央ちゃんを無理矢理抱くほど俺は野獣じゃないし」
「本城さんが嫌なんじゃないんです!」
「ありがとう。未央ちゃんは真面目だね」
「そんなことないです、真面目なんかじゃ」
「ううん。好きじゃなくても簡単に体を受け入れる女の子だっているからね。それじゃ申し訳なく思ってくれたんでしょ?」
「…」
好きじゃなくても、簡単に体を受け入れる。佐伯くんとした時のあたしじゃないか。…あたし、真面目なんかじゃないのに。
「未央ちゃんのそういうところが好きだよ」
「ほんとに、ごめんなさい」
「もう泣かないで、未央ちゃん。服着よう」
「…ごめんなさ…」
「そんなに謝らないでくれる?惨めになるから」
ごめんなさい、とあたしが言い切る前に言葉を遮り本城さんが服を着始めた。本城さんのその言葉にまた謝ってしまいそうになったけれど、慌てて口を塞いだ。
…そうだよね。好きな女の子とここまで来て、途中で拒否されたのだから…いくらいつでも冷静沈着でも、当然ながら本城さんにも人の心があるのだ。傷付けてしまって、ごめんなさい…口には出さず、心の中で呟いた。
「さっきちょっと強く言っちゃってごめんね」
静寂とした車の中で本城さんが沈黙を破った。
「い、いえとんでもないです!」
「でもすっきりしたよ。ちゃんと言ってくれてありがと」
「いや、そんな…」
「真面目で一生懸命な未央ちゃんが好きなんだよねー…面接の時も真面目そうな子だなって、頑張ってくれそうだなって思ったから採用したし」
「そうだったんですか…」
「まぁ佐伯くんみたいな子も面白いなって思って採用したけどね。まさか佐伯くんと未央ちゃんを奪い合うとは思わなかったけど」
「奪い合う、って」
「だって佐伯くん未央ちゃんのこと好きじゃん。俺が気付いてないとでも思った?新人歓迎会の日に何があったか知らないけど、未央ちゃんも意識してるでしょ。未央ちゃんのことは人一倍わかるから」
「…そっか…そうですよね…」
「旦那さんとヨリを戻すか佐伯くんとどうなるか、誰とも恋愛しないかもだけど…幸せになってね、未央ちゃん」
「そんなお別れみたいな言い方やめてくださいっ…」
「お別れじゃないよ、会社で会うんだし。じゃあ」
話しているうちにいつの間にか家に着いていて、あたしは本城さんの車を降りた。
「ありがとうございます、送って頂いて」
「早く家入りなさい。おやすみ、また明日ね」
あたしが会釈をすると、車が走っていった。
申し訳なさであたしが何も話せないことを本城さんはわかっていて色々話してくれたのだろう。
本当に優しくて気が付く人だよな…。どうしてあたしは本城さんのことを恋愛感情として好きになれなかったのだろう。…でも、好きになるのは理屈じゃないから…
本城さんの車が見えなくなった後、マンションに入った。
「緊張、してしまって…」
「それは俺もだよ」
お互いシャワーを浴びた後、ベッドに連れて行かれ優しく抱きしめられた。…緊張しすぎてあたしから本城さんの背中に手を回すことが出来ず、聞こえているんじゃないかというくらい心臓の鼓動が早く大きく脈を打つ。
「未央ちゃん、俺の顔見て」
本城さんが俯いていたあたしの顔を上げさせて目をじっと見た。
以前や、今日車の中でキスをした時に距離が近かったのは当然だけれど、こんなに間近でゆっくりと顔を見るのは初めてだ。このままじゃ瞳の中に吸い込まれるような気がしてつい目をそらす。
本城さんがキスをした。目を閉じてそれを受け入れていくうちに覆いかぶさられ、舌が絡まってきた。
「ん…っ…」
このままもっと激しくキスをされて、恥ずかしくて着たままにしているバスローブを脱がされていくんだ。裸を見られて体を触られてあたしも本城さんの体を触って、最後はひとつになるんだ…
本城さんが唇を離して、それは首筋に下りてきた。撫でられるように優しくそこにキスをされ、舌でぺろっと舐められて体がびくっと反応する。
こんなにゆっくり優しくされるのはいつぶりだろう。優斗には自分の欲望をぶつけてくるかの様に激しく抱かれて、最後にした…というかされたのは無理矢理だった。佐伯くんに抱かれた時はそうなるまでの展開が早かったから緊張する間も何か考える間もなく、ただ快感に身を任せてしまうだけだった。
緊張していたはずなのに、いや今も緊張はするけれどこれからどうなっていくのかを考えてしまい、何でこんなことをしているのだろう…と冷静になってきた。
これでいいの?空気に飲まれてここまで来てしまったけれど、本当に本城さんとこんな風になってしまっていいの?
本城さんがあたしのことを好きでいてくれていることは十分に感じる。けれど、あたしも同じように愛情を返せるのだろうか。
このまま付き合うことになっても、それはあたしにとってただの成り行きじゃないのか?あたしから好きだと伝えたことは一度も無いのにただ本城さんの気持ちを受け入れるだけで、自分の気持ちがはっきりしないまま恋愛をしてもいいのだろうか。こんなに好きだと言ってくれる人の気持ちをちゃんと受け止めきれないままこうなってしまっていいのだろうか。
佐伯くんはこんなあたしのことをどう思うだろう…きっと幻滅する。好きだって言ってくれるなら誰でもいいのか、って。…どうして今佐伯くんの顔が思い浮かぶのだろう。
「未央ちゃん?」
気付けば、バスローブの隙間に入ってこようとする本城さんの手を拒むように掴んでいた。
「ごめんなさい…」
「どうしたの?」
戸惑う本城さんを見ると涙が零れてきた。いつも冷静沈着な本城さんにこんな顔をさせて申し訳なくて、そう思うと更に出てくる涙を止めることが出来なくなった。
「ごめんなさい。これ以上出来ませんっ…」
「…俺とするのが泣くほど嫌?」
「違うんです、何も答えないままこんな風になって…本城さんの気持ちを中途半端に受け入れてしまいそうな自分が嫌なんですっ…」
「それでもいいよ。どんな未央ちゃんでも好きだよ」
「良くないです!…本城さんのことは好きなんですけど…それは恋愛としてじゃないと思います…なのにこんな受け入れ方するのは失礼です。あたしが嫌なんですっ…」
「…そっか」
「ごめんなさい、本城さんごめんなさい…」
本城さんがあたしの頭を撫でてにこっと笑った。それはいつもの余裕のある笑顔じゃなくて寂しそうだった。それから、本城さんの指があたしの涙を拭った。
「わかった、この先はもうしない。嫌がる未央ちゃんを無理矢理抱くほど俺は野獣じゃないし」
「本城さんが嫌なんじゃないんです!」
「ありがとう。未央ちゃんは真面目だね」
「そんなことないです、真面目なんかじゃ」
「ううん。好きじゃなくても簡単に体を受け入れる女の子だっているからね。それじゃ申し訳なく思ってくれたんでしょ?」
「…」
好きじゃなくても、簡単に体を受け入れる。佐伯くんとした時のあたしじゃないか。…あたし、真面目なんかじゃないのに。
「未央ちゃんのそういうところが好きだよ」
「ほんとに、ごめんなさい」
「もう泣かないで、未央ちゃん。服着よう」
「…ごめんなさ…」
「そんなに謝らないでくれる?惨めになるから」
ごめんなさい、とあたしが言い切る前に言葉を遮り本城さんが服を着始めた。本城さんのその言葉にまた謝ってしまいそうになったけれど、慌てて口を塞いだ。
…そうだよね。好きな女の子とここまで来て、途中で拒否されたのだから…いくらいつでも冷静沈着でも、当然ながら本城さんにも人の心があるのだ。傷付けてしまって、ごめんなさい…口には出さず、心の中で呟いた。
「さっきちょっと強く言っちゃってごめんね」
静寂とした車の中で本城さんが沈黙を破った。
「い、いえとんでもないです!」
「でもすっきりしたよ。ちゃんと言ってくれてありがと」
「いや、そんな…」
「真面目で一生懸命な未央ちゃんが好きなんだよねー…面接の時も真面目そうな子だなって、頑張ってくれそうだなって思ったから採用したし」
「そうだったんですか…」
「まぁ佐伯くんみたいな子も面白いなって思って採用したけどね。まさか佐伯くんと未央ちゃんを奪い合うとは思わなかったけど」
「奪い合う、って」
「だって佐伯くん未央ちゃんのこと好きじゃん。俺が気付いてないとでも思った?新人歓迎会の日に何があったか知らないけど、未央ちゃんも意識してるでしょ。未央ちゃんのことは人一倍わかるから」
「…そっか…そうですよね…」
「旦那さんとヨリを戻すか佐伯くんとどうなるか、誰とも恋愛しないかもだけど…幸せになってね、未央ちゃん」
「そんなお別れみたいな言い方やめてくださいっ…」
「お別れじゃないよ、会社で会うんだし。じゃあ」
話しているうちにいつの間にか家に着いていて、あたしは本城さんの車を降りた。
「ありがとうございます、送って頂いて」
「早く家入りなさい。おやすみ、また明日ね」
あたしが会釈をすると、車が走っていった。
申し訳なさであたしが何も話せないことを本城さんはわかっていて色々話してくれたのだろう。
本当に優しくて気が付く人だよな…。どうしてあたしは本城さんのことを恋愛感情として好きになれなかったのだろう。…でも、好きになるのは理屈じゃないから…
本城さんの車が見えなくなった後、マンションに入った。
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