同居離婚はじめました

仲村來夢

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破れた契約書

もう戻れない

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ゴールデンウィークが終わり、また日常が始まった。

優斗と話した通りあの日は翌日に二人揃ってお見舞いに行って、帰りに母の日のプレゼントを決めた。

佳江さんに会うのは仕事が休みの土日ばかりだけれど、毎週痩せていっている気がする。

人は3キロ痩せると周りがそれに気付くと言われている。けれど職場の人や頻繁に会う友達が痩せていってもわからないものだ。言われてみればそうかも…ぐらいで。

けれど佳江さんの場合はいつ会っても先週より痩せたかな…と思うほどやつれていった。

佳江さんが入院してからもうすぐ十ヶ月。快方に向かってくれることを、少しでも長く生きてくれることを毎日祈っているけれど医者にはそろそろ覚悟してくれ、と言われてしまいあたしも優斗も精神的にとても不安定になっている。

家の中が明るくなくなってしまったのは離婚をした時からだけれど、最近はそれに輪をかけて暗い。あたしも優斗も全然笑わないし、笑えない。

佳江さんのお見舞いに行った日の夜に優斗があたしの体を求めてきて、それに応じる…という今までしてきたことはもうなくなり、佳江さんに会った日だろうがなんだろうがもう襲ってくることはない。そのことにほっとしたはずなのに心がもやもやしている。

何だかんだで、あたしも優斗と触れ合いたかったのだと思う。優斗の心を癒している、そんな風に思っていたつもりがあたしも癒されていたみたいだ。

けれど優斗とはもう元に戻れないし、戻るつもりもない。そのことは優斗もわかっていると思う。

家の中の空気が重くて暗くて、息苦しい。優斗の顔を見るのも辛い。顔を見れば佳江さんを思い浮かべてしまい、あと数ヶ月後に来るかもしれない別れの時を想像して辛くなる。お互い口には出さないけれど、優斗も同じ気持ちだと思う。

ちゃんと毎晩家に帰るけれど、少しでも帰宅時間を遅くしたくて佐伯くんからの誘いにも本城さんの誘いにも乗るようになった。

誘いに乗るとは言ってもあくまで食事をしたり話をしているだけで体の関係はない。

佐伯くんも本城さんも元気がないあたしを心配してくれていることが伝わってきて、こうやってどっちつかずの状態でいることに申し訳なく感じながらも誘ってもらえると嬉しかった。

佐伯くんの家に遊びに行ってめぐちゃんが作ってくれるご飯を一緒に食べる。その後はあたしの持ってきたお菓子でデザートタイム。そんなことが続いているおかげで佐伯くんともめぐちゃんとも仲良しになってしまった。

佐伯くんには早く離婚して、俺と結婚して…とかいうことも言われなくなったし、それが気楽だった。佐伯くんはあたしに恋愛感情を抱かなくなってきたのかもしれない。

佐伯くんとは逆に本城さんはあたしのことを心配しながらも距離を近付けていこうとしている。

本城さんがたまに会社に車で来ている時、家まで送ってくれるようになり元旦那さんとはどう?仲良くしてる?車の中でそんな話をしつつ、別れ際は好きだよ、待ってるから。と毎回言われてあたしはいつも口を紡いでしまう。

「ん…」

いつも家の前まで送ってもらって、お礼を言うと本城さんが「おやすみ」と手を振って帰っていくのだけれどその日は違った。

「あのっ、ちょっと、本城さんっ…」

「ダメ?」

車を降りようとした時に腕を引っ張られ、キスをされた。キスはあの時…ホテルのエレベーターの中でされたから初めてじゃなかったけれど、初めて舌を入れられてびっくりしてしまい本城さんの手を振りほどこうとした。けれど男の人の力には勝てずあたしは腕を掴まれたままだ。

「だってっ…」

「そろそろ答え出してくれてもいいんじゃないかな」

「答え…?」

「俺の事をどう思ってるのかなって。話聞いてる感じ元旦那さんとは冷めきってるみたいだし…離婚してるなら冷めきってるも何もないか」

そう言ってあたしの目を見て、再びキスが始まった。…さっきより激しい。どうしよう…早く止めなきゃ…

「あっ…ほんじょ…うさん…」

「もう我慢できないよ」

「我慢って…なんですか…」

「未央ちゃんを抱きたい」

「でも…」

「でも何?キスだけじゃもう無理」

「えっと…」

「今日中に帰すから。俺の気持ちをちゃんと受け入れて」

指を絡められ、振りほどけなかった。前にキスをされた時は突き放してしまったのに、その時に本気で好きだよ、と言われたことを思い返し本城さんの目を見ると動けなかった。それをイエスだと受け取った本城さんは止まっていた車のエンジンをかけた。

これじゃ優斗と一緒だ。浮気ではないけれど付き合っていない人に抱きたいと言われ無言で応じてしまっているのだから。

…やっぱりあたしは軽い女だ。仕事先の後輩と寝て、これから上司ともそうなる。

そう思いながらも今更帰るなんて言えずに黙って本城さんと手を繋いでいた。

「駐車場から部屋まで直接行けるから人には見られないよ。安心して」

着いたのは本城さんの住むタワーマンションだった。地下の駐車場に車を停めたあと、エレベーターに向かう本城さんの後をついていく。

エレベーターの開閉のボタンの少し上にあるセンサー部分に本城さんがカードキーをかざし、住んでいる階数を押した後ドアが閉まり上がって行った。

「…ホテルみたいなところに住んでるんですね…」

「独身だからね。お金の使い所無いから家ぐらいはちょっとお金かけてでもくつろげるところがいいし」

本城さんの部屋があるフロアに到着し、マンションによくあるコンクリートではなくこれまたホテルの床の様な絨毯の廊下をゆっくりと歩き、本城さんがドアに再びカードキーをかざす。

ドアが開き段差のない広い玄関で靴を脱ぐと、部屋に入る前に本城さんに抱きつかれ再びキスをされた。

「まってください…っ」

「キスしたかっただけ。こんなところで襲ったりしないよ」

「そう、ですか…」

「先にシャワー浴びといで。こっちだよ」

「はい…」

本城さんに手を引かれ、バスルームまで案内されてドアを閉められた後、用意されているバスローブが目に止まった。

…バスローブ家で使う人いるんだ。こんなところもホテルっぽいな。まぁ最近は日本でも使う人増えてるみたいだしな…

今日ここに来たのは自然な流れじゃないし、何も言わず受け入れたとは言え突然のことに戸惑っている。動揺しているからこそ、バスローブがどうこうとどうでもいいことが気になってしまう。

ここまで来たらいよいよ帰れない。お互いシャワーを浴びた後はベッドに潜り込んで…抱かれるんだ。本城さんともう元には戻れないんだ…
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