同居離婚はじめました

仲村來夢

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破れた契約書

優斗への答え

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二週間ほど経ち、ゴールデンウィークに入っても優斗は帰ってこなかった。

あたしは実家に帰り、少し早めの母の日のプレゼントに会社の新作のアクセサリーとこの時期には値段が高騰し気味な母親の大好物の苺を買っていった。

実家には電車でも帰れるけれど、空港が割と近いため毎年優斗と飛行機で帰省して一泊した後に海外旅行へ出かけることが多い。

いつもの様に里帰りをしたけれど今年は一人で来たこと、一泊ではなくずっと実家にいることに違和感を感じたお母さんが単刀直入に聞いてきた。

「なに未央、浮気でもされたの?」

「なんでそう思うの」

「なんとなく。優斗くん優しいからモテるだろうし」

「…」

「図星か。どうすんの?」

「考え中…」

「ふーん。そうなの」

お母さんは怒るでもなく悲しむでもなく、冷静だった。

お母さんは、自分の子供が誰よりも可愛い。うちの子供が悪いことなんてするはずない、という盲目な母親でもなく、お母さんの言うことは絶対。逆らうな!といった今で言ういわゆる毒親でもなく、常にフラットな気持ちであたしを見ている。あたしが悪いとも、優斗が悪いとも言わなかった。

以前、浮気する男は良くないわよと至極当たり前なアドバイスを受けたけれど最終的にはあたしの思うようにすればいいと言っていたし、自分自身父親に浮気されてもしばらく離れられなかったので言える立場でもないと思っているのだろう。

お母さんはそれ以上この件について聞いてくることはなかった。

離婚したということはいつかは言わないといけない。急に離婚したと言うとさすがに驚かせてしまうだろうからあえて実家に帰り、上手くいってませんよ、考え中だからもしかしたら離婚するかもしれませんよ…というフラグを立てたかった。佳江さんに嘘をつくのも辛いけれど自分の母親に黙っているのも心苦しいから、匂わせておくことで少し胸のつかえが取れた気がする。

「佳江さんのお体はどうなの?」

「今は体調落ち着いてる、かな…毎週お見舞い行ってるよ」

「そうなんだ、よかった。そのままガンなんて消滅しちゃえばいいのに」

「そうだね…本当にそう思う」

お母さんと佳江さんは姑同士にしては割と仲が良く名前で呼びあっている。お母さんがあたし達の住んでいるところに来た時は四人で食事に行くというのも恒例だった。年賀状のやり取りもしているらしいけれど、今年は来なかったから…とかなり心配している様子だった。

仲が良くても体調はどうですか、と本人にも優斗にも聞けず、お正月に帰省した時にも優斗に聞こえないところでこっそりと聞かれた。

冷静なお母さん故、佳江さんがどんな人でもお母さんは嫌うことはないだろうけれど、あんなに素敵な佳江さんだからこそ二人は良好な関係なことがあたしも優斗も嬉しかった。

お母さんも佳江さんがいなくなってしまうのは辛いと思う。どうして、皆に愛されるような佳江さんが病気になってしまうのだろうか。…神様は不公平だ。

心配をかけない為にも、早く優斗と仲直り…ケンカでもなければ仲直りなんて簡単なものではないけれど契約した通り、あたし一人ではなく優斗と一緒にお見舞いに行かなければ。…優斗に連絡しよう。

優斗に「佳江さんのお見舞いに一緒に行く日を決めよう。母の日のことも相談したいし」と、あの日の晩のことをスルーしてメールをした。

自分が悪いことをしたと感じている以上その話を言いたいけれど言えず連絡も出来ずもやもやしていたのだろう、今日にでも帰るから話そう、と電話があった。…久々に話すことと、感情を抑えて話すことに少し緊張した。

あたしも早く帰りたいけれど今の時間だと電車も飛行機もない。実家にいることを伝えると今から車で迎えに行く、と言い出した。

ゴールデンウィーク中とはいえ夜ならば高速道路も空いている。けれどあたし達の住む家からあたしの実家まで3時間近く車を走らせなければならない。

明日帰るから…と伝えたけれど早く会いたいから絶対に今日行くと言われ押し切られてしまった。

…会いたくないな。けれど佳江さんの為だ。

「すみません、遅くに来てしまって」

「優斗くん久しぶり。大丈夫よー、気を付けて帰ってね」

玄関先で挨拶をした優斗にも、まるであたしから何も聞いていないかの様にお母さんはいつも通りであたし達を見送った。

「ごめんね、急に来て」

「ううん。あたし運転するよ」

「大丈夫。ゆっくりしてて」

その言葉を交わして以降、車の中であたし達は一言も喋らなかった。

言いたいことは沢山あるし、優斗もあるだろう。けれど車に乗りながら話せるような内容でも無いし…

3時間というただでさえ長い時間を無言で過ごすのはとても苦痛だった。それは今まで生きてきた中で一番長く、重い空気に息苦しくなる時間だった。

***

「未央の気持ちも考えずにあんなことして、本当に申し訳なかった。ごめんなさい」

「…うん」

「俺があの子と会わなくなったところで、未央の気持ちが変わるわけじゃないのに自分の感情だけで動いてバカなことしたなって反省した」

「そっか。…あたしも、ちゃんと返事せずに逃げて悪かったです。ごめんなさい」

「未央は悪くない。ほんとにごめん。あんなこと二度としないから、ほんとにすみませんでした」

「わかった。あたしもちゃんと話すね。別れてきてくれたことは嬉しいなって思った。けど、あんなことがあったら元には戻れない。…あたしはもう優斗のことは愛せないです。謝ってくれたのに申し訳ないんだけど…」

「…そうだよな…」

家に帰ってからも重い空気を引きずったまま話し合いをして、あたしの気持ちを伝えた後は無言の時間が流れた。

「ちゃんと契約は守るから。色々破っちゃったしあんまり意味なくなっちゃってるけど…ちゃんと佳江さんのお見舞いは二人で行こうね」

「ありがとう、未央」

優斗は今にも泣きだしそうな顔であたしにお礼を言った。

明日、二人揃った状態でお見舞いに行こう。帰りに母の日のプレゼント見に行こうか。渡すのはもうちょっと先だけどパジャマとかどうかな。

そう話してあたし達は眠りについた。相変わらず同じベッドだったけれど優斗があたしに近付くことはなく、二人とも背を向けた状態で眠った。

この時はあたしも優斗もわからなかった。佳江さんとのお別れがすぐそこに来ていることを。
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