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破れた契約書
ひとりきりの夜
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次の日の朝会社に電話をして、風邪のため病院に行くと嘘をついて遅刻をすることにした。
実際はアフターピルを処方して貰う為に婦人科に行くのだけれど、そんなことは会社に言えるはずもないので無難に風邪ということにしておくしかない。
アフターピルは性行為後の72時間以内に服用をすれば妊娠を阻止することができる。
こんな日が来るだなんて想像もしなかった。結婚している時は子供が欲しくて避妊なんて当然したことがなかったのに、一緒に子作りに励んでいた相手の子供を妊娠しない為にピルを飲むなんて…
途中でやめたから…とか、今まで妊娠しなかったのだから飲まなくてもきっと大丈夫、などという軽い気持ちではいられない。
お互いの体に異常がなくて不妊の原因がわからない分、ストレスから解放されたりタイミングが良ければ自然に妊娠することは充分あると医者から言われていた。
この状況に解放どころかストレスが溜まりに溜まってしまっているけれど、万が一妊娠したら産むことにも、育てることにも自信が無い。一人で困り果てることが目に見えている。
ただ子供が欲しいのではなくて、愛する優斗との子供だから欲しかった。今のあたしは優斗のことを愛せない。優斗だってあたしのことを愛していない。愛していないくせに避妊をしようとしなかったことにも腹が立つ。
待ち時間はかなりあったものの、ピルはスムーズに処方された。すぐさま飲んで、会社には風邪だと伝えているのでマスクを駅のコンビニで買ってから会社に向かった。
「未央ちゃんおはよう。大丈夫?」
「本城さん、おはようございます。すみません突然…」
「ううん、熱が下がったのならよかったね。来た時顔色悪そうだったから心配したよ」
昨日の夜ずっと泣いていたせいで、目が真っ赤で瞼が腫れている。その状態にマスクで出社すれば顔色が悪く見えて当然だ。
本城さんが間近であたしの顔を見て目を丸くして、泣いていたせいでこんな顔になっていることを察知した本城さんは“突っ込まなければよかった”という顔をした。
向き合った時に一昨日キスをしたことをようやく思い出す。昨日の夜のことで頭がいっぱいですっかり記憶が抜け落ちていた。普段のあたしならぎこちなくなってしまうだろうけれどそれどころじゃないせいで自然に接することが出来たしそれはそれで良かったなぁ、なんて思う余裕ぶりだ。
「病院に着いてから熱を測ったら平熱に下がってましたし、薬をもらって今飲んできたのでもう大丈夫です」
「まぁ無理せずにね」
本城さんも何事もなかったように自分のデスクに戻って行ったので、あたしも自分のデスクに戻りパソコンを立ち上げた。
いつも通りの仕事をしているはずなのに、しばらくすると見ている画面がちかちかして見えて吐き気を催し、手で口元を抑えた。
「一ノ瀬さん顔色悪いですよ。大丈夫ですか?」
あたしの隣のデスクに座っている新人の女の子が心配そうに声をかけてきた。
「あー、うん…ちょっとお手洗い行ってくる」
立ち上がった時に目眩がしてとっさにデスクに手をついたせいで、ばん、という音がしてしまい近くにいた席の全員の視線を集めてしまったけれどそんなことは気にしていられずふらふらしながらトイレに駆け込んだ。
…めちゃくちゃ気持ち悪い。吐きそうなのに吐けないのが余計に辛い。
ピルを処方してもらった時、副作用で吐き気が起こることがある、と説明があったからそのせいだろう。昨日はあまり寝れなかったということもあるのかもしれない。えづいているからなのか悲しいからなのか目に涙が滲んだ。
「一ノ瀬さん、今日は帰りなさい。体辛いでしょ?無理せずに休んでも良かったのに」
企画部の部長にそう言われ、結局早退することになった。大丈夫ですとはもう言えず、本当にすみません…と小さく呟いて退勤して家に帰った。
吐き気の次は頭痛までしてきたけれど、変にほかの薬を飲んでピルの効果が薄れてしまったら怖いし…少し寝れば、和らぐかもしれない。
倒れ込む様にベッドに寝転がり、目を瞑りしばらくすると意識が薄れていった。
目が覚めると、カーテンから透けていた陽の光はもう無くて部屋が真っ暗だった。
「えぇ…」
時計は21時を差していた。帰ってきてベッドに入ったのが15時くらいだから6時間も寝ていたのか。
吐き気も頭痛もすっかり収まって、お腹が空いてきた。リビングに移動して冷蔵庫を開け、適当に卵焼きやお味噌汁を作り一人で頬張った。
失敗だな。…味覚が鈍っているのか、味がしない。
めぐちゃん、料理上手だったなぁ…仮にも主婦だったあたしの何倍も美味しいものを作ってくれた。佐伯くんは今日もめぐちゃんのご飯を食べているのだろうか。
のろのろと食事を作り、だらだら晩御飯を食べていたせいでいつの間にか22時になっていた。優斗がとっくに帰っている時間だ。
けれど今日は優斗がいない。明日も明後日も帰ってこないだろう。いつ帰ってくるのかわからない。
今は優斗の顔を見たくないけれどこの家に一人きりなのはどれくらいぶりだろう、違和感を感じる。
あたし達はこれからどうなるのだろう。もう離婚をしているのだから、これ以上進む道などないけれど…今頃優斗は、一人きりの実家で何を考えているのだろう。
実際はアフターピルを処方して貰う為に婦人科に行くのだけれど、そんなことは会社に言えるはずもないので無難に風邪ということにしておくしかない。
アフターピルは性行為後の72時間以内に服用をすれば妊娠を阻止することができる。
こんな日が来るだなんて想像もしなかった。結婚している時は子供が欲しくて避妊なんて当然したことがなかったのに、一緒に子作りに励んでいた相手の子供を妊娠しない為にピルを飲むなんて…
途中でやめたから…とか、今まで妊娠しなかったのだから飲まなくてもきっと大丈夫、などという軽い気持ちではいられない。
お互いの体に異常がなくて不妊の原因がわからない分、ストレスから解放されたりタイミングが良ければ自然に妊娠することは充分あると医者から言われていた。
この状況に解放どころかストレスが溜まりに溜まってしまっているけれど、万が一妊娠したら産むことにも、育てることにも自信が無い。一人で困り果てることが目に見えている。
ただ子供が欲しいのではなくて、愛する優斗との子供だから欲しかった。今のあたしは優斗のことを愛せない。優斗だってあたしのことを愛していない。愛していないくせに避妊をしようとしなかったことにも腹が立つ。
待ち時間はかなりあったものの、ピルはスムーズに処方された。すぐさま飲んで、会社には風邪だと伝えているのでマスクを駅のコンビニで買ってから会社に向かった。
「未央ちゃんおはよう。大丈夫?」
「本城さん、おはようございます。すみません突然…」
「ううん、熱が下がったのならよかったね。来た時顔色悪そうだったから心配したよ」
昨日の夜ずっと泣いていたせいで、目が真っ赤で瞼が腫れている。その状態にマスクで出社すれば顔色が悪く見えて当然だ。
本城さんが間近であたしの顔を見て目を丸くして、泣いていたせいでこんな顔になっていることを察知した本城さんは“突っ込まなければよかった”という顔をした。
向き合った時に一昨日キスをしたことをようやく思い出す。昨日の夜のことで頭がいっぱいですっかり記憶が抜け落ちていた。普段のあたしならぎこちなくなってしまうだろうけれどそれどころじゃないせいで自然に接することが出来たしそれはそれで良かったなぁ、なんて思う余裕ぶりだ。
「病院に着いてから熱を測ったら平熱に下がってましたし、薬をもらって今飲んできたのでもう大丈夫です」
「まぁ無理せずにね」
本城さんも何事もなかったように自分のデスクに戻って行ったので、あたしも自分のデスクに戻りパソコンを立ち上げた。
いつも通りの仕事をしているはずなのに、しばらくすると見ている画面がちかちかして見えて吐き気を催し、手で口元を抑えた。
「一ノ瀬さん顔色悪いですよ。大丈夫ですか?」
あたしの隣のデスクに座っている新人の女の子が心配そうに声をかけてきた。
「あー、うん…ちょっとお手洗い行ってくる」
立ち上がった時に目眩がしてとっさにデスクに手をついたせいで、ばん、という音がしてしまい近くにいた席の全員の視線を集めてしまったけれどそんなことは気にしていられずふらふらしながらトイレに駆け込んだ。
…めちゃくちゃ気持ち悪い。吐きそうなのに吐けないのが余計に辛い。
ピルを処方してもらった時、副作用で吐き気が起こることがある、と説明があったからそのせいだろう。昨日はあまり寝れなかったということもあるのかもしれない。えづいているからなのか悲しいからなのか目に涙が滲んだ。
「一ノ瀬さん、今日は帰りなさい。体辛いでしょ?無理せずに休んでも良かったのに」
企画部の部長にそう言われ、結局早退することになった。大丈夫ですとはもう言えず、本当にすみません…と小さく呟いて退勤して家に帰った。
吐き気の次は頭痛までしてきたけれど、変にほかの薬を飲んでピルの効果が薄れてしまったら怖いし…少し寝れば、和らぐかもしれない。
倒れ込む様にベッドに寝転がり、目を瞑りしばらくすると意識が薄れていった。
目が覚めると、カーテンから透けていた陽の光はもう無くて部屋が真っ暗だった。
「えぇ…」
時計は21時を差していた。帰ってきてベッドに入ったのが15時くらいだから6時間も寝ていたのか。
吐き気も頭痛もすっかり収まって、お腹が空いてきた。リビングに移動して冷蔵庫を開け、適当に卵焼きやお味噌汁を作り一人で頬張った。
失敗だな。…味覚が鈍っているのか、味がしない。
めぐちゃん、料理上手だったなぁ…仮にも主婦だったあたしの何倍も美味しいものを作ってくれた。佐伯くんは今日もめぐちゃんのご飯を食べているのだろうか。
のろのろと食事を作り、だらだら晩御飯を食べていたせいでいつの間にか22時になっていた。優斗がとっくに帰っている時間だ。
けれど今日は優斗がいない。明日も明後日も帰ってこないだろう。いつ帰ってくるのかわからない。
今は優斗の顔を見たくないけれどこの家に一人きりなのはどれくらいぶりだろう、違和感を感じる。
あたし達はこれからどうなるのだろう。もう離婚をしているのだから、これ以上進む道などないけれど…今頃優斗は、一人きりの実家で何を考えているのだろう。
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