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動き始める男達
本気で本当に好きなんだけど
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「未央ちゃん、金曜大丈夫だった?いきなり帰っちゃったから心配したよ」
本城さんが中の氷を軽く揺らしながら、飲んでいたウイスキーの水割りのグラスをテーブルに置いた。
今日で何回目だろう、本城さんと二人で食事に行くのは。
高層ビルの中にあるスカイラウンジの窓からは美しい夜景が見える。店内の照明は暗いけれど外から光が差し込みロマンチックな雰囲気が漂っている。
個室ではないけれど、壁側に配置された楕円形のような背の高いソファがあるお陰で隣の席はほとんど見えないし会話も聞こえない。そして全ての席が夜景を見渡せるように窓側に向いているのでこちら側に振り向くようなお客さんもいない。
相変わらず気を使ってくれていてありがたいけれど、席が横並びなので今まで向かい合うことしかなかった本城さんの隣に座っていることに緊張する。
いわゆるカップルシートってやつだ。自然と距離も縮まってしまう。
カラン、と氷の音がした後本城さんがこちらを振り向きあたしの目を見た。やっぱり目力あるなぁ…
金曜日のことは聞かれると思っていたけれど案の定だった。あの夜にあったことは言えるはずがない。当然嘘をつくわけだけれど本城さんには見抜かれてしまう気がする。もちろん嘘を突き通すけれど…
「すいませんでした、急に帰ってしまって…」
「ううん。いつも通り出社してきてくれてよかった」
本城さんがにっこりと笑い、あたしも笑い返した。
…確かにいつも通り出社はしたけれど、気持ちはいつも通りじゃ全くなかった。
本城さんが質問してきたのと同じ様に今日会社で会った人達があたしの顔を見るなりこの前は大丈夫だった?と言ってくれて、ご心配かけてすみません、大丈夫です!と皆に返事をした。まぁ誰も佐伯くんとあんなことがあったなんて思いもしないよね…
「おはよーございます」
背後から佐伯くんの声が聞こえてきて、ついビクッと反応してしまった。佐伯くんはいつも通りぶっきらぼうな口調であたしの目を一瞬ちらっと見て席に着いた。
「おはよう、佐伯くん…あの、ごめんね」
あたしから佐伯くんに声をかけた。
あたしが佐伯くんに送ってもらって帰ったと周りは思っているのだから、何も言わないのは不自然だし…
「何がですか?」
「いや、金曜日迷惑かけちゃったから…」
「全然いいですけど…飲み過ぎには気を付けて下さいね。危ないですよ」
あの日のことを思い出して心臓の鼓動が自然と早まってしまう。
「う、うんっ…気を付けるね、ほんとにありがとう…」
「うぃっす」
その日の佐伯くんとの会話はそれきりだった。本当にいつも通りだな…いや、そうじゃないと困るけれど…
“未央のこと好きになった。離婚して俺と付き合って”
そう言われ土曜日の朝に別れたっきり連絡を取っていないし、あの言葉は気のせいだったのかな、って思うレベルだ。
三回もしたことも嘘みたいだ、嘘じゃないけれど。一回目は覚えていないけど、二回目と三回目は頭も体もしっかり覚えている。
思い出さないように何も考えないように、と心がけながらも視界に佐伯くんが入ってくるとやっぱりドキッとしつつ今日一日を過ごした。
会社を出て、こうして本城さんに金曜日のことを聞かれるとまたドキドキしてしまう。
「佐伯くんに送ってもらったんだって?」
「そうなんですよ…何年も後輩の子に助けてもらっちゃって情けないですよね…」
「急に気分悪くなったなら仕方ないんじゃない?佐伯くんは何も思ってないでしょ。旦那さん…じゃなくて前の旦那さんは大丈夫だった?」
「え、何がですか?」
「男の子に送ってもらって帰ってきたら気になるんじゃないかなって」
「あぁ…」
結果的に送ってもらってないから大丈夫も何も…
「込みいったこと聞くけど元旦那さんは未央ちゃんのことどう思ってるんだろうね。なんか言われたりする?」
「…どうなんでしょう。特に何も…」
本城さんが言う通り優斗は今あたしのことをどう思っているのだろう。
契約を破って朝帰りをしてしまうあたしのことを。
佳江さんのお見舞いから帰ってきた昨日の夜は体を求められなかったし、嫌だなって思ったんだよね…
「未央ちゃんはまだ好きなんだよね?」
「…なんでそう思うんですか?」
「嫌いな男とは住めないでしょ。未央ちゃんは経済的に自立してるし出ていくことも追い出すことも出来そうなのに一緒に住んでるから」
好きとか嫌い以前に契約だからです、とは言えずオーダーしていたフローズンカクテルを黙って啜った。…すっかり溶けてしまっていて味が薄い。
「で、どうなの」
今日の本城さんはいつもより色々聞いてくるな。普段より距離が近いから?
「わからないです、正直…本城さんがおっしゃる通り嫌いな人とは住めないですし…」
「そうだよね。わからないってことは好きなんじゃないかな」
「そうなんでしょうか…」
「はは、俺が質問してるのに未央ちゃんも質問してきたら会話が終わらないでしょ」
「ですよね、でも本当にわからないんです」
「うんうん。じゃあそろそろ帰ろうか」
本城さんに促されあたし達はラウンジを後にしエレベーターに乗った。
エレベーターはラウンジがある最上階から地下1階のフロントまで直通でホテルを出て少し歩くとそのまま地下鉄に乗れるようになっている。ラウンジのフロアで誰も乗ってこなかった為エレベーターの中はあたしと本城さんだけだった。
「未央ちゃん、佐伯くんには送ってもらっただけなんだよね?」
「なんですか急に、当たり前じゃないですか!」
いきなりそんなことを聞かれたら動揺してしまう。今の返事の仕方、不自然じゃなかったかな?
「…なんか不自然」
やっぱり不自然だったのか…早く地下に着いて欲しい。エレベーターの中がものすごく気まずい空気だ…
俯いていると本城さんが急にあたしの手を引っ張って抱き寄せてきて…キスをされた。突然のことに驚いて反射的に突き放してしまった。
「どうしたんですか本城さんっ!」
「俺未央ちゃんのこと本気で本当に好きなんだけど」
「は…はい?」
「今の未央ちゃんスキだらけ。ふらふらしてるなら俺も本気出すから」
「本気って、え?何…」
ピンポン、と音がしてエレベーターが開いたせいで何も聞けなくなってしまった。
「じゃ、お疲れ様。俺こっちだから」
「え、っとあの!」
本城さんがあたしの乗る地下鉄とは逆の方に歩いていこうとして、とっさに呼び止めてしまった…のが間違いだった。
「あれ、偶然。お疲れ様」
本城さんが声を掛けたのは佐伯くんだった。…今一番見られたくない人に見られちゃった…
「お疲れ様です」
佐伯くんは今日会社で会った時と同じぐらい冷静で、慌てているあたしをよそに本城さんと話し始めた。
「佐伯くん家この辺なの?」
「まぁ。田舎から親が出てきたんでこのホテルまで送ってきたんです」
「そうなんだ。このこと皆に黙っててくれる?」
「別に誰にも言う気ないです。俺他人に興味ないんで」
「それは良かった。じゃあ、改めて二人ともお疲れ様」
本城さんがいつものような余裕のある笑顔に加え、上機嫌な様子で駅とは逆方向に歩いていってしまい佐伯くんとあたしは取り残されてしまった。
「あの、佐伯くん」
「俺ここ寄って帰るんで、お疲れ様です」
佐伯くんがあたしの言葉を遮りこちらを一切見ずに駅の構内のコンビニに入っていった。
…こんなにタイミング悪いことって、ある?
本城さんが中の氷を軽く揺らしながら、飲んでいたウイスキーの水割りのグラスをテーブルに置いた。
今日で何回目だろう、本城さんと二人で食事に行くのは。
高層ビルの中にあるスカイラウンジの窓からは美しい夜景が見える。店内の照明は暗いけれど外から光が差し込みロマンチックな雰囲気が漂っている。
個室ではないけれど、壁側に配置された楕円形のような背の高いソファがあるお陰で隣の席はほとんど見えないし会話も聞こえない。そして全ての席が夜景を見渡せるように窓側に向いているのでこちら側に振り向くようなお客さんもいない。
相変わらず気を使ってくれていてありがたいけれど、席が横並びなので今まで向かい合うことしかなかった本城さんの隣に座っていることに緊張する。
いわゆるカップルシートってやつだ。自然と距離も縮まってしまう。
カラン、と氷の音がした後本城さんがこちらを振り向きあたしの目を見た。やっぱり目力あるなぁ…
金曜日のことは聞かれると思っていたけれど案の定だった。あの夜にあったことは言えるはずがない。当然嘘をつくわけだけれど本城さんには見抜かれてしまう気がする。もちろん嘘を突き通すけれど…
「すいませんでした、急に帰ってしまって…」
「ううん。いつも通り出社してきてくれてよかった」
本城さんがにっこりと笑い、あたしも笑い返した。
…確かにいつも通り出社はしたけれど、気持ちはいつも通りじゃ全くなかった。
本城さんが質問してきたのと同じ様に今日会社で会った人達があたしの顔を見るなりこの前は大丈夫だった?と言ってくれて、ご心配かけてすみません、大丈夫です!と皆に返事をした。まぁ誰も佐伯くんとあんなことがあったなんて思いもしないよね…
「おはよーございます」
背後から佐伯くんの声が聞こえてきて、ついビクッと反応してしまった。佐伯くんはいつも通りぶっきらぼうな口調であたしの目を一瞬ちらっと見て席に着いた。
「おはよう、佐伯くん…あの、ごめんね」
あたしから佐伯くんに声をかけた。
あたしが佐伯くんに送ってもらって帰ったと周りは思っているのだから、何も言わないのは不自然だし…
「何がですか?」
「いや、金曜日迷惑かけちゃったから…」
「全然いいですけど…飲み過ぎには気を付けて下さいね。危ないですよ」
あの日のことを思い出して心臓の鼓動が自然と早まってしまう。
「う、うんっ…気を付けるね、ほんとにありがとう…」
「うぃっす」
その日の佐伯くんとの会話はそれきりだった。本当にいつも通りだな…いや、そうじゃないと困るけれど…
“未央のこと好きになった。離婚して俺と付き合って”
そう言われ土曜日の朝に別れたっきり連絡を取っていないし、あの言葉は気のせいだったのかな、って思うレベルだ。
三回もしたことも嘘みたいだ、嘘じゃないけれど。一回目は覚えていないけど、二回目と三回目は頭も体もしっかり覚えている。
思い出さないように何も考えないように、と心がけながらも視界に佐伯くんが入ってくるとやっぱりドキッとしつつ今日一日を過ごした。
会社を出て、こうして本城さんに金曜日のことを聞かれるとまたドキドキしてしまう。
「佐伯くんに送ってもらったんだって?」
「そうなんですよ…何年も後輩の子に助けてもらっちゃって情けないですよね…」
「急に気分悪くなったなら仕方ないんじゃない?佐伯くんは何も思ってないでしょ。旦那さん…じゃなくて前の旦那さんは大丈夫だった?」
「え、何がですか?」
「男の子に送ってもらって帰ってきたら気になるんじゃないかなって」
「あぁ…」
結果的に送ってもらってないから大丈夫も何も…
「込みいったこと聞くけど元旦那さんは未央ちゃんのことどう思ってるんだろうね。なんか言われたりする?」
「…どうなんでしょう。特に何も…」
本城さんが言う通り優斗は今あたしのことをどう思っているのだろう。
契約を破って朝帰りをしてしまうあたしのことを。
佳江さんのお見舞いから帰ってきた昨日の夜は体を求められなかったし、嫌だなって思ったんだよね…
「未央ちゃんはまだ好きなんだよね?」
「…なんでそう思うんですか?」
「嫌いな男とは住めないでしょ。未央ちゃんは経済的に自立してるし出ていくことも追い出すことも出来そうなのに一緒に住んでるから」
好きとか嫌い以前に契約だからです、とは言えずオーダーしていたフローズンカクテルを黙って啜った。…すっかり溶けてしまっていて味が薄い。
「で、どうなの」
今日の本城さんはいつもより色々聞いてくるな。普段より距離が近いから?
「わからないです、正直…本城さんがおっしゃる通り嫌いな人とは住めないですし…」
「そうだよね。わからないってことは好きなんじゃないかな」
「そうなんでしょうか…」
「はは、俺が質問してるのに未央ちゃんも質問してきたら会話が終わらないでしょ」
「ですよね、でも本当にわからないんです」
「うんうん。じゃあそろそろ帰ろうか」
本城さんに促されあたし達はラウンジを後にしエレベーターに乗った。
エレベーターはラウンジがある最上階から地下1階のフロントまで直通でホテルを出て少し歩くとそのまま地下鉄に乗れるようになっている。ラウンジのフロアで誰も乗ってこなかった為エレベーターの中はあたしと本城さんだけだった。
「未央ちゃん、佐伯くんには送ってもらっただけなんだよね?」
「なんですか急に、当たり前じゃないですか!」
いきなりそんなことを聞かれたら動揺してしまう。今の返事の仕方、不自然じゃなかったかな?
「…なんか不自然」
やっぱり不自然だったのか…早く地下に着いて欲しい。エレベーターの中がものすごく気まずい空気だ…
俯いていると本城さんが急にあたしの手を引っ張って抱き寄せてきて…キスをされた。突然のことに驚いて反射的に突き放してしまった。
「どうしたんですか本城さんっ!」
「俺未央ちゃんのこと本気で本当に好きなんだけど」
「は…はい?」
「今の未央ちゃんスキだらけ。ふらふらしてるなら俺も本気出すから」
「本気って、え?何…」
ピンポン、と音がしてエレベーターが開いたせいで何も聞けなくなってしまった。
「じゃ、お疲れ様。俺こっちだから」
「え、っとあの!」
本城さんがあたしの乗る地下鉄とは逆の方に歩いていこうとして、とっさに呼び止めてしまった…のが間違いだった。
「あれ、偶然。お疲れ様」
本城さんが声を掛けたのは佐伯くんだった。…今一番見られたくない人に見られちゃった…
「お疲れ様です」
佐伯くんは今日会社で会った時と同じぐらい冷静で、慌てているあたしをよそに本城さんと話し始めた。
「佐伯くん家この辺なの?」
「まぁ。田舎から親が出てきたんでこのホテルまで送ってきたんです」
「そうなんだ。このこと皆に黙っててくれる?」
「別に誰にも言う気ないです。俺他人に興味ないんで」
「それは良かった。じゃあ、改めて二人ともお疲れ様」
本城さんがいつものような余裕のある笑顔に加え、上機嫌な様子で駅とは逆方向に歩いていってしまい佐伯くんとあたしは取り残されてしまった。
「あの、佐伯くん」
「俺ここ寄って帰るんで、お疲れ様です」
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