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憂鬱と悩み
一ノ瀬優斗の憂鬱・2
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俺の母親の病気が発覚した。
父親が亡くなってからずっと女手一つで育ててくれた母親。
ショックで悲しくて胸が張り裂けそうで、時間が止まればいいのにと何度思ったことだろう。もしくは母親が元気だった頃に時を戻せたらいいのに。叶いもしないことを毎日願うようになった。仕事も行きたくない、何もしたくない。
けれど仕事を急に辞めるなんてできないし、百合花のことは乗りかかった船だし何に対しても無気力になってしまったとは言え最後まで見届けないといけない。百合花には特に何も言わずに笑顔で接し続けた。
準備期間はあったけれど俺の知り合いの弁護士が敏腕だったこともあり養育費の支払いについては思っていたより決着がつくのが早かった。
百合花の元夫はなんとどこかの会社の社長の娘と再婚し、そこで働いているらしい。
会社は上場を目指していて、変な噂が立ってはいけない大事な時期だからと支払いの要求に素直に応じたそうだ。果たして本当に百合花の元夫本人が支払っていくのかは謎だけれど、まあ百合花からすれば誰が払おうが関係ない。すんなりと話が終わったことに安堵していてやっと昼間の仕事に就ける、と喜んでいた。
百合花は俺にものすごく感謝をしてくれて、全ての段取りが終えた後に二人で食事をすることになった。ご馳走させて欲しい、と言われ断ったけれどそうじゃないと気が済まないから!何があっても連れていく!と押し切られてしまい、ご馳走してもらいっぱなしは申し訳ないからこちらから車を出すことを提案し、俺の仕事帰りに食事をして百合花を家に送る前の駐車場で俺と百合花の関係は変わってしまった。
一ノ瀬くん、本当にありがとう。あのね、聞いて欲しいんだけど…今更こんなこと言っても仕方ないんだけどさもうちょっと早くこうしてればもっと子供と一緒にいれたのにって後悔しちゃって。
元旦那が再婚してるの地味にショックだったんだ。好きっていう感情はもう無いと思うんだけど、あたしと結婚してた頃より幸せなんだろうなとか、なんであの時は仕事してくれなかったのかなとか思っちゃって。
あたしはあの人にとって何だったんだろうなとか思っちゃうの。あたしが何でも自分でどうにかしようとするから甘えちゃってあたしがダメにしちゃったのかなって…今は真面目にやってるなんて悔しいとか思っちゃう自分が嫌なの。あたしには魅力がなかったのかな…
過去のこと後悔しても仕方ないし!と今までは笑っていた百合花は全てが無事に終わり、力が抜けてしまったのだろう。明るく振舞っていた百合花の悲しそうな顔を見るのは初めてだった。
「そんなことないよ!折原さんは高校生の頃から皆の憧れだったし今だってすごい魅力的だよ」
「本当に?一ノ瀬くんはそんな風に思ってくれてるの?」
「当たり前じゃんか」
「…優斗、くん…」
百合花が俺の目を真っ直ぐ見ながら運転席の方に近付いてきたことと、初めて下の名前で呼ばれたことに俺は動揺した。
「折原さん?どうしたの」
「百合花でいい…優斗くん…」
百合花の顔が近付いてくる。…あの頃憧れていた、好きだった百合花がこんな風に距離を近付けてくれるなんて。
このままあの頃に戻れたらいいのに。母親が元気だったあの頃に。
…でもそうなると未央とは出会えないんだな。
ごめん、未央。そんなこと考えて。でも俺、今は自分の気持ちがコントロール出来ない。
俺は百合花にキスをした。何度も、何度も。
まだ一緒にいたい、という百合花の言葉で俺はホテルへと車を走らせ、部屋に入った瞬間百合花を抱き寄せて再びキスをしてそのままベッドに雪崩れこんだ。
泣きそうになりながら俺にしがみつく百合花を見ていると気持ちが止まらなくなってしまい、未央と付き合って以来初めて他の子と関係を持ってしまった。
こんなに優しくされたら好きになっちゃう。だめ…
何度もそう呟く百合花のこれまでを思うと可哀想で、それからたまらなく愛しくなり壊れ物を大事に大事に扱うように俺は百合花を抱いた。
***
「今までありがとう、優斗くん…。でもあたし、これで終わりにしたくないの…」
百合花が子供を預けている保育所に送り届け、別れる間際にそう言われしばらく黙り込んだ後俺は百合花に「またね」と小さく返事をして帰路についた。
家に帰ると未央が笑顔で俺を出迎えてくれて、お仕事お疲れ様!と言われた時の罪悪感はものすごかった。
俺の妻は百合花じゃない。未央だ。俺が愛しているのは未央だ。
何度も自分に言い聞かせたし、百合花への気持ちは愛情ではないことをわかっていた。けれど、ふとした時に寂しそうに笑う百合花の顔を思い出してしまい何日も苦しかった。
ダメだ。こんないい加減な気持ちでいるのは未央にも百合花にも失礼だ。このまま百合花と一緒にいたら未央も百合花も不幸にしてしまう。
そう考えているのに百合花に会ってしまう。早く離れないと…うん。離れよう。
そう決意したけれど時既に遅し、全てを知った未央は俺に離婚を切り出した。
断固として離婚するという意志を曲げない未央だったが、俺が離婚はしてもまだ一緒にいたくて離婚してもこれからの1年間、今の生活を続けたいと頼み込んだ。
それが今の生活の始まりだ。
俺の意見など突っぱねて家を出ていくことだって可能なのに、優しい未央はそうせず契約通り俺のいる家に毎日帰ってきてくれた。
離婚をしたのだから未央をいつまでも縛ってはいけない。だから「恋愛は自由」と決めた。
でもそれはあくまで未央のことを思ってのこと。俺は百合花ともう会ってはいけない。昨晩、ようやく百合花に別れを告げることが出来た。
外でキスをされたり、嫌だと散々言われたけれどしっかり話し合い百合花は納得してくれた。
もうあの子とは会うのをやめた。都合がいいのはわかってる、けど俺は未央と再婚したい。これからの行動を見て決めて欲しい…
未央が帰ってきたらそう言うつもりだった。未央には再婚するつもりがなくても俺はどうしてもそれを伝えたかった。
けれど未央は昨晩帰ってこなかった。
契約では毎日家に帰るという話だし違反は違反だけれど、そんなことはどうでもよかった。それより未央がこのまま帰ってこなかったらどうしよう…という不安から一睡も出来ずにずっとソファに座り込んでいた。
朝、玄関で鍵の開く音がした時は心からほっとした。でも朝帰りってことはきっと男だよな。そう思うと複雑で未央に上手く接することが出来ず百合花の話も出来ず、話をしようとする未央に「寝る」と言い残しリビングを去った。
恋愛は自由だ。好きな人が出来たっていい、俺と別れたらすぐ再婚したいと思っていてもいい。仕方ない、全て俺のせいなんだから…
最初はそう思っていたはずなんだけど現実はそんな風に割り切れないんだな。
未央、自分勝手な男で本当にごめん。
でもやっぱり俺、もう一回未央に好きって言って欲しい。残された数ヶ月、俺にチャンスをくれ。
もう絶対浮気なんてしないから。
父親が亡くなってからずっと女手一つで育ててくれた母親。
ショックで悲しくて胸が張り裂けそうで、時間が止まればいいのにと何度思ったことだろう。もしくは母親が元気だった頃に時を戻せたらいいのに。叶いもしないことを毎日願うようになった。仕事も行きたくない、何もしたくない。
けれど仕事を急に辞めるなんてできないし、百合花のことは乗りかかった船だし何に対しても無気力になってしまったとは言え最後まで見届けないといけない。百合花には特に何も言わずに笑顔で接し続けた。
準備期間はあったけれど俺の知り合いの弁護士が敏腕だったこともあり養育費の支払いについては思っていたより決着がつくのが早かった。
百合花の元夫はなんとどこかの会社の社長の娘と再婚し、そこで働いているらしい。
会社は上場を目指していて、変な噂が立ってはいけない大事な時期だからと支払いの要求に素直に応じたそうだ。果たして本当に百合花の元夫本人が支払っていくのかは謎だけれど、まあ百合花からすれば誰が払おうが関係ない。すんなりと話が終わったことに安堵していてやっと昼間の仕事に就ける、と喜んでいた。
百合花は俺にものすごく感謝をしてくれて、全ての段取りが終えた後に二人で食事をすることになった。ご馳走させて欲しい、と言われ断ったけれどそうじゃないと気が済まないから!何があっても連れていく!と押し切られてしまい、ご馳走してもらいっぱなしは申し訳ないからこちらから車を出すことを提案し、俺の仕事帰りに食事をして百合花を家に送る前の駐車場で俺と百合花の関係は変わってしまった。
一ノ瀬くん、本当にありがとう。あのね、聞いて欲しいんだけど…今更こんなこと言っても仕方ないんだけどさもうちょっと早くこうしてればもっと子供と一緒にいれたのにって後悔しちゃって。
元旦那が再婚してるの地味にショックだったんだ。好きっていう感情はもう無いと思うんだけど、あたしと結婚してた頃より幸せなんだろうなとか、なんであの時は仕事してくれなかったのかなとか思っちゃって。
あたしはあの人にとって何だったんだろうなとか思っちゃうの。あたしが何でも自分でどうにかしようとするから甘えちゃってあたしがダメにしちゃったのかなって…今は真面目にやってるなんて悔しいとか思っちゃう自分が嫌なの。あたしには魅力がなかったのかな…
過去のこと後悔しても仕方ないし!と今までは笑っていた百合花は全てが無事に終わり、力が抜けてしまったのだろう。明るく振舞っていた百合花の悲しそうな顔を見るのは初めてだった。
「そんなことないよ!折原さんは高校生の頃から皆の憧れだったし今だってすごい魅力的だよ」
「本当に?一ノ瀬くんはそんな風に思ってくれてるの?」
「当たり前じゃんか」
「…優斗、くん…」
百合花が俺の目を真っ直ぐ見ながら運転席の方に近付いてきたことと、初めて下の名前で呼ばれたことに俺は動揺した。
「折原さん?どうしたの」
「百合花でいい…優斗くん…」
百合花の顔が近付いてくる。…あの頃憧れていた、好きだった百合花がこんな風に距離を近付けてくれるなんて。
このままあの頃に戻れたらいいのに。母親が元気だったあの頃に。
…でもそうなると未央とは出会えないんだな。
ごめん、未央。そんなこと考えて。でも俺、今は自分の気持ちがコントロール出来ない。
俺は百合花にキスをした。何度も、何度も。
まだ一緒にいたい、という百合花の言葉で俺はホテルへと車を走らせ、部屋に入った瞬間百合花を抱き寄せて再びキスをしてそのままベッドに雪崩れこんだ。
泣きそうになりながら俺にしがみつく百合花を見ていると気持ちが止まらなくなってしまい、未央と付き合って以来初めて他の子と関係を持ってしまった。
こんなに優しくされたら好きになっちゃう。だめ…
何度もそう呟く百合花のこれまでを思うと可哀想で、それからたまらなく愛しくなり壊れ物を大事に大事に扱うように俺は百合花を抱いた。
***
「今までありがとう、優斗くん…。でもあたし、これで終わりにしたくないの…」
百合花が子供を預けている保育所に送り届け、別れる間際にそう言われしばらく黙り込んだ後俺は百合花に「またね」と小さく返事をして帰路についた。
家に帰ると未央が笑顔で俺を出迎えてくれて、お仕事お疲れ様!と言われた時の罪悪感はものすごかった。
俺の妻は百合花じゃない。未央だ。俺が愛しているのは未央だ。
何度も自分に言い聞かせたし、百合花への気持ちは愛情ではないことをわかっていた。けれど、ふとした時に寂しそうに笑う百合花の顔を思い出してしまい何日も苦しかった。
ダメだ。こんないい加減な気持ちでいるのは未央にも百合花にも失礼だ。このまま百合花と一緒にいたら未央も百合花も不幸にしてしまう。
そう考えているのに百合花に会ってしまう。早く離れないと…うん。離れよう。
そう決意したけれど時既に遅し、全てを知った未央は俺に離婚を切り出した。
断固として離婚するという意志を曲げない未央だったが、俺が離婚はしてもまだ一緒にいたくて離婚してもこれからの1年間、今の生活を続けたいと頼み込んだ。
それが今の生活の始まりだ。
俺の意見など突っぱねて家を出ていくことだって可能なのに、優しい未央はそうせず契約通り俺のいる家に毎日帰ってきてくれた。
離婚をしたのだから未央をいつまでも縛ってはいけない。だから「恋愛は自由」と決めた。
でもそれはあくまで未央のことを思ってのこと。俺は百合花ともう会ってはいけない。昨晩、ようやく百合花に別れを告げることが出来た。
外でキスをされたり、嫌だと散々言われたけれどしっかり話し合い百合花は納得してくれた。
もうあの子とは会うのをやめた。都合がいいのはわかってる、けど俺は未央と再婚したい。これからの行動を見て決めて欲しい…
未央が帰ってきたらそう言うつもりだった。未央には再婚するつもりがなくても俺はどうしてもそれを伝えたかった。
けれど未央は昨晩帰ってこなかった。
契約では毎日家に帰るという話だし違反は違反だけれど、そんなことはどうでもよかった。それより未央がこのまま帰ってこなかったらどうしよう…という不安から一睡も出来ずにずっとソファに座り込んでいた。
朝、玄関で鍵の開く音がした時は心からほっとした。でも朝帰りってことはきっと男だよな。そう思うと複雑で未央に上手く接することが出来ず百合花の話も出来ず、話をしようとする未央に「寝る」と言い残しリビングを去った。
恋愛は自由だ。好きな人が出来たっていい、俺と別れたらすぐ再婚したいと思っていてもいい。仕方ない、全て俺のせいなんだから…
最初はそう思っていたはずなんだけど現実はそんな風に割り切れないんだな。
未央、自分勝手な男で本当にごめん。
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