同居離婚はじめました

仲村來夢

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離婚することにしました

人事部の本城さん

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本城たすく。人事部という肩書きだが実質は総務も兼任している。会社が出来てから15年が経つが本城さんは創業当初から勤務しているそうだ。

元々総務担当の人はいたけれど、その人が会社の事業拡大や店舗数の増加によりスーパーバイザーに就任し、新店舗の立ち上げや既存店舗の巡回、クレーム対応や地方店舗のスタッフ面接など所属は本社勤務とは言え本社にいることはほぼない。当然兼任は出来ず総務が行っていた仕事を本城さんが全て受け持つことになった。

給与計算、雇用保険の手続き、各店から毎日届く売上日報の確認、シフト表の管理。関東圏の店舗スタッフの面接や研修など…とにかく毎日忙しそうだ。

総務的な仕事というと会社によっては何でも屋、とか言われるみたいけど本城さんは会社で誰よりも尊敬されているし、誰もそんな風に思っていない。

誰よりもやることが多くて誰よりも忙しいはずなのに全てを完璧にこなし、それでいていつも余裕の表情だ。本城さんが焦っているのを誰も見たことがない。

人間性を見抜く力にも長けているので本城さんの採用した人間は必ず出世すると言われている。本社スタッフは社長も部長も一緒に面接していたけれど、本城さん一人に面接してもらった方がいいんじゃないかと言い始めている。

あたしの採用を決めてくれたのも本城さんらしい。出世出来ていると言えるのかはわからないけど仕事を一人で任せてもらえているし、アプリの開発によって会社の売上も伸びて20代女性の一般的なお給料よりは多くもらえるようになったから順調なのかな…?

スーパーバイザーが面接して採用した地方スタッフはやる気がないというわけでは決してないししっかり売上を取ってくれているけれど、本城さんが採用した人が集まる関東圏の店舗のスタッフは全員意識が高く、売上もすごい。

社長から絶大な信頼を得ているし他の上司や後輩からも頼りにされている本城さんは会社になくてはならない存在だ。

本城さんは現在37歳。がっしりとした体型で背が高くて、足が長くてスーツが似合う。ピンストライプやグレンチェック柄のベーシックなスーツも似合うし、無地のネイビーのスーツに派手な花柄のYシャツなんかを合わせてみたりと少し奇抜なコーディネートをしてもうまくバランスが取れていてとにかくおしゃれ。

色白で肌が綺麗で鼻が高く、三白眼な故に目力が強く説得力がある。実際に人を見抜く力もあるけれど本城さんには何もかも見抜かれている気がして怖い…と言う男性社員もいる。

逆に女性社員からはその目がミステリアスでかっこいいと言われている。会社に長くいることと業務上何でも知っているから頼もしいし、一見クールに見えるのに愛想が良い。細かいことに気がつくし、それは女の子に対してもそうだ。ネイル綺麗だね、とか今日の髪型可愛いねとかセクハラになるような言動も本城さんに言われると喜ぶ。本城さん、本城さん、と皆夢中だ。

それでいて何故か独身なので、本城さんを本気で狙っている人も多い。ごく稀に店舗の巡回をすることがあるけれど、店舗スタッフのテンションが上がりまくるらしい。

顔が良くて頭も良くて仕事が出来てモテモテで、漫画に出てきそうな完璧人間って感じ。

でもあたしはそんな本城さんが苦手だ。完璧すぎて何を考えているかわからないから…。優斗みたいにカッコよすぎず、たまに抜けているような人の方が人間らしくてあたしは好きだ。まぁ抜けているせいで浮気バレバレだったから離婚する事になったけど。

人事、総務を兼任しているのが本城さん一人なので離婚したことを話さないといけないのが本城さんだけでいいっていうことはありがたい。何人かに報告することになるとどこかから漏れそうな気がするし…

まぁ苦手だとか言っている場合じゃないし、ちゃんと報告するしかない。

「本城さん、あの…お話したいことがあって。お忙しいと思うんですけど、直近でお時間頂ける時はありますか?」

他の女性社員に睨まれない様に、極力社内に人が少ない休憩の時を狙って本城さんに話しかけた。

「未央ちゃん。どうしたの、いつでも大丈夫だよ」

本城さんがにこっと笑う。

本城さんはあたしのことを未央ちゃんと呼んでいる。入社当初は江藤ちゃんだったけど、結婚して苗字が変わったから一ノ瀬ちゃんは呼びにくいから、とそう呼ばれるようになった。結婚しちゃったのも受け入れたくないから呼びたくないとか訳の分からないことまで言われて。

もちろんそんなの冗談に決まってるけどそういう軽い感じも苦手…女の子は皆喜ぶけど。

結婚しても江藤さんと呼ぶ人もいるし、無理して一ノ瀬ちゃんって呼ばなくていいし未央ちゃんって呼ばれるぐらいなら江藤ちゃんでいいんだけど…

「もうすぐ休憩終わるし、後で会議室で話す?」

「いえあの…会社じゃなくて外で、二人きりでお話したいんですけど…」

社内で話せばどこかで誰かが聞いているかもしれない。噂好きな人に聞かれたらあっという間に離婚したことが広がってしまう。

あたしが声を潜めて言うと、本城さんが次はニヤリと笑った。

「デートのお誘いってこと?未央ちゃんもやっと俺の魅力に気付いてくれたかぁ」

「声大きいですっ、そんなんじゃないですから、仕事の話ですしっ」

「なんだ。まぁいいや、じゃ今日の晩はどう?直近すぎる?」

「いいんですか?」

「うん。未央ちゃんの頼みだもん。俺いい店知ってるから予約しといてあげるよ。二人の仲が深まっちゃうような、ね」

「そんなんじゃないですからっ…けど、ありがとうございます…そういうところあんまり知らないので…」

「いいよー。じゃ今晩。楽しみだね、密会」

「だから…」

否定しようとしたら、ランチで社外に出ていた人達が帰ってきた。

「あー、本城さぁん。お疲れ様ですぅ!」

「本城さん社内にいたんですか?ランチ行かなきゃよかったぁ」

本城さんを見つけた女性社員達がそんなことを言いながら近づいてきた。やばい、企画と人事なんて普段あんまり関わりないし二人きりで話してたら誤解されちゃう…

「じゃあ、お疲れ様です」

平静を装いあたしはその場から去った。

二人で外で話したい、って言う時点で本城さんは只事じゃないんだろうな、と気付いているはず。あんなに細かいところに気が付いて勘のいい人が何も思わないわけがないし…デートのお誘いだなんて思ってもないだろうけど、冗談でもあんな風に言われるとこっちは調子が狂ってしまう。

色々、憂鬱…
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