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離婚することにしました
3年前
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「えー、社長が本日奥様ご出産の為急遽欠席となりましたので僕が代わりにご挨拶をさせていただきます。皆さんお疲れ様でした!前年度は皆様のおかげで、過去最高の売上を記録致しました!」
ダイニングバーの団体向けの個室。黒を基調とした室内は高級感に溢れ、ペンダントライトから漏れるオレンジ色の光が落ち着いた雰囲気を醸し出している。20人以上いる社員がゆとりを持って座れるほど広く、部屋の端には飲み放題の小型のワイン樽が白用と赤用の2つ置かれている。部屋の端とはいえスポットライトが当たっているそれはかなり存在感があり、この個室の主役の様に思えてくる。女子社員達は部屋に入った途端それを見て大はしゃぎ、写真映えする!とスマホでバシャバシャ写真を撮っていた。
3月のある日。勤め先のジュエリーメーカーが先月決算を終え、お疲れ様会と称し今日はここに本社メンバー達が集まり飲み会が行われている。
大学を卒業し新入社員で入社して3年が経つけれど、この3年間で会社は大きく変わっていった。
元々はエンゲージリングやマリッジリングなどのブライダルアクセサリーや高級ジュエリーを中心に取り扱うメーカーだったけれど、昨今の不況もあってか一昨年の秋…つまりあたしが入社して2年目の頃に、安価なものであれば1万円以下で購入出来る、今の流行に合わせたハンドメイドのアクセサリーを中心に取り扱う姉妹ブランドが誕生した。
元からあるブランドは結婚を控えたカップルや自分へのご褒美にと購入する女性、ジュエリーが大好きなマダムという客層が中心だったが姉妹ブランドには大学生や、高級なもの1点より安くても可愛いものが沢山欲しいという20代のおしゃれなOLなど、これまでと違う客層を取り込むことによりメーカーの業績は一気に伸びた。
今となっては作っているブランドも増えてきたけれど、最近話題となっているプロポーズリングも早い段階から作り始めていたしそちらの売上も好調だ。
あたしは今、企画部でブランドのホームページの更新やアプリ開発などの業務を行っている。
普段乾杯の音頭を取る社長の代わりに皆の前に立つ課長に向かってパチパチパチ、と誰かが拍手をしそれが一気に全員に広がっていった。
「今年度は前年を超えるように、と思うとプレッシャーもあるかと思いますがこのチームの皆の力があればそれは可能だと信じております。これからも頑張っていきましょう!…では、ここから社長の伝言となります。『今日は急遽欠席となり申し訳ありません。でも僕がいない方が案外盛り上がるかな?』」
女子社員が数名クスクスと笑っている。
「『皆さん、前年度は本当にありがとうございました。今のメンバーだからこそ出来た売上だと思います。来月には新入社員が入ってきますのでその子達を巻き込みながら今年度もより良い売上、より良いチームでいられるよう頑張りましょう。僕は今日いませんが、もちろん僕がお会計を持ちますので安心して飲んでください。二次会と言わず、三次会まで行っちゃってください!では皆さんまた月曜日に!』…というわけで今日は思いっきり楽しんじゃいましょう!」
社長最高!と30代の男子社員が囃し立て、また拍手がところどころで起きる。
「あともう1つおめでたいことですね、江藤さん…ではなく今は一ノ瀬さん、ですね。結婚おめでとう!!」
あたしの方に皆の視線が一気に集まった。
「じゃせっかくなので、新婚の一ノ瀬さんから一言お願いします」
課長からいきなり話を振られてしまい、なんて言ったらいいかわからないな…と思いつつ一礼してから課長と同じように立ち上がった。
「えっと…ご紹介にあずかりました江藤改め一ノ瀬です」
一ノ瀬さーんっ!とさっきの男子社員が茶化す様にあたしの苗字を呼ぶ。
「このようなご挨拶をさせていただき恐縮です。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが先月入籍致しました。家庭を持つこととなりましたがこれからも頑張りますので、どうかよろしくお願い致します」
皆の前で話すのが苦手なあたしは月並みな言葉を言ってすぐ一礼し、着席しなおした。
「社内は一ノ瀬さんの結婚、社長の奥様のご出産とめでたいこと続きですね。この波に乗って今年度も頑張りましょう!それでは乾杯!」
かんぱーい、と皆が口を揃えグラスがぶつかり合う音がところどころで聞こえる。
近くの席の人達は一ノ瀬さんおめでとう!と言ってくれ、あたしは恐縮しながらグラスを合わせた。
社長の奥様が今日3人目を出産されたこともあり、女子社員達はまだ妊娠さえしていないあたしに「子供は男の子か女の子どっちがいい?」「何人くらい欲しい?こういう名前がいいとか旦那さんと話す?」等子供の話題を中心に色々と質問責めをされた。
その日はお祝いにと、皆から花束とペアの食器を頂いた。
家に帰り優斗に皆がくれたよ、見てみて!ってソファに座らせて、お祝いにもらったものをテーブルに広げて見せたらお祝いしてもらえてよかったね、嬉しいねって笑った。
「未央の会社って飲み会の時どんなこと話してるの?仕事の話とかけっこうする?」
「仕事の話はあんまりしないかな…職業柄どこどこの新作のアクセ可愛いよねとかいう話にはなるけど女の人は恋愛の話とか結婚してる人は旦那さんの話とか」
「そうなんだ、未央も色々聞かれたりするの?」
「うん。子供は何人くらい欲しい?とか…社長のところが今日子供生まれたみたいだからそういう話ばっかりで」
「未央は何人ぐらい欲しいと思ってるの?」
「えっ…ちゃんと考えたことないよ!一人目だって出来てないんだから…」
突然聞かれて戸惑ってしまった。
仕事が大好きで、ずっとこの会社でバリバリ働いていたいと思っていたけど、結婚してから子供のことを意識し始めた。
本社メンバーは男女割合だと女性の方が少し多いぐらいだけど、店舗に勤務する販売スタッフは9割が女性だ。産休、育休はしっかり取れるし復職率はとても高い。
本社メンバーは正社員がほとんどだけど育休後に時短勤務する人もいる。販売スタッフも復帰後バリバリ働くスタッフもいれば正社員からアルバイトとなり店舗で週3、4日勤務する人もいる。
女性に優しい職場環境だし、周りに子供がいる人も多いから結婚して日が浅いけどけっこう子供のことを意識するようになった。…でも何人とかまでは考えたことないなぁ…
優斗があたしを抱きしめてキスをした後、あたしの耳元で囁いた。
「…じゃあ、今日子作りしちゃう?一人目」
「…する…」
優斗は子供が好きだ。だからけっこう積極的だ。早く欲しいんだね、子供…
あたしも早く欲しいな…
…と思っていたのが約3年前。懐かしい。この時はちゃんと夫婦だった。
ダイニングバーの団体向けの個室。黒を基調とした室内は高級感に溢れ、ペンダントライトから漏れるオレンジ色の光が落ち着いた雰囲気を醸し出している。20人以上いる社員がゆとりを持って座れるほど広く、部屋の端には飲み放題の小型のワイン樽が白用と赤用の2つ置かれている。部屋の端とはいえスポットライトが当たっているそれはかなり存在感があり、この個室の主役の様に思えてくる。女子社員達は部屋に入った途端それを見て大はしゃぎ、写真映えする!とスマホでバシャバシャ写真を撮っていた。
3月のある日。勤め先のジュエリーメーカーが先月決算を終え、お疲れ様会と称し今日はここに本社メンバー達が集まり飲み会が行われている。
大学を卒業し新入社員で入社して3年が経つけれど、この3年間で会社は大きく変わっていった。
元々はエンゲージリングやマリッジリングなどのブライダルアクセサリーや高級ジュエリーを中心に取り扱うメーカーだったけれど、昨今の不況もあってか一昨年の秋…つまりあたしが入社して2年目の頃に、安価なものであれば1万円以下で購入出来る、今の流行に合わせたハンドメイドのアクセサリーを中心に取り扱う姉妹ブランドが誕生した。
元からあるブランドは結婚を控えたカップルや自分へのご褒美にと購入する女性、ジュエリーが大好きなマダムという客層が中心だったが姉妹ブランドには大学生や、高級なもの1点より安くても可愛いものが沢山欲しいという20代のおしゃれなOLなど、これまでと違う客層を取り込むことによりメーカーの業績は一気に伸びた。
今となっては作っているブランドも増えてきたけれど、最近話題となっているプロポーズリングも早い段階から作り始めていたしそちらの売上も好調だ。
あたしは今、企画部でブランドのホームページの更新やアプリ開発などの業務を行っている。
普段乾杯の音頭を取る社長の代わりに皆の前に立つ課長に向かってパチパチパチ、と誰かが拍手をしそれが一気に全員に広がっていった。
「今年度は前年を超えるように、と思うとプレッシャーもあるかと思いますがこのチームの皆の力があればそれは可能だと信じております。これからも頑張っていきましょう!…では、ここから社長の伝言となります。『今日は急遽欠席となり申し訳ありません。でも僕がいない方が案外盛り上がるかな?』」
女子社員が数名クスクスと笑っている。
「『皆さん、前年度は本当にありがとうございました。今のメンバーだからこそ出来た売上だと思います。来月には新入社員が入ってきますのでその子達を巻き込みながら今年度もより良い売上、より良いチームでいられるよう頑張りましょう。僕は今日いませんが、もちろん僕がお会計を持ちますので安心して飲んでください。二次会と言わず、三次会まで行っちゃってください!では皆さんまた月曜日に!』…というわけで今日は思いっきり楽しんじゃいましょう!」
社長最高!と30代の男子社員が囃し立て、また拍手がところどころで起きる。
「あともう1つおめでたいことですね、江藤さん…ではなく今は一ノ瀬さん、ですね。結婚おめでとう!!」
あたしの方に皆の視線が一気に集まった。
「じゃせっかくなので、新婚の一ノ瀬さんから一言お願いします」
課長からいきなり話を振られてしまい、なんて言ったらいいかわからないな…と思いつつ一礼してから課長と同じように立ち上がった。
「えっと…ご紹介にあずかりました江藤改め一ノ瀬です」
一ノ瀬さーんっ!とさっきの男子社員が茶化す様にあたしの苗字を呼ぶ。
「このようなご挨拶をさせていただき恐縮です。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが先月入籍致しました。家庭を持つこととなりましたがこれからも頑張りますので、どうかよろしくお願い致します」
皆の前で話すのが苦手なあたしは月並みな言葉を言ってすぐ一礼し、着席しなおした。
「社内は一ノ瀬さんの結婚、社長の奥様のご出産とめでたいこと続きですね。この波に乗って今年度も頑張りましょう!それでは乾杯!」
かんぱーい、と皆が口を揃えグラスがぶつかり合う音がところどころで聞こえる。
近くの席の人達は一ノ瀬さんおめでとう!と言ってくれ、あたしは恐縮しながらグラスを合わせた。
社長の奥様が今日3人目を出産されたこともあり、女子社員達はまだ妊娠さえしていないあたしに「子供は男の子か女の子どっちがいい?」「何人くらい欲しい?こういう名前がいいとか旦那さんと話す?」等子供の話題を中心に色々と質問責めをされた。
その日はお祝いにと、皆から花束とペアの食器を頂いた。
家に帰り優斗に皆がくれたよ、見てみて!ってソファに座らせて、お祝いにもらったものをテーブルに広げて見せたらお祝いしてもらえてよかったね、嬉しいねって笑った。
「未央の会社って飲み会の時どんなこと話してるの?仕事の話とかけっこうする?」
「仕事の話はあんまりしないかな…職業柄どこどこの新作のアクセ可愛いよねとかいう話にはなるけど女の人は恋愛の話とか結婚してる人は旦那さんの話とか」
「そうなんだ、未央も色々聞かれたりするの?」
「うん。子供は何人くらい欲しい?とか…社長のところが今日子供生まれたみたいだからそういう話ばっかりで」
「未央は何人ぐらい欲しいと思ってるの?」
「えっ…ちゃんと考えたことないよ!一人目だって出来てないんだから…」
突然聞かれて戸惑ってしまった。
仕事が大好きで、ずっとこの会社でバリバリ働いていたいと思っていたけど、結婚してから子供のことを意識し始めた。
本社メンバーは男女割合だと女性の方が少し多いぐらいだけど、店舗に勤務する販売スタッフは9割が女性だ。産休、育休はしっかり取れるし復職率はとても高い。
本社メンバーは正社員がほとんどだけど育休後に時短勤務する人もいる。販売スタッフも復帰後バリバリ働くスタッフもいれば正社員からアルバイトとなり店舗で週3、4日勤務する人もいる。
女性に優しい職場環境だし、周りに子供がいる人も多いから結婚して日が浅いけどけっこう子供のことを意識するようになった。…でも何人とかまでは考えたことないなぁ…
優斗があたしを抱きしめてキスをした後、あたしの耳元で囁いた。
「…じゃあ、今日子作りしちゃう?一人目」
「…する…」
優斗は子供が好きだ。だからけっこう積極的だ。早く欲しいんだね、子供…
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