30 / 34
(30)─三年間─君を想う日々─〈大学〉─
しおりを挟む
四月。まだ桜が散りきらずに残っているころ。賑やかな大学の外のサークル勧誘にあいながら、俺は自分が大学生になったことを実感する。
噂に聞いてたけど、凄いな…。
俺はそんなことを感じながら、サークルの勧誘をぬって歩いた。
そんな俺に声がかかる。
高い、囀ずるような声だった。
「君、まだどこのサークルも入ってないの?」
「…そうだけど…。悪い?」
「悪い、ですか、。私、先輩ね。一応!」
小柄で長い髪のその女の子はそう言った。
俺は、少し美由紀に似ているな。そう思い、いや、全然似ていない。そう思った。
その女の子は言った。
「私、安達香織。二年。ボクシングサークルに入らない?」
先輩が言うには、自分はマネージャーで、人数が少なくて存続の危機にあるサークルの部員集めに必死だそうだった。
俺は。
いつかの花火大会の帰りの、夜の駅での、美由紀の不安そうな顔を思い出していた。
そして。先輩に尋ねる。
「スパークリングとか、あんの?」
つい、幼いその見かけに失礼な口をきいてしまう。
まずいな…。
俺はそう思いながらも、とまらない。
「トレーニングだけなの?」
先輩は。
「もうっ!口のきき方!…私もスパークリングとかもっとして欲しいんだけど…。なんせ熱心な部員が集まらないの…。」
と、しょんぼりと肩を落とした。
俺は不覚にも可愛いな、なんて思ってしまう。
先輩は続ける。
「だから…助けると思って…ね!籍をおいてくれるだけでいいから!」
…たくましい。
俺は少し呆れながらも、ボクシングサークル自体に興味をひかれていた。
けれど俺は先輩をからかうように言った。
「さっきと言ってること違ってないか…。」先輩は言う。
「とりあえず在籍してもらえさえすればいいの。あとはそれから。絶対好きになるから、ボクシング。」
そうだな。俺も。強くなりたい。
もう、美由紀にあんな顔させないくらいに。
そう思い、俺は先輩の差し出した入部届けにサインした。
それから。あっという間に毎日は過ぎた。
俺は、望んでいたコンピューターの勉強を思う存分できる環境が嬉しかったし、たまに顔を出すサークルも楽しかった。
けれど、美由紀。君がいない。
過ぎていく季節の中に、君がいない。
俺は、美由紀の不在に悩まされた。
それでも。日々は過ぎて。
俺は、もうすぐ大学二年になろうとしていた。
大学から帰ると、家の桜の花が咲き始めていた。
俺は大学二年になった。
日々は変わることなく過ぎて─。
この頃では、ほとんどが同じ大学に進学していた西村達とまたつるむようになっていた。
そして。サークルのマネージャーの先輩…。香織と親しくし始めた。
香織は、明るく優しかった。
少し、気の強いところもあったが、
美由紀の不在にいつまでもぽっかりと空いた穴を埋めるのに必死な俺に、
香織の存在は正直大きく、助けられていた。
毎日は過ぎる。
俺が香織と付き合いだして半年程たとうとしていた。
それでも俺は。美由紀に会いたかった。
美由紀…。今、君はどうしているかな。
元気に過ごしているかな。
毎日は楽しい?
─俺をまだ…好きでいてくれてる?
それとも、もう。
その唇も、髪も、身体も─。
誰かに触れさせたの─、
─そんなこと…許せない…!
…許せない…か。
俺がこんな風に考えても…仕方ないよな。
わかってる。
わかってるけど、考えると堪らないんだよ…!
そんなことを、俺が一人、構内のベンチで考えていた時だった。
香織に、声をかけられた。
「どうしたの?和人。すごい表情してるよ。」
「っ!──っ香織!」
俺は堪えようのない思いを香織にぶつけるかのように、香織を乱暴に抱きしめると、その唇にキスをした。
香織は最初、驚いていたが、やがてその瞳を閉じて、俺の背中に腕を回した。
俺の胸を罪悪感が苛む。
けれど、これは─。
誰に対しての罪の意識なのか。
美由紀、君を裏切っていることに対してなのか。
香織、君を裏切っていることに対してなのか。
多分─。どちらもだろう。
美由紀─。今の俺を君がみたら─。
君はなんて言うのかな…。
気持ちは君だけを変わらず思っているのに…。
時々、堪らなく切なくなるんだ。
今の不確かな君の気持ちを確かめる術が─。
俺にはないから─。
そして香織─。
君の好意に甘えて、君を裏切り続ける俺を、どうか許して─。
どうか、俺を許してくれ─。
俺は、香織を強く抱きしめながら、泣いていた。
そんな俺に気づいたのか、香織が静かに口を開く。
「…知ってるよ。私、全部わかってる。」
「香織…?」
「和人の心の中には、別の誰かがいるって。」
「…!香織…!」
「私はそれでもいいって思って…和人と付き合ってるの。…だから和人…。そんなに悩まないで…。」
「…香織…。ごめん…。俺…。」
香織は言った。
「そんな顔しないで、和人。私は平気。私が和人を好きなんだから。ね。今日はもう和人、これから帰れるでしょ。一緒にファミレスでも行こう。」
精一杯明るく振る舞う香織の言葉に、俺は、頷くしか出来なかった。
秋の中頃─。秋風の吹く、少し寒い日のことだった。
噂に聞いてたけど、凄いな…。
俺はそんなことを感じながら、サークルの勧誘をぬって歩いた。
そんな俺に声がかかる。
高い、囀ずるような声だった。
「君、まだどこのサークルも入ってないの?」
「…そうだけど…。悪い?」
「悪い、ですか、。私、先輩ね。一応!」
小柄で長い髪のその女の子はそう言った。
俺は、少し美由紀に似ているな。そう思い、いや、全然似ていない。そう思った。
その女の子は言った。
「私、安達香織。二年。ボクシングサークルに入らない?」
先輩が言うには、自分はマネージャーで、人数が少なくて存続の危機にあるサークルの部員集めに必死だそうだった。
俺は。
いつかの花火大会の帰りの、夜の駅での、美由紀の不安そうな顔を思い出していた。
そして。先輩に尋ねる。
「スパークリングとか、あんの?」
つい、幼いその見かけに失礼な口をきいてしまう。
まずいな…。
俺はそう思いながらも、とまらない。
「トレーニングだけなの?」
先輩は。
「もうっ!口のきき方!…私もスパークリングとかもっとして欲しいんだけど…。なんせ熱心な部員が集まらないの…。」
と、しょんぼりと肩を落とした。
俺は不覚にも可愛いな、なんて思ってしまう。
先輩は続ける。
「だから…助けると思って…ね!籍をおいてくれるだけでいいから!」
…たくましい。
俺は少し呆れながらも、ボクシングサークル自体に興味をひかれていた。
けれど俺は先輩をからかうように言った。
「さっきと言ってること違ってないか…。」先輩は言う。
「とりあえず在籍してもらえさえすればいいの。あとはそれから。絶対好きになるから、ボクシング。」
そうだな。俺も。強くなりたい。
もう、美由紀にあんな顔させないくらいに。
そう思い、俺は先輩の差し出した入部届けにサインした。
それから。あっという間に毎日は過ぎた。
俺は、望んでいたコンピューターの勉強を思う存分できる環境が嬉しかったし、たまに顔を出すサークルも楽しかった。
けれど、美由紀。君がいない。
過ぎていく季節の中に、君がいない。
俺は、美由紀の不在に悩まされた。
それでも。日々は過ぎて。
俺は、もうすぐ大学二年になろうとしていた。
大学から帰ると、家の桜の花が咲き始めていた。
俺は大学二年になった。
日々は変わることなく過ぎて─。
この頃では、ほとんどが同じ大学に進学していた西村達とまたつるむようになっていた。
そして。サークルのマネージャーの先輩…。香織と親しくし始めた。
香織は、明るく優しかった。
少し、気の強いところもあったが、
美由紀の不在にいつまでもぽっかりと空いた穴を埋めるのに必死な俺に、
香織の存在は正直大きく、助けられていた。
毎日は過ぎる。
俺が香織と付き合いだして半年程たとうとしていた。
それでも俺は。美由紀に会いたかった。
美由紀…。今、君はどうしているかな。
元気に過ごしているかな。
毎日は楽しい?
─俺をまだ…好きでいてくれてる?
それとも、もう。
その唇も、髪も、身体も─。
誰かに触れさせたの─、
─そんなこと…許せない…!
…許せない…か。
俺がこんな風に考えても…仕方ないよな。
わかってる。
わかってるけど、考えると堪らないんだよ…!
そんなことを、俺が一人、構内のベンチで考えていた時だった。
香織に、声をかけられた。
「どうしたの?和人。すごい表情してるよ。」
「っ!──っ香織!」
俺は堪えようのない思いを香織にぶつけるかのように、香織を乱暴に抱きしめると、その唇にキスをした。
香織は最初、驚いていたが、やがてその瞳を閉じて、俺の背中に腕を回した。
俺の胸を罪悪感が苛む。
けれど、これは─。
誰に対しての罪の意識なのか。
美由紀、君を裏切っていることに対してなのか。
香織、君を裏切っていることに対してなのか。
多分─。どちらもだろう。
美由紀─。今の俺を君がみたら─。
君はなんて言うのかな…。
気持ちは君だけを変わらず思っているのに…。
時々、堪らなく切なくなるんだ。
今の不確かな君の気持ちを確かめる術が─。
俺にはないから─。
そして香織─。
君の好意に甘えて、君を裏切り続ける俺を、どうか許して─。
どうか、俺を許してくれ─。
俺は、香織を強く抱きしめながら、泣いていた。
そんな俺に気づいたのか、香織が静かに口を開く。
「…知ってるよ。私、全部わかってる。」
「香織…?」
「和人の心の中には、別の誰かがいるって。」
「…!香織…!」
「私はそれでもいいって思って…和人と付き合ってるの。…だから和人…。そんなに悩まないで…。」
「…香織…。ごめん…。俺…。」
香織は言った。
「そんな顔しないで、和人。私は平気。私が和人を好きなんだから。ね。今日はもう和人、これから帰れるでしょ。一緒にファミレスでも行こう。」
精一杯明るく振る舞う香織の言葉に、俺は、頷くしか出来なかった。
秋の中頃─。秋風の吹く、少し寒い日のことだった。
10
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
【完結】箱根戦士にラブコメ要素はいらない ~こんな大学、入るんじゃなかったぁ!~
テツみン
青春
高校陸上長距離部門で輝かしい成績を残してきた米原ハルトは、有力大学で箱根駅伝を走ると確信していた。
なのに、志望校の推薦入試が不合格となってしまう。疑心暗鬼になるハルトのもとに届いた一通の受験票。それは超エリート校、『ルドルフ学園大学』のモノだった――
学園理事長でもある学生会長の『思い付き』で箱根駅伝を目指すことになった寄せ集めの駅伝部員。『葛藤』、『反発』、『挫折』、『友情』、そして、ほのかな『恋心』を経験しながら、彼らが成長していく青春コメディ!
*この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・他の作品も含めて、一切、全く、これっぽっちも関係ありません。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
深海の星空
柴野日向
青春
「あなたが、少しでも笑っていてくれるなら、ぼくはもう、何もいらないんです」
ひねくれた孤高の少女と、真面目すぎる新聞配達の少年は、深い海の底で出会った。誰にも言えない秘密を抱え、塞がらない傷を見せ合い、ただ求めるのは、歩む深海に差し込む光。
少しずつ縮まる距離の中、明らかになるのは、少女の最も嫌う人間と、望まれなかった少年との残酷な繋がり。
やがて立ち塞がる絶望に、一縷の希望を見出す二人は、再び手を繋ぐことができるのか。
世界の片隅で、小さな幸福へと手を伸ばす、少年少女の物語。
カリスマレビュワーの俺に逆らうネット小説家は潰しますけど?
きんちゃん
青春
レビュー。ネット小説におけるそれは単なる応援コメントや作品紹介ではない。
優秀なレビュワーは時に作者の創作活動の道標となるのだ。
数々のレビューを送ることでここアルファポリスにてカリスマレビュワーとして名を知られた文野良明。時に厳しく、時に的確なレビューとコメントを送ることで数々のネット小説家に影響を与えてきた。アドバイスを受けた作家の中には書籍化までこぎつけた者もいるほどだ。
だがそんな彼も密かに好意を寄せていた大学の同級生、草田可南子にだけは正直なレビューを送ることが出来なかった。
可南子の親友である赤城瞳、そして良明の過去を知る米倉真智の登場によって、良明のカリスマレビュワーとして築いてきた地位とプライドはガタガタになる!?
これを読んでいるあなたが送る応援コメント・レビューなどは、書き手にとって想像以上に大きなものなのかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる