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(7)─勉強会─君との日々〈涙〉─

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美由紀の涙は、まだぽろりぽろりと静かにその瞳から零れ落ちていた。
「何だかごめんね、こんな─。」
「いいよ。気にするなよ。」
そう、気にすることなんかないんだ。
俺は思った。
俺の前なら、泣きたいだけ泣けばいい。
クシャクシャのハンカチなら、いつだって貸すから。
そして俺は慌てて鞄からハンカチを探そうとしたが、バックは美由紀の部屋に預けて来たことを思い出す。
けれどふと、今日はハンカチをポケットにしまってあったのだと気付いて、俺は、美由紀にポケットからハンカチを差し出した。
相変わらずのクシャクシャのハンカチを。
今度は自分でアイロンをかけて、きれいなハンカチを美由紀に貸せたらいいな。
なんて、考えながら。
もちろん、こんな風にハンカチを貸す機会なんて、こない方がいいに決まってるんだけど。
そんなことを考えながら。

しばらくたって、美由紀は落ち着いたのか、少し気まずそうに、
「何だか和人くんの前では、いつも泣いてばかりだね、私…。」
「気にすることないって。俺、何だって聞くし。泣きたい時だってあるだろ。」
「和人くん─。」
美由紀はまた、しんみりとした顔をしていた。
俺は、そこでわざと、
「なんて、格好良いだろ、俺?」
なんて、言って。
美由紀は、笑ってくれると思ったのに、
「うん。格好良いよ。和人くん。」
なんて言うから。
俺は妙にどぎまぎしていた。
美由紀、俺─、美由紀が─。
俺が思わず気持ちを伝えそうになった時─。
美由紀は、空気を変えるように、
「─えっと。そろそろ、勉強する?」
俺は何だか気が抜けたけど、その時の俺は
美由紀の部屋が見れる!
ということで頭が一杯になってた。

美由紀の部屋へ案内されてドアを開けて入ると、そこには甘い香りがした。
バニラのような、花のような…甘い香りがした。
俺は、つい。
「あ…何か…いい香りがする…。」
美由紀は真っ赤になって、
「っ。…やめてよぅ…和人くん!変なこと言うの…っ。」
「あっ、いや、違っ。ごめんっ。」
俺はしどろもどろになって謝った。
美由紀は、
「もう─。」
と赤い顔のまま、部屋のローテーブルに勉強の準備をしていたけれど、俺は気付く。
この香りは、学校での美由紀にも、微かにしていた?

美由紀の香りだ─。
そんなことを考えて、俺は、肝心の勉強にはちっとも身が入らなかった。

帰り際。
駅まで送る、という美由紀に、もう夕方になるからいいと断って、美由紀の家を出る時。
美由紀の家の玄関で、俺は、気になって仕方なかったことをきいた。
「なあ、このいい香りって香水?」
美由紀は、一瞬、戸惑った顔をして、
「そんなにわかる?」
違う。違うんだ。俺は美由紀だから。気になって仕方ないから。わかるんだ。
そう言いたかったけど。
なんて言えばいいかな…。
「違うよ。派手とかじゃなくて。いい香りだから。気になって。強すぎないし。だから。」
俺は精一杯そう言った。
美由紀は、その途端、ぱあっと顔を顔を赤らめて、
「あのね、これ…練り香水なの。くちなしっていう花の。」
「くちなし…?」
俺は花には詳しくなかった。
「夏の始まり…。初夏に咲く花で…。私の好きな花の一つなの。私、夏生まれで…。向日葵とかも大好き。くちなしとはだいぶ違うけど。」
嬉しそうに、生き生きと花を語る美由紀…。
今日は、学校では見れない美由紀がたくさん見れたな…。
俺の為のお菓子まで、ご馳走になって。
そんなことを俺が考えていた時だった。
美由紀は、
「あっ。ちょっと、待ってて、和人くん!」
そう言って、廊下を走って行き、戻ってきた。
手には、何だか可愛らしい袋。
「あのね、これ…。今日のブラウニーなんだけど…。残り物になっちゃうけと…。もらってくれる?」
 美由紀はそう言うと、おずおずとその袋を俺に差し出した。
俺はすぐ、二つ返事で受けとる。  
「もちろん!すごい、嬉しいよっ!」  
「ありがとう。私も嬉しい。そんなに喜んでもらって。」     
美由紀は、嬉しそうだった。

「じゃあ、また。明日学校で─。─勉強会は、また来週、でいいのかな?」
俺はどきどきしながら美由紀の返事を持つ。
「─和人くんが…嫌じゃなかったら…。また、一緒に…。」
美由紀は、そう、どこか恥ずかしそうに言った。

俺は納得していた。
─つもりだった。
美由紀は、俺の気持ちに答えてくれるつもりはなくても、
─俺の気持ちを─きいてくれるつもりもなくても─、
俺は美由紀の特別だから。って。

だから自分も納得しているんだ。って。

ずっとそう、信じていた。

だけど。
自分が思うよりずっと俺は欲張りで─。
ずっと美由紀が好きだった─。
そのことに、気がつかされるんだ。
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