ずっとあなたが好きでした──切なさも愛しさも貴方が教えてくれたから──

犬飼るか

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〈1〉ずっとあなたが好きでした

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もう、どのくらいになるだろう。

私があなたに出会って。
きかっけは、ほんの些細なありきたりなこと。
私が働いている書店に、あなたがいつも月曜日の夕方にやって来ては、本格的な推理小説を二、三冊買っていく。

毎週のこと。

それは、季節が巡り、店のレジから見える、外の景色が、桜の花咲く春から、緑映える夏、木々が紅く色を変える秋、世界が白く染まる冬、そして、また華咲く春まで、変わることはなかった。

もちろん、たまには、あなたの訪れない月曜日はあって、私はそんな日はなぜかとても気落ちした。

そして私は気付く。

自分の募る恋心に。

最初はもちろん、ただの好感の持てるお客様の一人だった。

けれど次第に。
レジで会話を交わすようになって。

私はあなたが店に入ってすぐ、自然と目で追うようになり、いつの間にかあなたの好きな推理小説を読んでみるようになった。
やがてくる月曜日の夕方を心待ちにしながら。
この想いは、単調だった私の毎日を華やかにかえていった。

私を、とても暖かで優しい気持ちにしてくれた。

端から見たら、ただの書店員一人の片思い。

構わない。それで。

私の狭い世界の中で、あなたとの月曜日の夕方の会話が弾むだけで、私はまた一週間を穏やかで華やいだ気持ちで過ごすことができる。

ある日。そんな毎日に、変化が起きる。

あなたが、女性を連れだって店にやって来た。
レジからは会話は聞こえなかった。

けれど、とても親しげな様子だった。

一体何を話しているのか気になって仕方なくて、私は仕事が手につかない。
女性は、またあなたと言葉を交わし、こちらに視線を送るとくすっと笑い、あなたに何か耳うちをすると、あなたはこちらをみて、少し赤くなったかと思うと、そんなことなどなかったかのように、いつもみたいに微笑んだ。

あなたの気持ちはわからない。

やがて、あなたが何か言ったのか、女性は不満気な顔をしながら、先に店の外へ。
そしてあなたはいつものように、レジの私のところへ。
私は平静を装い、会話を始める。
手は動かし、本にカバーをかけながら。
「今日は、お一人ではなかったんですね」
…恋人と一緒に…。
そう、あの人はきっと彼女。彼の恋人。
私は彼の本にカバーをつけながら、零れそうになる涙を堪えるのに必死だった。
泣いてはだめ…!
「お連れの方、綺麗な方ですね。」
そう、精一杯の笑顔を向けた、はずだった。
けれど。私の瞳からは涙が溢れた。
「どうして、泣くの?」
涙を拭ったまま、何も答えられない私に、あなたは戸惑いがちに問いかける。
そして。
「俺、期待してしまっていいのかな?」
あなたは呟くようにそう言うと、状況が飲み込めない私に
「誤解のないように言っておくけど。あの女性は同僚です。俺…、僕がこの書店に通って、もう一年以上。ずっとあなたが気になってました。最初はテキパキ働く姿が目について。次第にその人柄に惹かれて。会計時の会話が楽しみで仕方なくて。いつしか、月曜日の夕方を心待ちにしている自分がいた。そして思うようになりました。プライベートのあなたが知りたい。あなたは僕をどう思いますか?僕と付き合ってもらえませんか?…僕ばっかりしゃべっちゃったけど…。」

私は答える。
「私も…ずっとあなたが好きでした─。」
あなたはそっと微笑むと
「僕も、ずっと君が好きだった─。」
そして。
「可笑しいね、お互いに好きになった相手の名前も知らないなんて。僕は、斉藤優也。一応、会社員です。」
「私は、佐藤莉沙です…。」

そして、二人、顔を見合せて笑った。

これから、私─莉沙と、優也の本当の恋が始まる。
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