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5「若者たち」とおじさん、の巻

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「カタヒラさん、こちらが今月分の領収書になります。処理の方よろしくお願いします」
 真面目マジメ過ぎる若い上司からの丁寧すぎる指示に『はいは~い』と軽く返事をしながら、わたしは若い上司からたばになった領収書を受け取った。
 『簿記ぼき』の免許を持っているわたしは自作した表に項目別に分けて必要な数字を書き込んていく。行きつけの居酒屋で手に入れた竹のくしと町の大工からもらった角材を削って自作した『算盤そろばん』で素早く計算し、借り方と貸し方の収支のズレがないかを確認する。再度確認のためもう一度計算してみたが、どうやら収支に問題はないようだ。

 若い上司はその様子を興味深そうに見ている。
 この若い上司の名前は『カリメル』という。毛量の多い金髪を真ん中できっちり分けたなかなかのハンサムさんだ。背もスラッとして高く、うらやましいことこの上ない。
 
「…カタヒラさんが、【刻印化カッティング】を使えるようになってくれたら、正式なギルド職員として推薦すいせんできるんですけど…」
と、若い上司は言ってくれた。
 
 【刻印化カッティング】というのは、物体の表面にQRコードのような『刻印』を施してそこに様々な情報を記録する、という魔法の技術のことである。上級者なら爪の先程の大きさの刻印に新聞紙一枚分程の文字情報を刻み込むこともできるという。もっとも刻印をただ目で見ただけではただの複雑な紋様もんようにすぎないので、読む側の方が刻印を解読する技術を持っていないと意味ないのだが。
 
 この世界では、自分の瞳に『魔力を通す』ことで刻印を解読できるだけでも就職に有利に働き、さらに、刻印を刻む技術を持つ者は今後30年は職にあぶれない、と言われている。
 若い頃のわたしなら、上司からこういう風に言われたら『自分は見込まれている!』と勘違いしてホイホイ言うことを聞いていただろう。

 しかし、今のわたしは『おじさん』になってしまっている。上司の甘い言葉に乗せられて、今よりもキツイ仕事をさせられそうな状況に、そんなやすやすと自分を追い込む気はサラサラないのだ。
 わたしは、若い上司に曖昧あいまいな笑顔を向けながら言った。

「……魔法ね。アレは体に合わなくてね。使ったあと体がだるくなるし、腰とか肩も痛くなるし、刻印を見ると目がチカチカするし。あと【魔力コンソール】っていうの?アレをつかんだときのてのひらに『ピリッ』とくる感覚も苦手だし。…ぃや~、わたしには紙とインクペンが性に合っているんじゃないかなぁ」
 わたしは【刻印化カッティング】と言わずに『』と呼ぶ。厳密げんみつには違うらしいが、わたしにはどう見ても魔法にしか見えない。

 若い上司(たしか27歳と言っていたか)は、わたしから向けられた『曖昧な笑顔』にあまり免疫めんえきがないらしく、一瞬キョトンとしていた。

 しかし、すぐに気を取り直して、

「…気が変わったなら、いつでも言ってください。【刻印化カッティング】の練習ならいつでも付き合いますから」

と、言って笑いながらわたしから表を受け取り、自分の机に戻っていった。

 カリメル君が浮かべたのは、ほんとうに混じりっけのないただの『笑顔』だった。日本の会社内では当たり前に行われる『腹芸』に慣れすぎているわたしには、カリメル君の混じりっけのない笑顔を見ているとなんだか少しつらい。なんだか腹芸を使う自分の方が若者をだましているような気分になってくるのだ。
 
 ……そういえば、わたしを助けてくれた『あの娘達』も同じような混じりっけのない表情をしてたっけ……

 自分の席に戻る若い上司の背中を見送りながら、わたしは一年前に『この世界』に初めて来た時のことを思い出していた。



 続く…
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