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∞39【歴史は做(つく)られる】
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【竜の御座石】が地中に埋められたことで、以前よりも低く平べったくなったレオ山。
その山頂に、一人の男が立っていた。
その男は、地元民にとっては信仰の対象であり地域のシンボルでもあるレオ山の山頂に『許可なし』で入山している。なぜなら、入山許可が下りるまでに時間がかかるし許可申請できる村まで赴くのが『めんどくさいから』である。
しかも、男は登りやすい正規ルートの方ではなく、獣道とも呼ばないような岩山の断崖絶壁をよじ登ってきた。なぜ断崖絶壁をよじ登ったのかというと、一つには自身の“運動不足解消の為”でもある。この男にとって、約300メートルのほぼ垂直な岩壁を『命綱なし』でよじ登るのは『運動不足解消』であるらしい。
もう一つには『……正規ルートじゃなくて別の道を来たんだから地元の方々にも文句は言われんだろう。実際、鳥とかカモシカとか文句言われてないし』という、この男なりの変な理屈からだ。
そういうところ、この男は『バカ』なのだ。
「……ふぅん」
レオ山の山頂に立ち、『ディオアンブラ伯爵』ことアゾロとエミルの父は、言葉とも呼気ともため息ともつかない声を発した。
父は【竜の御座石】跡地にある地面の『ある一点』を無表情のまま、『じーっ…』と見つめている。
その場所には、何度も何度もしつこく地団駄を繰り返したような『小さな足跡』がいくつも残されていた。その大きさからして足跡の主は『子供』もしくは『小柄な女性』だろう。
もう一度ふぅん…と言った後で、父はその足跡を辿って歩き始めた。
この父は、『人の足跡』を見ただけで、その人が『大体どのくらいの強さなのか』が分かるという妙な特技を持っている。足跡を辿って歩きながら、父は心の中だけでこう独りごちた。
(……足跡と歩幅からして身長体重は『うちの娘』と同じくらい……歩く時の『踏み込み方のクセ』も全く同じ……)
またふぅん…とつぶやきながら、父はさらに足跡の追跡を続ける。足跡は高い崖の手前で途切れていた。
父は落ちないように気を付けながら、風が吹き上げてくる崖下を覗いてみた。崖はそのまま深い谷間に続いていて谷底が見えない。思わず父の睾丸の辺りがキュッ…となる。
父は『匍匐前進』の要領で崖の縁ギリギリまで近付いて崖の壁面を観察してみたが、足跡の主が残した痕跡は見つからない。崖の壁面を降りた訳ではないようだ。
足跡の痕跡からして、まるで足跡の主が『この崖から飛び降りでもしたかのように』父には感じられた。
今度は父は『ふぅん…』とは言わなかった。
黙ったままで、父は心の中だけで自分の分析結果を総括してみた。
この足跡の主は。
1.【竜の御座石】の上で、何度も何度もしつこく『地団駄』を繰り返した。
2.『自分の娘』と同じくらいの身長体重である。
3.『自分の娘』と同じ歩き方のクセを持っている。
4.『地団駄』の後で、崖から跳んでいる。
いや『飛んでいる』……?
「……なるほどねー」
父は絶壁の縁ギリギリに腕を組んで胡座をかき、崖下を見ながら心の中だけで独りごちた。
(……多分『地団駄』、うちの娘の仕業だ。……ここで何やってたのか知らないし、なんで磐が埋まってるのかも知らないけど……)
納得したら、父はもう悩まない。
“起こってしまったこと”は、この父にとってそれ以上でもそれ以下でもない。ただ、父には自分の娘が『何故ここで地団駄を踏んだのか』までは分からないが、それは帰ってから本人に直接聞けばいいことだ。
残る問題は。
『【竜の御座石】が地面に埋まっていること、及び【竜】の行方不明事件と“うちの娘”はなにか関連はあるのか?』。
父はしばらく腕を組んで考える。
そして。
「………すげえめんどくさい」
そう独りごちた後で父は立ち上がり、山頂に残っている『娘の足跡』を丁寧に丁寧に自分のブーツの分厚い靴底で消していった。
そして、この件に自分の娘が関与した疑いのあるすべての証拠を隠滅した父は、
「……うちの娘がスミマセンでした」
と一言謝り、【竜の御座石跡地】に対して『心ばかりの』会釈をした。
一応、この父にも『歴史に対する敬意』らしきものは、心の中にほんの幾ばくかは存在するらしい。
そして、謝って自分の気が済んだ父は、今後の打開策を考える為に心の中で独りごちた。
(……さて、これから『皇帝』にどう『言い訳』しようかな……)
(……【竜】居なくなったって知ったら、皇帝うるせえだろうな……)
(……【竜】が居なくなったのは多分【竜】自身の意志によるものだろう。アゾロが【竜】をどうこう出来る訳ないし。ていうか『人類』にはムリ……)
(……磐が埋められたと思しき予想犯行時刻は一昨日前の新月の晩。うちの娘の姿は目撃されてはいない。ただし周辺に住む複数の村人が深夜に鳴り響く『地鳴りのような大きな音』を聞いている……)
【竜の御座石跡地】上をウロウロと歩き回りながら、父は考え続けている。体術を使って『地面に足跡を付けずに歩き回る』ことなど、この父にとっては造作もない。父は地面に証拠を残さないように慎重に歩き回りながら、頭の中でこの件の後腐れのない解決方法を考える。
国民も皇帝もみんなが納得できて、その上で『うちの家族』に累が及ばない方法……。
そして歩き回る父の脳裏に突然ひらめきが奔った。
(……『【竜】が勝手に癇癪を起こして【御座石】を埋めた後、何処へか去って行った』。……もう、そういうことにしよう……)
もし今後【竜】がレオ山に戻ってきたとしても、【竜】の言語を解する者なんて『この世にはいない』ので、【竜】本人に事情を聞くことは『誰にも不可能』。
それに『【竜】を罰すること』なんて、たとえ皇帝でも不可能。というか人類にはムリ。
多分、この件は『【竜】がやった』ことにした方が国民も皇帝も納得するだろう。信心深いレオニア村の村人達へのフォローの方法は、なにか考えなければならないだろうが。
この件へのアゾロの関与にしたって、今のところ確定しているのは、ごく最近アゾロが『【竜の御座石】の上で地団駄を踏んだ』ということのみ。
【竜の御座石】は、『全長300平方メートル、厚み最大60メートルにも及ぶ円盤型の大磐』である。そんな大磐を15歳の少女がどうこうするなんて『普通に考えて不可能』。
つまり、山頂の大磐が埋められてることと、【竜】の行方不明事件と、『アゾロの地団駄』を直接関連付けることは『誰にも不可能』。
ならば、『この地の伯爵様』である父が、『この件は【竜】がやった事だ!』と公表すれば、この件についてのアゾロの関与は永遠に隠滅される。
この後、父はレオニア村で『一応の聞き取り調査』を行う予定だが、もし村人の誰かから娘の目撃証言があったなら……。
……その時は『知らんぷり』で誤魔化そう……
その場に立ち止まったまま考えていた父は、ふぅ…と一つ息をつき、自分の両腰に手を当ててふんぞり返りながら言った。
「……そうだな。そうしよう。……犠牲者とかもいないことだし」
この後がすげえめんどくさい、と最後にそう総括した父は、自分が最初によじ登ってきた垂直の断崖絶壁の方へと向かって歩き出した。断崖絶壁までは、峻厳に切り立つゴツゴツとした岩山の頂上の道を数キロほど辿って行かなければならないが、この険しい道程もこの父にとっては『運動不足の解消』でしかない。
……でも、なんとなく後ろめたいから、ペナルティとして『断崖絶壁を降りる時は足を一切使わないで降りる』ことを、自分ルールとして勝手に決めた父であった。
To Be Continued.
⇒Next Episode.
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【竜の御座石】が地中に埋められたことで、以前よりも低く平べったくなったレオ山。
その山頂に、一人の男が立っていた。
その男は、地元民にとっては信仰の対象であり地域のシンボルでもあるレオ山の山頂に『許可なし』で入山している。なぜなら、入山許可が下りるまでに時間がかかるし許可申請できる村まで赴くのが『めんどくさいから』である。
しかも、男は登りやすい正規ルートの方ではなく、獣道とも呼ばないような岩山の断崖絶壁をよじ登ってきた。なぜ断崖絶壁をよじ登ったのかというと、一つには自身の“運動不足解消の為”でもある。この男にとって、約300メートルのほぼ垂直な岩壁を『命綱なし』でよじ登るのは『運動不足解消』であるらしい。
もう一つには『……正規ルートじゃなくて別の道を来たんだから地元の方々にも文句は言われんだろう。実際、鳥とかカモシカとか文句言われてないし』という、この男なりの変な理屈からだ。
そういうところ、この男は『バカ』なのだ。
「……ふぅん」
レオ山の山頂に立ち、『ディオアンブラ伯爵』ことアゾロとエミルの父は、言葉とも呼気ともため息ともつかない声を発した。
父は【竜の御座石】跡地にある地面の『ある一点』を無表情のまま、『じーっ…』と見つめている。
その場所には、何度も何度もしつこく地団駄を繰り返したような『小さな足跡』がいくつも残されていた。その大きさからして足跡の主は『子供』もしくは『小柄な女性』だろう。
もう一度ふぅん…と言った後で、父はその足跡を辿って歩き始めた。
この父は、『人の足跡』を見ただけで、その人が『大体どのくらいの強さなのか』が分かるという妙な特技を持っている。足跡を辿って歩きながら、父は心の中だけでこう独りごちた。
(……足跡と歩幅からして身長体重は『うちの娘』と同じくらい……歩く時の『踏み込み方のクセ』も全く同じ……)
またふぅん…とつぶやきながら、父はさらに足跡の追跡を続ける。足跡は高い崖の手前で途切れていた。
父は落ちないように気を付けながら、風が吹き上げてくる崖下を覗いてみた。崖はそのまま深い谷間に続いていて谷底が見えない。思わず父の睾丸の辺りがキュッ…となる。
父は『匍匐前進』の要領で崖の縁ギリギリまで近付いて崖の壁面を観察してみたが、足跡の主が残した痕跡は見つからない。崖の壁面を降りた訳ではないようだ。
足跡の痕跡からして、まるで足跡の主が『この崖から飛び降りでもしたかのように』父には感じられた。
今度は父は『ふぅん…』とは言わなかった。
黙ったままで、父は心の中だけで自分の分析結果を総括してみた。
この足跡の主は。
1.【竜の御座石】の上で、何度も何度もしつこく『地団駄』を繰り返した。
2.『自分の娘』と同じくらいの身長体重である。
3.『自分の娘』と同じ歩き方のクセを持っている。
4.『地団駄』の後で、崖から跳んでいる。
いや『飛んでいる』……?
「……なるほどねー」
父は絶壁の縁ギリギリに腕を組んで胡座をかき、崖下を見ながら心の中だけで独りごちた。
(……多分『地団駄』、うちの娘の仕業だ。……ここで何やってたのか知らないし、なんで磐が埋まってるのかも知らないけど……)
納得したら、父はもう悩まない。
“起こってしまったこと”は、この父にとってそれ以上でもそれ以下でもない。ただ、父には自分の娘が『何故ここで地団駄を踏んだのか』までは分からないが、それは帰ってから本人に直接聞けばいいことだ。
残る問題は。
『【竜の御座石】が地面に埋まっていること、及び【竜】の行方不明事件と“うちの娘”はなにか関連はあるのか?』。
父はしばらく腕を組んで考える。
そして。
「………すげえめんどくさい」
そう独りごちた後で父は立ち上がり、山頂に残っている『娘の足跡』を丁寧に丁寧に自分のブーツの分厚い靴底で消していった。
そして、この件に自分の娘が関与した疑いのあるすべての証拠を隠滅した父は、
「……うちの娘がスミマセンでした」
と一言謝り、【竜の御座石跡地】に対して『心ばかりの』会釈をした。
一応、この父にも『歴史に対する敬意』らしきものは、心の中にほんの幾ばくかは存在するらしい。
そして、謝って自分の気が済んだ父は、今後の打開策を考える為に心の中で独りごちた。
(……さて、これから『皇帝』にどう『言い訳』しようかな……)
(……【竜】居なくなったって知ったら、皇帝うるせえだろうな……)
(……【竜】が居なくなったのは多分【竜】自身の意志によるものだろう。アゾロが【竜】をどうこう出来る訳ないし。ていうか『人類』にはムリ……)
(……磐が埋められたと思しき予想犯行時刻は一昨日前の新月の晩。うちの娘の姿は目撃されてはいない。ただし周辺に住む複数の村人が深夜に鳴り響く『地鳴りのような大きな音』を聞いている……)
【竜の御座石跡地】上をウロウロと歩き回りながら、父は考え続けている。体術を使って『地面に足跡を付けずに歩き回る』ことなど、この父にとっては造作もない。父は地面に証拠を残さないように慎重に歩き回りながら、頭の中でこの件の後腐れのない解決方法を考える。
国民も皇帝もみんなが納得できて、その上で『うちの家族』に累が及ばない方法……。
そして歩き回る父の脳裏に突然ひらめきが奔った。
(……『【竜】が勝手に癇癪を起こして【御座石】を埋めた後、何処へか去って行った』。……もう、そういうことにしよう……)
もし今後【竜】がレオ山に戻ってきたとしても、【竜】の言語を解する者なんて『この世にはいない』ので、【竜】本人に事情を聞くことは『誰にも不可能』。
それに『【竜】を罰すること』なんて、たとえ皇帝でも不可能。というか人類にはムリ。
多分、この件は『【竜】がやった』ことにした方が国民も皇帝も納得するだろう。信心深いレオニア村の村人達へのフォローの方法は、なにか考えなければならないだろうが。
この件へのアゾロの関与にしたって、今のところ確定しているのは、ごく最近アゾロが『【竜の御座石】の上で地団駄を踏んだ』ということのみ。
【竜の御座石】は、『全長300平方メートル、厚み最大60メートルにも及ぶ円盤型の大磐』である。そんな大磐を15歳の少女がどうこうするなんて『普通に考えて不可能』。
つまり、山頂の大磐が埋められてることと、【竜】の行方不明事件と、『アゾロの地団駄』を直接関連付けることは『誰にも不可能』。
ならば、『この地の伯爵様』である父が、『この件は【竜】がやった事だ!』と公表すれば、この件についてのアゾロの関与は永遠に隠滅される。
この後、父はレオニア村で『一応の聞き取り調査』を行う予定だが、もし村人の誰かから娘の目撃証言があったなら……。
……その時は『知らんぷり』で誤魔化そう……
その場に立ち止まったまま考えていた父は、ふぅ…と一つ息をつき、自分の両腰に手を当ててふんぞり返りながら言った。
「……そうだな。そうしよう。……犠牲者とかもいないことだし」
この後がすげえめんどくさい、と最後にそう総括した父は、自分が最初によじ登ってきた垂直の断崖絶壁の方へと向かって歩き出した。断崖絶壁までは、峻厳に切り立つゴツゴツとした岩山の頂上の道を数キロほど辿って行かなければならないが、この険しい道程もこの父にとっては『運動不足の解消』でしかない。
……でも、なんとなく後ろめたいから、ペナルティとして『断崖絶壁を降りる時は足を一切使わないで降りる』ことを、自分ルールとして勝手に決めた父であった。
To Be Continued.
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