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第一章
第8話 マリアヴェル自慢のお兄様
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母と出て行くマリアヴェルの背中を見送ったリナーダは、思い通りの展開に内心でほくそ笑んだ。
「急な話で驚きました」
柔らかなアルフレッドの声で我に返ったリナーダは、愛想よく微笑む。
「マリアヴェルは昔からデニスに好意を寄せていたみたいですの。先日打ち明けられて、私も驚きましたわ」
「……それは、初めて聞く話ですね」
アルフレッドの感想は信じているのかいないのか、微妙な響きだった。
「君は?」
話題の張本人でありながらずっと黙っているデニスに、初めて矛先が向いた。
「マリィをどう想っているんだい?」
「あんな女、別に……、なんとも! けど、向こうが結婚したいって言うなら、まぁ」
デニスの答えはひどいものだった。素直じゃない弟の態度に目眩がする。照れ隠しなんですとリナーダが取り繕うより早く、アルフレッドが微笑んだ。
「そう。それなら婚約の話はなかったことに」
あっさりとした答えに、姉弟は息を呑んだ。
「いや、え、と。俺は」
「お待ちください、侯爵。弟の発言はただの照れ隠しですわ。貴族の誰もが侯爵のように紳士なわけではありませんもの。デニスのように素直になれない殿方だっております。本心では憎からずマリアヴェルを想っているのです。侯爵だって、想い合う二人の仲を裂くのは心苦しいでしょう?」
優しいアルフレッドなら、良心に訴えれば弟の失言にも理解を示してくれるはず。
リナーダが上目遣いに見つめると、アルフレッドは瞑目と共に嘆息した。ゆっくりまぶたが持ち上がると、心なしか目許が細まったように見えた。
「……この分だと、直球の方が話が早そうですね。一体マリィのどんな弱みを握って縁談を承諾させたんです?」
「え?」
さらりと投下された発言は、核心を突くものだった。ギクリと身体を強張らせた姉弟の反応に、アルフレッドは気づいただろうか。
「義妹は昔からデニス殿に苦手意識を持っていました。そんな相手との縁談に前向きだなんて、信じる方がどうかしていますよ。ああ言わざるを得なかった事情があるはず――オートレッド邸で何があったんです?」
リナーダはすぐに落ち着きを取り戻した。
信じないというなら、マリアヴェルと同じようにアルフレッドを脅せばいいだけだと気づいたからだ。
「マリアヴェルが私の指輪を盗んだのです。許す代わりに弟と婚約する条件を呑んでいただきました」
「指輪?」
「えぇ。私の大切な婚約指輪ですわ」
アルフレッドがリナーダの薬指に視線を下ろす。その瞳に、胡乱な色が滲んだ。
「その指輪というのは、今リナーダ嬢の薬指にはまっているものでしょうか?」
首肯すると、アルフレッドはますます怪訝な面持ちになる。
「……デザインから考えて、指輪は普段から身に着けていらっしゃるんですか?」
「もちろんですわ。そうでなくては婚約指輪の意味がありませんもの。肌身離さず着けていられるよう、デザインにもこだわったのですから」
とにかく大切なものだと強調することに気を払っていたリナーダは、失言に気づかなかった。柔らかな蜂蜜色の髪を揺らして、アルフレッドが首を捻る。
「では、その肌身離さず着けている指輪を、どうして義妹が盗めたんです?」
一瞬、言葉に詰まった。実のところ、リナーダは指輪を盗まれてなんかいないのだ。リナーダに逆らえないエイミーを利用し、マリアヴェルを騙しただけ。
「……その時は、偶々外しておりましたの。その隙にマリアヴェルが――」
「普段から肌身離さず着けているはずの婚約指輪を、その時だけ偶々外していた経緯を詳しく教えてもらえますか?」
「……就寝前に指輪の手入れをしたのです。そのままケースにしまってチェストの上に置いておきました。朝起きた時にはケースごと失くなっていて」
「リナーダ嬢が指輪を外している姿を、マリィは目撃しているんですか?」
「それは……」
矢継ぎ早な質問に、リナーダはとうとう言葉に詰まった。細かいシチュエーションの想定なんてしていなかった。矛盾のない嘘など咄嗟には出てこない。
アルフレッドが肩を竦める。
「ケースごと盗まれる、なんて指輪を外す習慣があることを事前に把握していないと成り立ちませんよ。指輪を盗むのなら想定するのはリナーダ嬢が身に着けている状態ですけど、抜き取る時に目を覚ます、使用人に見つかる――危惧すべき点はいくらでもある。誰にも見られることなく寝室に忍び込むだけでも、かなり厳しいでしょう。僕の義妹はそこまで思慮の浅い子ではないですね」
「侯爵がどう思われようとも、マリアヴェルが失くなった指輪を持っていて、本人も盗んだことを認めたのです!」
マリアヴェルが認めたのは、紛れもない事実なのだ。
紫苑の瞳がきょとん、と瞬いた。驚いた様子の侯爵にリナーダが手応えを得たのも束の間――アルフレッドは、クスクスと笑い出す。
「何がそんなに可笑しいのです?」
「あぁ、すみません。あれだけ聡いのに時たま抜けている義妹が可愛くて」
まったく信じていなさそうなアルフレッドに、リナーダはムッとする。
温厚な人と評判だから、のんびり屋さんのきらいがあるのかもしれない。アッシュフォード家の置かれた危機的状況に気づいていないらしい。だから悠然としていられるのだ。
「侯爵は信じておられないようですが、世間はそうは思いませんわ。マリアヴェルの悪評は有名ですもの。夜会に滅多に顔を出さないにも関わらず、社交界であの子を知らない者などおりませんわ」
「……悪評、ね」
呟いたアルフレッドが沈黙する。
真実かどうかなど問題ではなく、信じるか信じないかが重要だと気づいたに違いない。
リナーダは勝ち誇るが、アルフレッドはまたすぐに微笑んだ。
「確かに世間は信じるかもしれませんが。一部の派閥を除いて、内政に携わる上位貴族はマリィの噂が根も葉もない嘘だととっくに知っていますよ。色々とちょうどいいので、そのままにして欲しいと僕からお願いしてあるんです。マリィの機転を面白がって噂を助長させる僕の友人たちにはちょっと困っていますけど。今回の件も、噂になったところで王宮の重鎮は気にも留めないでしょうね」
「は……?」
上位貴族――侯爵以上の爵位を持つ貴族は悪評が嘘だと知っている。そんな話、知らなかった。
計算が狂い、頭が追いつかないリナーダに、
「だいたいの経緯は把握できたので、もう結構です。これ以上は水かけ論でしょう。話を公にしたところで恥をかくのはリナーダ嬢ですが……僕も義妹が盗人扱いされるのは不愉快です。この先、有りもしない罪でマリィを貶めるというのなら、リナーダ嬢の婚約者殿と少々お話しすることになるかもしれませんね」
クスッとアルフレッドが小さく笑う。その瞬間の彼は、リナーダには見たことがない青年に映った。初めて見る、冷酷な微笑みだった。
「なぜ、ジェフリーが出てくるのです?」
ぞくりとするほどの酷薄な笑みに、リナーダの声は震えてしまった。
冷笑はとっくに消えていた。勘違いだったのかと思うほど穏やかな表情で、アルフレッドが言う。
「リナーダ嬢はご存知ないかもしれませんが、僕の職務には貴族の身辺調査も含まれています。不穏な動向があれば殿下に報告し、内政の安定を保つ――ただ、僕も人間ですから。時には失敗も犯します。何かのうっかりでジェフリー・ヒューストンに関する報告を誤り、彼が尋問を受けることになるかもしれません。そうですね……ジェフリー殿は財務省に配属されていますから、横領なんて現実的ですよね」
にっこりと微笑んだアルフレッドの口から飛び出したのは、冗談ではない発言だった。
「ふざけないで! ジェフリーに濡れ衣を着せるつもりですの!?」
そんな職権濫用、許されるはずがない。明るみになれば、アルフレッドだって無事では済まないのだ。
「その言葉、そっくりそのままお返しすれば僕の気持ちも理解していただけますか?」
言葉を失った。濡れ衣を着せる――それはまさに、リナーダがマリアヴェルにしたことだった。
「軽い疑惑であっても、諜報部に目をつけられたというだけで周囲からの風当たりは変わります。ジェフリー殿は今後、王宮で肩身の狭い想いをすることになるでしょうね。僕とリナーダ嬢の婚約者殿――どちらがより人望が優れているか、試してみますか?」
アルフレッドの言わんとすることを漠然と理解し、リナーダは怖くなった。
侯爵家筆頭であるアッシュフォード家の当主アルフレッドと、伯爵家の嫡男ジェフリー。未来の宰相と目され、人望、名声、権力――それらすべてを持ち合わせたアルフレッドにとって、伯爵位を持つとはいえ財務省に勤めているだけの文官を失脚させるなんて容易いと言っているのだ。
本当にそうなのか、王宮の人間関係に無知なリナーダにはわからない。わからないからこそ、怖かった。
蒼白になるリナーダを、アルフレッドが冷たく見据えた。
「弟君可愛さから出た行動なのは察せますが、いくらなんでもやり過ぎですよ。世間知らずのお嬢さん、すべてが自分の思い通りになると信じていられるのは無知だからだと学んだ方がいい」
視線はデニスも捉える。弟は冷ややかな瞳にすっかり萎縮してしまっていた。
「一途に初恋を育んできたのは結構だけれど、マリィを射止めたいなら方向性が間違っていると思うよ。改めたところでとっくに手遅れだろうけど」
どうでもよさそうにそう言ってから、アルフレッドは語調を和らげた。
「夫人に免じて今回は目を瞑りますが、次は正式に抗議します。侯爵家の不祥事になるような行動は慎まないと、子供たちを信じて放任主義を貫いていらっしゃる夫妻が報われませんよ」
「急な話で驚きました」
柔らかなアルフレッドの声で我に返ったリナーダは、愛想よく微笑む。
「マリアヴェルは昔からデニスに好意を寄せていたみたいですの。先日打ち明けられて、私も驚きましたわ」
「……それは、初めて聞く話ですね」
アルフレッドの感想は信じているのかいないのか、微妙な響きだった。
「君は?」
話題の張本人でありながらずっと黙っているデニスに、初めて矛先が向いた。
「マリィをどう想っているんだい?」
「あんな女、別に……、なんとも! けど、向こうが結婚したいって言うなら、まぁ」
デニスの答えはひどいものだった。素直じゃない弟の態度に目眩がする。照れ隠しなんですとリナーダが取り繕うより早く、アルフレッドが微笑んだ。
「そう。それなら婚約の話はなかったことに」
あっさりとした答えに、姉弟は息を呑んだ。
「いや、え、と。俺は」
「お待ちください、侯爵。弟の発言はただの照れ隠しですわ。貴族の誰もが侯爵のように紳士なわけではありませんもの。デニスのように素直になれない殿方だっております。本心では憎からずマリアヴェルを想っているのです。侯爵だって、想い合う二人の仲を裂くのは心苦しいでしょう?」
優しいアルフレッドなら、良心に訴えれば弟の失言にも理解を示してくれるはず。
リナーダが上目遣いに見つめると、アルフレッドは瞑目と共に嘆息した。ゆっくりまぶたが持ち上がると、心なしか目許が細まったように見えた。
「……この分だと、直球の方が話が早そうですね。一体マリィのどんな弱みを握って縁談を承諾させたんです?」
「え?」
さらりと投下された発言は、核心を突くものだった。ギクリと身体を強張らせた姉弟の反応に、アルフレッドは気づいただろうか。
「義妹は昔からデニス殿に苦手意識を持っていました。そんな相手との縁談に前向きだなんて、信じる方がどうかしていますよ。ああ言わざるを得なかった事情があるはず――オートレッド邸で何があったんです?」
リナーダはすぐに落ち着きを取り戻した。
信じないというなら、マリアヴェルと同じようにアルフレッドを脅せばいいだけだと気づいたからだ。
「マリアヴェルが私の指輪を盗んだのです。許す代わりに弟と婚約する条件を呑んでいただきました」
「指輪?」
「えぇ。私の大切な婚約指輪ですわ」
アルフレッドがリナーダの薬指に視線を下ろす。その瞳に、胡乱な色が滲んだ。
「その指輪というのは、今リナーダ嬢の薬指にはまっているものでしょうか?」
首肯すると、アルフレッドはますます怪訝な面持ちになる。
「……デザインから考えて、指輪は普段から身に着けていらっしゃるんですか?」
「もちろんですわ。そうでなくては婚約指輪の意味がありませんもの。肌身離さず着けていられるよう、デザインにもこだわったのですから」
とにかく大切なものだと強調することに気を払っていたリナーダは、失言に気づかなかった。柔らかな蜂蜜色の髪を揺らして、アルフレッドが首を捻る。
「では、その肌身離さず着けている指輪を、どうして義妹が盗めたんです?」
一瞬、言葉に詰まった。実のところ、リナーダは指輪を盗まれてなんかいないのだ。リナーダに逆らえないエイミーを利用し、マリアヴェルを騙しただけ。
「……その時は、偶々外しておりましたの。その隙にマリアヴェルが――」
「普段から肌身離さず着けているはずの婚約指輪を、その時だけ偶々外していた経緯を詳しく教えてもらえますか?」
「……就寝前に指輪の手入れをしたのです。そのままケースにしまってチェストの上に置いておきました。朝起きた時にはケースごと失くなっていて」
「リナーダ嬢が指輪を外している姿を、マリィは目撃しているんですか?」
「それは……」
矢継ぎ早な質問に、リナーダはとうとう言葉に詰まった。細かいシチュエーションの想定なんてしていなかった。矛盾のない嘘など咄嗟には出てこない。
アルフレッドが肩を竦める。
「ケースごと盗まれる、なんて指輪を外す習慣があることを事前に把握していないと成り立ちませんよ。指輪を盗むのなら想定するのはリナーダ嬢が身に着けている状態ですけど、抜き取る時に目を覚ます、使用人に見つかる――危惧すべき点はいくらでもある。誰にも見られることなく寝室に忍び込むだけでも、かなり厳しいでしょう。僕の義妹はそこまで思慮の浅い子ではないですね」
「侯爵がどう思われようとも、マリアヴェルが失くなった指輪を持っていて、本人も盗んだことを認めたのです!」
マリアヴェルが認めたのは、紛れもない事実なのだ。
紫苑の瞳がきょとん、と瞬いた。驚いた様子の侯爵にリナーダが手応えを得たのも束の間――アルフレッドは、クスクスと笑い出す。
「何がそんなに可笑しいのです?」
「あぁ、すみません。あれだけ聡いのに時たま抜けている義妹が可愛くて」
まったく信じていなさそうなアルフレッドに、リナーダはムッとする。
温厚な人と評判だから、のんびり屋さんのきらいがあるのかもしれない。アッシュフォード家の置かれた危機的状況に気づいていないらしい。だから悠然としていられるのだ。
「侯爵は信じておられないようですが、世間はそうは思いませんわ。マリアヴェルの悪評は有名ですもの。夜会に滅多に顔を出さないにも関わらず、社交界であの子を知らない者などおりませんわ」
「……悪評、ね」
呟いたアルフレッドが沈黙する。
真実かどうかなど問題ではなく、信じるか信じないかが重要だと気づいたに違いない。
リナーダは勝ち誇るが、アルフレッドはまたすぐに微笑んだ。
「確かに世間は信じるかもしれませんが。一部の派閥を除いて、内政に携わる上位貴族はマリィの噂が根も葉もない嘘だととっくに知っていますよ。色々とちょうどいいので、そのままにして欲しいと僕からお願いしてあるんです。マリィの機転を面白がって噂を助長させる僕の友人たちにはちょっと困っていますけど。今回の件も、噂になったところで王宮の重鎮は気にも留めないでしょうね」
「は……?」
上位貴族――侯爵以上の爵位を持つ貴族は悪評が嘘だと知っている。そんな話、知らなかった。
計算が狂い、頭が追いつかないリナーダに、
「だいたいの経緯は把握できたので、もう結構です。これ以上は水かけ論でしょう。話を公にしたところで恥をかくのはリナーダ嬢ですが……僕も義妹が盗人扱いされるのは不愉快です。この先、有りもしない罪でマリィを貶めるというのなら、リナーダ嬢の婚約者殿と少々お話しすることになるかもしれませんね」
クスッとアルフレッドが小さく笑う。その瞬間の彼は、リナーダには見たことがない青年に映った。初めて見る、冷酷な微笑みだった。
「なぜ、ジェフリーが出てくるのです?」
ぞくりとするほどの酷薄な笑みに、リナーダの声は震えてしまった。
冷笑はとっくに消えていた。勘違いだったのかと思うほど穏やかな表情で、アルフレッドが言う。
「リナーダ嬢はご存知ないかもしれませんが、僕の職務には貴族の身辺調査も含まれています。不穏な動向があれば殿下に報告し、内政の安定を保つ――ただ、僕も人間ですから。時には失敗も犯します。何かのうっかりでジェフリー・ヒューストンに関する報告を誤り、彼が尋問を受けることになるかもしれません。そうですね……ジェフリー殿は財務省に配属されていますから、横領なんて現実的ですよね」
にっこりと微笑んだアルフレッドの口から飛び出したのは、冗談ではない発言だった。
「ふざけないで! ジェフリーに濡れ衣を着せるつもりですの!?」
そんな職権濫用、許されるはずがない。明るみになれば、アルフレッドだって無事では済まないのだ。
「その言葉、そっくりそのままお返しすれば僕の気持ちも理解していただけますか?」
言葉を失った。濡れ衣を着せる――それはまさに、リナーダがマリアヴェルにしたことだった。
「軽い疑惑であっても、諜報部に目をつけられたというだけで周囲からの風当たりは変わります。ジェフリー殿は今後、王宮で肩身の狭い想いをすることになるでしょうね。僕とリナーダ嬢の婚約者殿――どちらがより人望が優れているか、試してみますか?」
アルフレッドの言わんとすることを漠然と理解し、リナーダは怖くなった。
侯爵家筆頭であるアッシュフォード家の当主アルフレッドと、伯爵家の嫡男ジェフリー。未来の宰相と目され、人望、名声、権力――それらすべてを持ち合わせたアルフレッドにとって、伯爵位を持つとはいえ財務省に勤めているだけの文官を失脚させるなんて容易いと言っているのだ。
本当にそうなのか、王宮の人間関係に無知なリナーダにはわからない。わからないからこそ、怖かった。
蒼白になるリナーダを、アルフレッドが冷たく見据えた。
「弟君可愛さから出た行動なのは察せますが、いくらなんでもやり過ぎですよ。世間知らずのお嬢さん、すべてが自分の思い通りになると信じていられるのは無知だからだと学んだ方がいい」
視線はデニスも捉える。弟は冷ややかな瞳にすっかり萎縮してしまっていた。
「一途に初恋を育んできたのは結構だけれど、マリィを射止めたいなら方向性が間違っていると思うよ。改めたところでとっくに手遅れだろうけど」
どうでもよさそうにそう言ってから、アルフレッドは語調を和らげた。
「夫人に免じて今回は目を瞑りますが、次は正式に抗議します。侯爵家の不祥事になるような行動は慎まないと、子供たちを信じて放任主義を貫いていらっしゃる夫妻が報われませんよ」
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