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第3章
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その日、田所はもう日付が変わろうとする時間に仕事を終えた。
上司に同行して会食を終え、皆をそれぞれお見送りしてようやくその週の仕事が全部終わった。
まっすぐに帰るのも味気ないと思って顔をめぐらせると、時々食事や待ち合わせに利用するタワーホテルが目に留まった。
その最上階のバーラウンジで1杯目を飲んでいるところに譲二から電話が入ったのだ。
バーカウンターで話すわけにもいかず、折り返し電話するととりあえず切ってから
目の前にあるウイスキーを一口飲んで入り口近くにある電話コーナーに移動した。
譲二からの連絡は珍しくはなかったが、経理部の仁科が飲み潰れたというのは聞き間違いじゃないかと思うくらい意外だ。
「俺だ」
「悪いな、佑一」
「だから悪いと思ってるなら電話してくるな」
「ご機嫌斜めか?」
それには答えずに、「仁科が潰れたって?」と田所が聞いた。
「今日は早い時間から飲みに来てたんだけど、他のお客とちょっとあってさ、
まぁそれは解決したんだけど。
少し目を離してるうちに気がついたらグラッパのボトルを飲み干して、眠ってしまってるんだ。
お前、真理亜ちゃんの家知らない?」
「知るわけないじゃないか」
田所が呆れた声で返すと、「人事部だろ?住所調べてくれよ」と言うではないか。
「こんな時間に調べられるわけないじゃないか」
「あー、冷たいなぁ」
「それに社員の情報を無闇に見るわけにはいかん。
それよりもお前の客だろう。お前がなんとかすればいいじゃないか」
そこまで言って田所は疑問を感じた。
譲二が酔っ払いの、しかも女の酔っ払いの処し方を知らないわけがない。
田所に連絡をよこしたには何か訳があるに違いない。
「まぁ、近所のビジネスホテルに押し込んでも良いんだけどさ。
いやいっそのこと一緒に泊まるかな。真理亜ちゃん可愛いしな」
と譲二が言う声が聞こえた。
田所が「じゃ、切るぞ」と言うと、「近くまで来たらもう一度電話くれ」と譲二が真面目な声で言い、電話を切った。
こっちから掛けたのに譲二から切られた電話に田所は呆れて、思わず携帯電話に毒づいてしまった田所である。
カウンターに戻ると、田所のグラスはそのままにバーテンダーが水のグラスを入れ替える。
氷が入った水のグラスには外側に水滴がたくさんついていたので、新しいグラスに差し替えてくれたのだ。
今夜は田所のことを覚えていたバーテンダーが、「未開封のモルトがあるのでトワイスアップはいかがでしょうか」と勧めてくれたのだ。
足つきの小ぶりのグラスに、田所の目の前で封をきってウイスキーを注ぎ、同じ地方の水をウイスキーと同量加えてすっと差し出された。
田所がそのグラスを軽く揺すってから口に近づけると、モルトの香りがふんわりと立ち昇った。
一口飲んで香りと味を楽しむと、その様子を見ていたバーテンダーがわずかに目を細めて頷いた。
田所の好みを把握してくれているのに満足して、気分もゆったりと解れてきたところに先ほどの譲二からの電話だ。
田所がグラスを空けると、バーテンダーが無言で次はどうするかと聞いてきた。
「用事が出来た。勘定を頼む」と田所が言うと、バーテンダーは少し残念そうな表情を見せたが、「畏まりました」と言ってスタッフに合図を送った。
上司に同行して会食を終え、皆をそれぞれお見送りしてようやくその週の仕事が全部終わった。
まっすぐに帰るのも味気ないと思って顔をめぐらせると、時々食事や待ち合わせに利用するタワーホテルが目に留まった。
その最上階のバーラウンジで1杯目を飲んでいるところに譲二から電話が入ったのだ。
バーカウンターで話すわけにもいかず、折り返し電話するととりあえず切ってから
目の前にあるウイスキーを一口飲んで入り口近くにある電話コーナーに移動した。
譲二からの連絡は珍しくはなかったが、経理部の仁科が飲み潰れたというのは聞き間違いじゃないかと思うくらい意外だ。
「俺だ」
「悪いな、佑一」
「だから悪いと思ってるなら電話してくるな」
「ご機嫌斜めか?」
それには答えずに、「仁科が潰れたって?」と田所が聞いた。
「今日は早い時間から飲みに来てたんだけど、他のお客とちょっとあってさ、
まぁそれは解決したんだけど。
少し目を離してるうちに気がついたらグラッパのボトルを飲み干して、眠ってしまってるんだ。
お前、真理亜ちゃんの家知らない?」
「知るわけないじゃないか」
田所が呆れた声で返すと、「人事部だろ?住所調べてくれよ」と言うではないか。
「こんな時間に調べられるわけないじゃないか」
「あー、冷たいなぁ」
「それに社員の情報を無闇に見るわけにはいかん。
それよりもお前の客だろう。お前がなんとかすればいいじゃないか」
そこまで言って田所は疑問を感じた。
譲二が酔っ払いの、しかも女の酔っ払いの処し方を知らないわけがない。
田所に連絡をよこしたには何か訳があるに違いない。
「まぁ、近所のビジネスホテルに押し込んでも良いんだけどさ。
いやいっそのこと一緒に泊まるかな。真理亜ちゃん可愛いしな」
と譲二が言う声が聞こえた。
田所が「じゃ、切るぞ」と言うと、「近くまで来たらもう一度電話くれ」と譲二が真面目な声で言い、電話を切った。
こっちから掛けたのに譲二から切られた電話に田所は呆れて、思わず携帯電話に毒づいてしまった田所である。
カウンターに戻ると、田所のグラスはそのままにバーテンダーが水のグラスを入れ替える。
氷が入った水のグラスには外側に水滴がたくさんついていたので、新しいグラスに差し替えてくれたのだ。
今夜は田所のことを覚えていたバーテンダーが、「未開封のモルトがあるのでトワイスアップはいかがでしょうか」と勧めてくれたのだ。
足つきの小ぶりのグラスに、田所の目の前で封をきってウイスキーを注ぎ、同じ地方の水をウイスキーと同量加えてすっと差し出された。
田所がそのグラスを軽く揺すってから口に近づけると、モルトの香りがふんわりと立ち昇った。
一口飲んで香りと味を楽しむと、その様子を見ていたバーテンダーがわずかに目を細めて頷いた。
田所の好みを把握してくれているのに満足して、気分もゆったりと解れてきたところに先ほどの譲二からの電話だ。
田所がグラスを空けると、バーテンダーが無言で次はどうするかと聞いてきた。
「用事が出来た。勘定を頼む」と田所が言うと、バーテンダーは少し残念そうな表情を見せたが、「畏まりました」と言ってスタッフに合図を送った。
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