眠れない夜に

Gardenia

文字の大きさ
上 下
46 / 74
第2章

45

しおりを挟む
仕事帰りなのだろう、きちんとしたスーツ姿の男性は真理亜と同じくらいの歳に見えた。

「確かに私はあまりお酒に詳しくないかもしれません」

そう話し始めると、男性はもう一度頷いた。

「ただこちらのお店のスタッフの方にお任せしておりますので、
私にも飲むことが出来ると判断して出していただいているはずです。
ですから私も安心して初めてのお酒を楽しんでいます」

そう言って真理亜は微笑んでから男性から視線をはずし、顔をまっすぐ前に向ける。

アンタの気にするところじゃないんだから放っておいてよと言ったつもりだ。

相手は何も言わず、グラスを持ち上げてくっと一口飲むと、トンと軽い音を立ててグラスをカウンターに置いた。

それからおもむろに、「生意気だな」と呟いた。

決して大きな声じゃない。

あきらかに真理亜にだけ聞こえるように言ったようだ。

真理亜は軽くため息を吐いて、その男性のことは考えないようにした。


グラスを引き寄せて手に取ると、少し傾けて濃度を観る。

それからもう一口、口に含んでみる。

この濃い味に意外に早く慣れてきたようだ。

せっかく美味しいお酒なのにそろそろ退席するのが妥当だろう。

金曜日の夜に一人で飲みに出るということは、いろいろなことを覚悟しなくてはならない。

デートする相手の居ない寂しい女と見られて、からかわれたり誘われたりするのは仕方が無いことだ。

だが、今夜の真理亜は上手くあしらうことが出来そうになかった。

どういうタイミングで立ち上がったらいいのか真理亜にはわからない。

グラッパの余韻が消えたので、もう一口飲んだ。


隣の男性が身じろぎをしたので真理亜が緊張していると、
カウンターの向こう端に居た譲二が隣のお客の前にやってきて話始めた。

どうやら隣の男性は一人ではなく友人カップルと三人で来ているようだ。

譲二が彼らの注意を惹いてくれたようで真理亜はほっとしてもう一口グラッパを飲むと、
バッグを掴んで立ち上がった。

化粧室への方向に歩いてカウンターからは見えないところまで来ると
スタッフに合図して1万円札を渡してお会計を頼み、真理亜は化粧室の扉を押した。

手早く用を済ませ手を洗おうとして前を見ると、鏡に映った自分の顔があった。

ひっ詰めた髪にいかにもOLしてますというスーツ。

目の淵が赤くなっていて、いつもより酔いが顔に出ているようだ。

両手でぴしっと頬を叩いてみたが、今夜は気合が入りそうになかった。


化粧室を出ると、スタッフがすかさず気がついて真理亜にお釣りを渡しながら、
「オーナーからの伝言です。ノアさんの店でしばらく遊んでいて欲しいそうです」
と小さな声で伝えてきた。

了承のしるしに頷いて、そのままそのスタッフの影に隠れるようにして Angel Eyes を出た。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

処理中です...