【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

勘違いの始まりの日

kasisは、メンバー全員の年齢が一つずつ離れているのが売りのグループだ。だからというわけでもないが、友達感もあれば兄弟感もあって、ファンの子たちはそういうところが魅力だと言ってくれたりもする。グループ内でのまとめ役はセンターの裕理の方だが、最年長は輝だ。普段はふざけているものの、いざというときはやっぱり頼りになるなあと思うし、俺はあいつのそういうところはけっこう尊敬している。


二ヶ月前、ダンスの稽古の直前に、実の兄貴から電話がかかってきた。そんなことは滅多にないので、廊下に出て電話をとると、いつになく焦った声で告げられた。


『大事な話があって電話した。悠真、いま大丈夫か？』
「あー、もうすぐ稽古始まるから、ちょっとだけだったらな」


ただならぬ雰囲気をかき消すように、いつもと変わらぬ調子で返事をする。


『大丈夫だ、すぐに済む。驚かないで聞いてくれよ』




＊＊＊





電話を切ると、俺は稽古場へ戻った。開始の時間を二分ほど過ぎてしまっていたので、担当のインストラクターとメンバーに謝る。


「すいません、家族から電話がきて、話してたら遅れてしまいました」
「こっちは問題ないけど、大丈夫だったの？」


髪の毛を一つにまとめた女性のインストラクターが、心配そうな顔をしている。


「あ、全然大したことじゃなかったんで大丈夫です。本当、すいませんでした」
「オーケー。じゃあ、ポジションにつこうか」


指示されるまま立ち位置についた。メンバーも最初は心配そうな表情を浮かべていたが、その後の稽古と合間のインタビュー、夜のラジオ収録までをいつも通りにこなす俺を見て、杞憂だったと思い直したらしい。深く突っ込んでくるやつは一人もいなかった。よかった、と思った。


よかった、誰にもバレてない。


仕事を終え、皆と別れてタクシー乗り場まで歩きながら、兄貴との電話を反芻する。いま嘆いたって仕方がない。俺にできることは、目の前の仕事を頑張ることしかないじゃないか。そう思ったところで、背後から名前を呼ばれた。髪についた綿毛を取ってくれたときと変わらない、聞き慣れた声だった。


「おい、悠真」
「……はっ！？」


振り返ると、そこにはフードを被ってマスクをした輝が立っていた。俺は今みたいにマスクだけで外を歩いてしまいがちだが、輝は変装をしっかりするタイプだ。ファンを大切にする気持ちはあるものの、プライベートな時間に声をかけられたりはしたくないらしい。そんなことより、さっき皆と別れたときにこいつもいたはずなのに、なぜいまここにいるんだ？


「輝、お前なんで」


最後まで言い終わらないうちに、ずっと張りつめていた緊張の糸が緩んでしまった。自分の意思に反して、俺の両目から涙が怒涛のように溢れる。輝を見たらそうなったのか、そうなったところにこいつが居合わせたのかは、定かではない。


「なんで、来たんだよっ」
「お前の様子がおかしいからだろうが。ほら、サングラス貸してやるから」


気づいたら涙を隠すようにサングラスをかけられていた。


「は……？　……っぐ、俺、普通だった、だろっ」


しゃがみこんでしゃくりあげていたら、輝も隣にしゃがみこみ、背中をさすってくれた。


「わかったわかった。大丈夫だから、もう喋んな。電話の後からずっとおかしかっただろ。多分皆は気づいてないから、心配すんなよ。俺もなにも言わない」
「う、うぅぅぅうっ……」


食いしばった歯の隙間から声が漏れた。涙は止まらないし、苦しくて辛くて二度と立ち上がれないと思った。


あのとき、その場に輝がいてくれたことで、俺は精神的にすごく救われた。18まで生きてきて、人の前で泣いたのは10年以上ぶりのことだった。


だからなのかもしれない。そのときのごちゃごちゃした感情と、輝への尊敬や感謝を、恋愛感情なんかと混同して勘違いしてしまっているのは。