上 下
5 / 5

吸血鬼の怒り

しおりを挟む

「実は許嫁がいる……だと?」
「あのう……ごめんなさい。本当は昨日言おうと思ったんだけど、タイミングが掴めなくて」


美しい銀色の髪の毛が、天に向かって逆立っていると錯覚するほど、吸血鬼は怒っていた。あえて気づかないふりをして真摯に謝ることにする。

エドは確実に憤怒していて、でも私にその感情をぶつけてしまわないよう唇を噛み締めて耐えている。鋭利な牙が傷をつけたらしく、口の端からひと筋の鮮血が流れた。


「……お前はその許嫁のことが好きなのか?」


地を這うような声だ。私は心底怯えながら、でもきっとエドは私のことを傷つけないという謎の自信のもと、胸を張って答えた。


「まさか! 幼馴染だし、兄弟みたいなものなの。お父様が、仕事柄有利になるということで、無理やり結婚させようとしてるの」
「好きじゃないんだな?」
「好きじゃないし、結婚もしたくないの。聞き入れてもらえないだけで。相手もそう思ってるのに、抗う気力を失ってしまっているのよ」
「……ならいい。そんならそいつとお前が結婚しちまう前に、俺がお前を連れてこの屋敷から逃げればいいだけだ」
「……エドは、いつも自信があって男らしいのね」


比べたくはないが、ついつい先ほどのノアの有様を思い出し、感心してしまった。
ノアのことは、幼馴染としては好きだ。ただそれはあくまでも友情で、男としては、もっと威勢良く思い切り良く振る舞って欲しいと思う。
エドは数秒前までキレる寸前だったことをすっかり忘れてしまったのか、褒められて誇らしそうにしていた。


「ふん、ばかかお前は?俺だぞ。この世界に俺より男らしい男が存在してたまるか」
「エドはどうして私のことが好きなの?」
「言っただろ、一目惚れだって」
「嬉しいけど、一目惚れって少し寂しい。中身を知らないうちから好きなんて、ちょっと、信用できないと思わない?」
「お前がいい女なのは顔を見ればわかる。万が一、悪い女だったとしても、いい男と一緒に入れば必然的にいい女になるもんなんだよ」


薄暗い陰気な部屋の中で、エドは驚くほど輝いている。いっそ清々しくて笑ってしまった。


「……なんか、楽しい。エドといると、前向きになれるわ」
「そうだろ?」
「もしさっき、私が許嫁のことを好きだと言ったら、どうするつもりだったの?」
「別にどうもしねえよ。俺はいい男だからな。圧倒的な魅力で振り向かせるだけさ」


その言葉に嘘偽りはなさそうだ。エドの赤い目はまっすぐに光り、なんの迷いも見て取れない。


「じゃあ、どうして怒ったのよ?」
「怒ったっていうか……」
「っていうか?」
「…………単純に、妬いた」
「ええええ」


赤い顔をぷいっと背ける吸血鬼を見て、変な声が出てしまった。どうしよう、少しだけ、可愛いと思ってしまった……。


「こうやって話してると、あなたが吸血鬼だってことを忘れちゃうわ」
「人間も吸血鬼も関係ないだろ?」
「どうだろう……ところでエドは、この部屋にいるあいだずっと、人間の血を吸っていないのに平気なの?」


血の話題になった条件反射か、エドが口の端に垂れたままになっていた血液を舌で舐めとり、手の甲で拭った。
一瞬だけ、舌なめずりをしたのかと思い思わず身体がびくんと跳ねる。エドは私の本能的な怯えを見逃さず、わずかに悲しそうな顔をした。


「……わからない。それも失った記憶と関係があるのかもしれないけど……ただ、今は血が欲しいとは思わないな」
「……そっか。弱ってるわけじゃないなら、いいの。ちょっと心配だったから。調べると約束した謎についても、まだなにもわからないままだし」
「手がかりもないし、いまは仕方ないだろ。……あのさ、ちょっとだけいいか」


エドは部屋の奥に横たわる棺の蓋に腰をかけて、私は一つだけある小ぶりの木の椅子に腰をかけて、ずっと向かい合って話していたのだが、そう言った途端、エドがおもむろに立ち上がった。
つられて私も立ち上がる。
大きくて指の長い手が私の後頭部に回されて、気がついたら彼の胸に顔をうずめる形になっていた。軽く抱きしめられている。心臓が早鐘を打ち、急な展開に全身が硬直してしまう。


「エド……?」
「正直言うと今日、ダイアナは来ないと思ってたんだ」
「……え?」
「今日っつうか、もう二度と、ここには来ないと思ってた」
「だって、約束した……」
「約束、信じてたけど、一方ではそう思ってしまってた。信じ切れなくて悪かった。そして、ありがとう」


エドの心臓の音も聞こえて、不思議と安心する。屋敷に封印された吸血鬼に抱きしめられているというのは妙な展開だったが、そんなのどうでもよくなるくらい、ドキドキしてしまう。


「……エドは、人間みたい」
「300歳だけどな」
「優しい吸血鬼よ」
「ダイアナのために、そうでありたいけどな」
「……私、明日も来る」


体をそっと離した。目を細めて、エドは切なそうな笑みを浮かべていた。


「私ね、まだ恋愛とかはわからないけど……少しだけ、エドに惹かれてるような気がする……」


ドアから出て行く寸前、振り返ってそう言った。嘘はつけないので、かなり曖昧だけれど、いま思ったことを素直に伝えたつもりだ。


さっきまで切ない表情をしていたくせに、エドは今度は鼻で笑った。


「当然の成り行きだろ」


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

叶恵さん奮闘記

トネリコ
恋愛
   27歳OLの叶恵さんは、スマホで小説を読んだりもする平々凡々な女性です。ある日久しぶりに婚約者であり幼馴染でもある彼と会えることになりました。嬉しさを隠しきれず仕事終わりに急ぐ叶恵さん。  ですが彼は言いました。「婚約を破棄してくれ」と。  これは婚約破棄されてから、何度も落ち込んだり奮起したり一歩進んで二歩下がり掛けながらも、少しずつ前に進む叶恵さんの奮闘記を覗いたものである。  *第一部完まで毎日更新予定*第一部完後、間がかなり開く為一度完結設定を付けさせて頂きますね*  (n*´ω`*n)

一目ぼれした小3美少女が、ゲテモノ好き変態思考者だと、僕はまだ知らない

草笛あたる(乱暴)
恋愛
《視点・山柿》 大学入試を目前にしていた山柿が、一目惚れしたのは黒髪ロングの美少女、岩田愛里。 その子はよりにもよって親友岩田の妹で、しかも小学3年生!! 《視点・愛里》 兄さんの親友だと思っていた人は、恐ろしい顔をしていた。 だけどその怖顔が、なんだろう素敵! そして偶然が重なってしまい禁断の合体! あーれーっ、それだめ、いやいや、でもくせになりそうっ!   身体が恋したってことなのかしら……っ?  男女双方の視点から読むラブコメ。 タイトル変更しました!! 前タイトル《 恐怖顔男が惚れたのは、変態思考美少女でした 》

【完結】帰れると聞いたのに……

ウミ
恋愛
 聖女の役割が終わり、いざ帰ろうとしていた主人公がまさかの聖獣にパクリと食べられて帰り損ねたお話し。 ※登場人物※ ・ゆかり:黒目黒髪の和風美人 ・ラグ:聖獣。ヒト化すると銀髪金眼の細マッチョ

皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する

真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

処理中です...