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薔薇屋敷の開かずの間

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『おとうさま、ちがうおへやであそんできてもいい?』
『いいけど、三階の奥の角部屋にだけは入ってはいけないよ』
『どうして?』
『あそこには、怖い悪いお化けが出るんだ。ダイアナを食べちゃうかもしれないよ』
『やだ! こわいよう』
『そうだろう。ちゃんと言うことを聞けるね?』
『わかったわ、おとうさま』
『それじゃあ、遊んでおいで』


ーーーあれは五歳の頃のことだ。お父様のその言いつけは、幼い私にとっては不思議でならなかった。


(このお屋敷に、お化けなんて出るわけないのに)


生まれ育った大きなお屋敷は、美しい装飾を施された窓がたくさんあって、丘の上に建っているので遮るものはなにもなく、降り注ぐ太陽の光にいつも照らされていた。


日光が廊下の隅々まで差し込み、その日私は三階の角部屋に訪れた。確かにその部屋の前だけ薄暗く、明るく輝いているお屋敷からは想像もつかないほど、陰鬱に見えた。扉は銀色で、厳かな装飾の古めかしい十字架がかけられている。


(もしほんとうにおばけがいるなら、わたしがたいじしてやらなきゃ)


子供だった私は、お父様とお母様が思っているより活発で、勇敢な女の子だった。自室に戻るとお化け退治用の聖水をポケットに忍ばせてから、再び三階へと戻る。


開かずの間、と言うだけあって鍵でもかかっているのかと思ったが、なぜかその日、その部屋の鍵は開いていた。子供の力でもやすやすとその扉は開く。


覗いた部屋の中は真っ暗だった。闇の中に、私が扉を開けた隙間の分だけ微弱な光が差し込む。そのとき、暗がりから声がした。


「すぐにドアを閉めろ!」


驚いてとっさに、後ろ手にドアを閉める。
そう、なぜか私は、室内に入ってしまったのだ。


「いったい誰だ?お前」


部屋の奥の声の主が立ち上がる気配がする。目が暗闇に慣れなくて、どんな動きをしているのかわからない。家の中に知らない人がいる。恐怖で立ちすくみ、背中には汗が流れたが、この人はお化けではないと確信した。声がはっきりしすぎている。


やがて明かりが灯り、部屋が薄明るくなった。声の主は背の高い青年だった。


「ガキじゃないか、脅かすな。なんの用だよ」
「わたしはダイアナ。あなたはだれなの? ここはわたしのおうちよ!」
「俺はエド。お前の家か知らないが、ここは治外法権だ。俺の部屋に勝手に入ってくるな」


口調は乱暴だが、真っ白な肌に映える赤い瞳とキラキラ輝く銀色の髪の毛は美しく、私は物語の中の人を見ているような気持ちになった。


「いいか? 今からまじないをかけてやる。ここで見たことはすべて忘れるんだ。お前がもっと年頃になったら、またこの部屋に来い。そして封印を解くんだ。わかったな?」


その言葉は早口で、ろくに意味も理解できなかったのだけど、とにかくこくこくと頷いた。彼の指先が私のおでこに近づいてくる。


目を閉じると、どこの言葉かわからない短い呪文が聞こえた。意識が遠くなる。息を吐き、そのまま、そのままーーー


記憶はそこで、途切れた。
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