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変わるものと変わらないもの
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平日で最もつらいのは朝だ。苦痛にまみれた社会に飛び込むために、布団という名の現世に現れた極楽浄土から這い出なくてはならない。その時が最もストレスがかかる。
しかし、逆を言うと、それからの一日は思っていたよりも楽な場合が多い。勿論、理不尽なことや、避けられない不幸なんてものはいくらでもあるが、それは記憶に残りやすいだけだ。
「……む、朝か」
カーテンの隙間から零れる陽光で、天斗は朝を感じ取る。布団のぬくもりと早々に別れを告げ、天斗は上半身を起こした。天斗の辞書に二度寝の文字はない。
「起きろ、笹葉。もう八時だ」
スマホのロック画面に表示されている時間を見ながら、隣で気持ちよさそうに寝ていた笹葉を起こす。
「むぅ……おやすみなさい」
笹葉は子猫のように両手で頭を抱え、布団の中でうずくまる。笹葉の辞書にはしっかりと二度寝が刻み込まれているようだ。
「おい、寝るな。今日は沙織のとこに行く予定だろ」
「……でも、夜からですよね?」
「昼も一緒に食べる話だったろ」
「……そうでしたね。昨日の私、はしゃいでましたよね」
「あぁ、『七夕! 七夕!』とか言ってはしゃいでたな。実際は明日なのに」
「うぅ……」
笹葉は起きるどころか、布団の中に潜り込んでしまった。
今日は七夕の前日、七月六日。時が経つのは早いもので、天斗が笹葉と出会ってから既に五日が過ぎていた。天斗が笹葉を匿った条件の一つに、「一週間だけ」というものがある。つまり、天斗が笹葉と暮らすのは今日と明日の二日だけ。それを過ぎたら、天斗は笹葉を親元に返す予定だ。
もぞもぞと布団からはい出てきた笹葉は、手慣れた手つきで出かけの服を引っ張り出している。
壁に固定された、上半身しか映らない小さな鏡の前に立って、あれこれと服を体に合わせている。
その間、天斗は朝食の支度を進めている。電子レンジのオーブン機能で焼いたトーストの上にハムを乗せ、小皿にカット野菜を盛り付ける。牛乳をグラスに注ぎ、それらを食卓に並べれば完成だ。
着替えを終えた笹葉がはちみつを持って食卓の前に座る。この五日間で、パンにかける蜂蜜だけは笹葉が用意するという謎の文化が出来上がっていた。
二人が座ったところで、笹葉が合掌の言葉を言うまでがお決まり。
「いただきまーす!」
「はい、いただきます」
間延びした笹葉の声は、小学生の給食の時のそれと全く同じだ。パンの上に蜂蜜で奇怪な絵を描いている。
「食べ終わってから着替えれば良かったのにな」
天斗が独り言のようにポツリと漏らす。天斗はまだパンに手を付けておらず、先にサラダを食べ終えていた。サラダを先に食べると血糖値の上昇が抑えられるという情報を知って以来、必ずサラダから食べるようにしているのだ。
「汚さないから大丈夫ですよ。子ども扱いしないでください」
そう言って、笹葉は目一杯口を開けて齧りつく。その際、かけすぎた蜂蜜が数滴、パンの皿に垂れた。
「垂れたぞ」
「……お皿になのでセーフです」
「あ、また垂れた」
「あぁっ!?」
皿に零れないようにとパンを手前に傾けたせいで、話している内に服に蜂蜜が垂れてしまった。
「パパのせいですよ!」
「何で俺のせいなんだよ」
「食べてる最中に話しかけてきたからです!」
五日間共に過ごしてきた中で、当然二人の間に変化が生まれた。天斗は相変わらずの淡泊ぶりだったが、笹葉に対して少しだけ寛容になった。頭ごなしに否定することはほとんどなくなり、笹葉の気持ちも汲んだ行動をとれるようになった。
対して笹葉は当初よりも天斗にべったりではなくなり、今のように子供特有の理不尽な言いがかりもするようになった。
「じゃあ、もう笹葉には話しかけない」
「いや、そういうわけじゃ……ごめんなさい」
「許す」
「やったぁ!」
勿論、たった五日間で根本から変わることはなく、天斗の器の小ささと笹葉の天斗に対する大好きな気持ちは依然として残っている。
その後も二人は朝食を終えるまでたわいもない会話を続けた。食べ終えた皿を二人で台所へと運び、天斗は着替え、笹葉は歯磨きをするために洗面所に向かった。
笹葉が歯を磨き終えると、入れ替わりで天斗が洗面所で歯を磨く。狭いアパートのため、二人同時に歯を磨くことは困難だからだ。
こうして二人はのんびりと身支度を終え、沙織との待ち合わせの場所へと向かった。
しかし、逆を言うと、それからの一日は思っていたよりも楽な場合が多い。勿論、理不尽なことや、避けられない不幸なんてものはいくらでもあるが、それは記憶に残りやすいだけだ。
「……む、朝か」
カーテンの隙間から零れる陽光で、天斗は朝を感じ取る。布団のぬくもりと早々に別れを告げ、天斗は上半身を起こした。天斗の辞書に二度寝の文字はない。
「起きろ、笹葉。もう八時だ」
スマホのロック画面に表示されている時間を見ながら、隣で気持ちよさそうに寝ていた笹葉を起こす。
「むぅ……おやすみなさい」
笹葉は子猫のように両手で頭を抱え、布団の中でうずくまる。笹葉の辞書にはしっかりと二度寝が刻み込まれているようだ。
「おい、寝るな。今日は沙織のとこに行く予定だろ」
「……でも、夜からですよね?」
「昼も一緒に食べる話だったろ」
「……そうでしたね。昨日の私、はしゃいでましたよね」
「あぁ、『七夕! 七夕!』とか言ってはしゃいでたな。実際は明日なのに」
「うぅ……」
笹葉は起きるどころか、布団の中に潜り込んでしまった。
今日は七夕の前日、七月六日。時が経つのは早いもので、天斗が笹葉と出会ってから既に五日が過ぎていた。天斗が笹葉を匿った条件の一つに、「一週間だけ」というものがある。つまり、天斗が笹葉と暮らすのは今日と明日の二日だけ。それを過ぎたら、天斗は笹葉を親元に返す予定だ。
もぞもぞと布団からはい出てきた笹葉は、手慣れた手つきで出かけの服を引っ張り出している。
壁に固定された、上半身しか映らない小さな鏡の前に立って、あれこれと服を体に合わせている。
その間、天斗は朝食の支度を進めている。電子レンジのオーブン機能で焼いたトーストの上にハムを乗せ、小皿にカット野菜を盛り付ける。牛乳をグラスに注ぎ、それらを食卓に並べれば完成だ。
着替えを終えた笹葉がはちみつを持って食卓の前に座る。この五日間で、パンにかける蜂蜜だけは笹葉が用意するという謎の文化が出来上がっていた。
二人が座ったところで、笹葉が合掌の言葉を言うまでがお決まり。
「いただきまーす!」
「はい、いただきます」
間延びした笹葉の声は、小学生の給食の時のそれと全く同じだ。パンの上に蜂蜜で奇怪な絵を描いている。
「食べ終わってから着替えれば良かったのにな」
天斗が独り言のようにポツリと漏らす。天斗はまだパンに手を付けておらず、先にサラダを食べ終えていた。サラダを先に食べると血糖値の上昇が抑えられるという情報を知って以来、必ずサラダから食べるようにしているのだ。
「汚さないから大丈夫ですよ。子ども扱いしないでください」
そう言って、笹葉は目一杯口を開けて齧りつく。その際、かけすぎた蜂蜜が数滴、パンの皿に垂れた。
「垂れたぞ」
「……お皿になのでセーフです」
「あ、また垂れた」
「あぁっ!?」
皿に零れないようにとパンを手前に傾けたせいで、話している内に服に蜂蜜が垂れてしまった。
「パパのせいですよ!」
「何で俺のせいなんだよ」
「食べてる最中に話しかけてきたからです!」
五日間共に過ごしてきた中で、当然二人の間に変化が生まれた。天斗は相変わらずの淡泊ぶりだったが、笹葉に対して少しだけ寛容になった。頭ごなしに否定することはほとんどなくなり、笹葉の気持ちも汲んだ行動をとれるようになった。
対して笹葉は当初よりも天斗にべったりではなくなり、今のように子供特有の理不尽な言いがかりもするようになった。
「じゃあ、もう笹葉には話しかけない」
「いや、そういうわけじゃ……ごめんなさい」
「許す」
「やったぁ!」
勿論、たった五日間で根本から変わることはなく、天斗の器の小ささと笹葉の天斗に対する大好きな気持ちは依然として残っている。
その後も二人は朝食を終えるまでたわいもない会話を続けた。食べ終えた皿を二人で台所へと運び、天斗は着替え、笹葉は歯磨きをするために洗面所に向かった。
笹葉が歯を磨き終えると、入れ替わりで天斗が洗面所で歯を磨く。狭いアパートのため、二人同時に歯を磨くことは困難だからだ。
こうして二人はのんびりと身支度を終え、沙織との待ち合わせの場所へと向かった。
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