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白い日

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「…まで…秒」

ボソッと呟いたのは、隣の彼。

私は小学校の教師だ。持病の関係で教室を分けられている子供の担任である。
と言ってもそれに該当する生徒は1人しかいない。
それが彼、6年生の珀人はくとくんである。
彼は本当に美しい。
ハーフの子?と誰もが思うくらいに整っている顔のパーツ、白い肌、色素の薄い瞳、細い身体、「儚い」という言葉がピッタリだ。
見た目通り、性格もおしとやかで、成績もいい。唯一苦手なのは運動くらいだろうか。
1件何も問題なさそうに見えるが、1つ不思議な部分があるのだ。

ある日、私はいつも通り彼のいる教室に入った。
彼の教室はとにかく白で埋め尽くされている。
カーテン、壁は元から白かったが、木製の机も白く塗られている。教材等を置くタンスも白い。いつ体調を崩して横になっても大丈夫なように設置されているベットも真っ白。まるで異空間。いつも気分がフワフワする。
だが今日は少し重たい雰囲気だ。
なんでだろう、と不思議に思いながらも
「おはよう!」と彼に挨拶した。
「おはよう先生」と彼は静かな声で返した。
「今日は体調どうかな?」と聞くと
「まぁまぁかな」と答えてきた。
最近は「元気だよ」と答えることが多かったから、少し不安になった。
「そっか、具合悪くなったらちゃんと言うんだよ?」と声をかけたあと、授業の準備を始めた。
着々と授業が進み、終わり間際に「ここは来週のテストに出るからしっかり覚えておいてね」と言った。
すると、「はーい。…まぁそれまで僕がここに居るといいけどね…。」と彼は暗い表情で言った。
急になんだろ、と思ったが、察しのいい私はすぐ理解が追いつき、固まってしまった。
硬直している私を見て彼は、「嘘だよ(笑)信じたの?(笑)先生簡単に騙されるね(笑)」と笑いながら言ってきた。
「んもう!そういう嘘はやめてよね!心臓に悪い!」と半分笑いながら私は言った。
「お医者さんがね、あと少しで楽になれるからねって言ってたからね、病気治るのかな」と彼は言った。その目はキラキラしていたが、奥の方になにか闇を感じた。
私は思った。あと少しで楽になれるって、違う意味なんじゃないかと。

次の日、またいつも通り授業を始めた。体調は今日もまぁまぁらしい。
「ここテスト出るよ!ちゃんと復習してね!」
私が言うと
「うん。でも字を書くのは難しいかもね~。」
と彼は言った。
「…ん?」正直意味がわからない。
いくら勘がよくても、さすがに唐突すぎて頭が回らない。
「どういうことかな…?」と苦笑しながら言うと、「んーん。なんでもない。」と彼は板書を始めた。

そう、彼の不思議な部分とは、理解し難い発言をしてくることなのだ。最初は自分の病気を自虐ネタにし、コミュニケーションを取っているのだと思っていた。しかしそれは違うのではないかと最近思うのだ。

テストの3日前、昼休みに彼と2人でお絵描きをして遊んでいた。
「珀人くん何書いてるの?」と聞くと
「何だと思う?」と聞いてきた。
「え~なんだろ…。人かな…?ん?よく見たら羽が…。天使…?」
「これはね、僕がもう少ししたらなるものなんだよ。」
この言葉を聞いて私はまた固まってしまった。もしかして……。嫌な予感がして悪寒が走った。
「見て?少し似てない?」
彼は立ち上がり、両手を広げて足をクロスした。
彼はいつも白いパンツ、白いシャツという格好をしている。それ以外の格好は見たことがない。
天使の真似なのか?憧れているのだろうか。
彼は本当に美しいため、本物のそれに見えた。
「綺麗ね……。」
あまりの神秘的な雰囲気に思わず言ってしまった。
「ありがとう。まぁ嘘だけどね(笑)」
彼はそう言うとまたお絵描きに戻った。
彼の放つ言葉は、本当に嘘かほんとか分からない。
だがあまり深読みしないようにしていた。

次の日、私はいつも通り教室に入った。
すると、そこにはいつもに増して青白い彼がいた。
「え、顔色悪すぎない!?大丈夫?具合い悪い?」と聞くと
「…先生、僕ね、天使になるよ。」
と彼が言った。
「…え?」
「なんでもない。ベットに行っていい?」
彼はベットに入った。
彼の母に連絡を入れ、彼はその日早退した。

次の日、彼は学校に来なかった。
私は病院にお見舞いに行った。
病室には彼しかいなかった。
「大丈夫?…じゃないよね。」
私は更にやせ細った彼の姿を見てそう呟いた。
今まで同じ服装でしか会ってなかったため、パジャマ姿を見て前より痩せているのをやっと目の当たりにした感じだ。
「…まで…秒」
彼がなにか呟いている。
「ん?」
と聞き返しても、ずっとブツブツ呟いている。
まるで何かにとりつかれているみたいだ。
すると急にふとこっちを見て
「先生、今までありがとう。僕、バイバイしなくちゃ。」
と彼は言ってきた。
唖然としていると、容態が急変したのか、彼は意識を失った。医師や看護師が院内を駆け回る。
しばらくすると、彼には呼吸器が繋がれていた。もうその時は近いだろう…。
彼の母も駆けつけてきた。

「珀人くん…。今までのやつ、本当だったの…?嘘だよってまた笑って…お願い…。」
涙を流しながら彼に問いかける私に、彼の母はこう言った
「この子…透視能力があるみたいなの。」
「え?」
唐突すぎて理解が追いつかない。
「物心ついた頃から、まるで未来を予測してるかのようなことを言ってきてたんです。多分先生に、自分が長くないことを遠回しに伝えてたんでしょう…。」
珀人くんをじっと見つめながら彼の母は言った。
私は泣きながら「珀人くん、本当にありがとう。あなたの先生で良かった。」
と呟いた。

数分後、彼は息を引き取った。

数日後、誰もいなくなった教室を整理していると、彼の使っていた机の中から1枚の紙切れが出てきた。広げるとなにか書いてある。

「ぼくが死ぬまであと200000秒
ぼくは天使になるんだ。
白くてきれいな天使。
どうせ死ぬなら、きれいに生まれ変わりた
い。
白いお部屋に白い服、天使っぽくなれてるか
な。
先生、僕は死んじゃうの。
あのね、ぼく、先生が大好きだよ。
もしかしたら、死んでも先生のとこに行くか
もしれない。
もし来たら合図するからね。」

読み終わった瞬間、窓も開けてないのにカーテンが揺れた。

最後の最後まで彼は不思議だった。

それはそれはとても美しい彼の戯言だった。
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