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第一部 第四章 これが私の生きる道

52・黒い山

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 一週間後――
 私たちは王都から数十キロ離れた場所に集結していました。
 魔王も天使たちも、王都の騎士団も揃っています。

「魔族軍をなんとかしてほしいのだ。報酬は思うがままなのだ。これでいいのだ」

 ――という国王様の直々の命令……お願いにより魔族軍を迎え討つべく集結したのです。

 丘の上から平地を見下ろせる場所で、じき現れるであろう魔族軍を待っているといった状況です。

「サオリ、すまなかったね。……やはり思った通り国王からの丸投げだった」
「いえ、ランドルフが謝る事でもないわ。どうせ国は何も出来ないのでしょう?」
「耳が痛いが……その通りだ」

 想像は出来ていました。あの国王が丸投げしてくるなんて、分かり切ったようなものです。

「サオリ、そろそろ魔法の使い方を教えてくれよ」
「あぅ……」

 魔王アランが急かして来ます。
 今日の今日まで私は、アランに魔法の使い方を教えてはいませんでした。

 本当に迷っていたのです。
 ノートと羽根ペンを渡したら、もう返してはもらえないのでは……と危惧していましたから。

「何度も言うようだけど、ちゃんと返してね……これは私がこの世界で生きるための生命線なんだから」
「わかってるってば! 魔法がどんなもんか使ってみたいだけなんだってば」

 やはりこの魔王は、この世界で魔法を使う事が出来ないという事でした。
 平成時代の日本から記憶をそのままに転生した高校生は、魔法の仕組みが理解出来ずに、膨大な魔力を持て余していたのです。

「学院に通ってもダメだったの?」
「ああ、全然わかんなかったぜ。オドとかマナとか言われたって分かるわけないじゃんな」

 それは私でも同じようなものでしょう。
 これまで生きてきた世界に無かったものを、感覚的に使えと言われても無理だと思います。

 私はショルダーバッグからノートと羽根ペンと、インク壺を取り出しました。

「はい、ノートには予め、最後の三文字だけ抜いた魔法の簡略文字列が書いてあるわ」
「おおっ、すげえ! 初めて見た! 象形文字っぽいけど何となく読めるぞ……深き闇、漆黒に住まう精霊の源、暗黒の原初よ、我の足元に集いし……ここ読めねえ……永劫破滅の……理の……かーーーっ! 中二病かよ!」

 アランは興奮気味にページを捲っていきます。

「どんな魔法が使えるかは、目次を見てね」
「おう。結構いろんな魔法が使えるんだな……っておいこれ!」

 アランがあるページを開いて、指を差して驚いています。

「どうしたの?」
「おいおい……まさか……『蘇生魔法』ってのまであるんですけど? これマジ?」

 ああ、そういえば『蘇生魔法』はこの世界に存在しないと聞いた事があります。
 おそらくこれは、神様の力の宿った羽根ペンだけの特別な魔法なのでしょう。

「少し時間的制限があって、掛けるのが遅いとゾンビになっちゃいますけどね」
「いや、ゾンビでも生き返るんなら凄くね? いやそれじゃ生き返ったとは言えねえのか?」

 アランパーティーの天使たち――フォウやニナもノートを覗きこんできました。

「これは……ノートの文字列よりも、その羽根ペンが……」
「ジジ様なの!」

 あ、天使たちにはバレてしまいました。
 もともとあの神様の洞窟にあったものです。この天使たちが羽根ペンを知っていてもおかしくはありません。

「てかマジで『蘇生魔法』なんて天使でもサーラでも使えねえぞ。すげえな」
「でもアランは一度生き返ったのではなかったの?」

 魔王アランは今のアランの意識として生まれる前は、元々この世界で生きてきた違うアランという存在だったと聞きました。
 つまりこの世界のアランが死んで生まれ変わったのが、今の前世の記憶を持ちこしてきたアランなのです。
 アランが死んで生き返った瞬間に、日本のアラキシンゴという少年の記憶が蘇ったとも言えます。

「俺の場合はサーラが『魔王の因子』ってやつを俺に移植して無理やり蘇生したっていう裏ワザだからな。『蘇生魔法』ってワケじゃないんだよ。おかげで生き返ったのはいいが魔王になっちまったけど」
「ゾンビじゃなくてよかった……とも言えないわね。魔王の宿命を考えると」

 『蘇生魔法』のページを暫く見つめていたアランは、渋い顔になっています。

「やっぱりやーめた」
「え?」

 ノートを私に放り投げてきました。

「それってさ、その羽根ペンが無けりゃ意味ないんだろ? だったら俺がいくら魔法が使えたとしても羽根ペンをアンタに返したらもう魔法使えない子じゃん」
「それは……そうだけど」
「そのペンを使ったって魔法の仕組みが分かるわけじゃないんだろ? ちょっと使わせてもらって味をしめた所で、二度とまた使えないなんて何の罰ゲームだよ。俺は日常的に魔法を使いたいんだよ。だいたい俺のこの溢れる魔力を使わない魔法なんて意味もないじゃん……って今思った」

 アランが羽根ペンをちゃんと返すつもりだった事に少し驚きましたが、私もこれを彼にあげるわけにはいきません。

「じゃあ……いいのね? 魔族はどうするの?」
「ああ、いい。……魔族はサーラにでもやってもらう。二十万程度の軍隊ならサーラの極大魔法一発で終わりだ」

 やっぱりサーラの魔法は、アランにとっても頼りになるものみたいです。
 
 それにしても二十万の軍隊を魔法一発で? この星がどうにかなってしまわないのかしら。

 そのサーラが口を開きました。

「アラン様……敵はどうやら二十万の軍隊では……なさそうです」
「どういう事だ?」

 サーラは杖を少し掲げて、目を瞑っていました。
 どうやら何かの魔法を発動させているようです。

「今……索敵魔法を……でも……敵は……一人です……いえ、ひとつ? 一匹?」
「一匹だって?」
「もうすぐ、見えます」

 サーラの言葉が終わって少ししてから、かなり離れた大地にその影が現れました。
 それはまるで山ひとつが移動しているかのような、巨大な物体でした。

「あれは……何!?」

 おそらく数キロは離れているはずなのに、黒くてもの凄く大きなものが少しずつこちらに向かっているのが分かります。

「スライムですね」

 カーマイルが私の隣に来て、手をかざしながら目を細め、目標を確認しています。

「スライムですって? それってつまり……」
「ローランドか!?」

 ランドルフも思わず身を乗り出して、声を荒げます。

「そんな……でも、何故あんなに巨大化しているの?」
「考えられる事は、スライム化して吸収能力を得た……のではないでしょうか」
「まさか、二十万の魔族を!? 吸収した!?」

 やがてその姿もはっきりと、視認できるようになりました。
 真っ黒で巨大なスライムです。
 大きさは……本当に山のようでその高さがどれくらいなのかも計りかねます。
 
「あれじゃここまで来るのにまだ時間掛かるな。サーラ、行けるか?」
「少し遠いですが……やってみます」

 アランが訊ね、サーラが答えます。
 この距離で魔法が届くというのでしょうか。

「大魔導師の杖よ……お婆様の形見よ……そして竜の子ルルの化身よ……輝け!」

 サーラが杖を天に掲げると、先端に埋め込まれている真っ赤な石が輝き始めました。
 その燃えるような赤は次第に輝きを増し、杖の周りに激しい風の渦を巻き起こし、炎よりも赤い真紅が渦巻いています。

 予備動作と呼べるものは、たったのそれだけでした。
 ただ杖を掲げただけ――そして無詠唱。

 次の瞬間には黒く巨大なスライムの上空に、更に黒い――漆黒の闇が出現していました。

「えいっ」

 サーラの控えめな掛け声と共に、上空の闇がスライムに襲い掛かります。
 黒い巨大な山を、さらに巨大な闇が覆い、そして――

「あれ?」
「ん?」
「え?」

 ――何も起きませんでした。

「すいません。駄目だったようです……ちょっと距離が離れすぎていたかもしれません……」

 申し訳なさそうにサーラが謝ります。

「まあいいさ、もう少し近づくまで待つとしようか」

 ――それから三時間、待ちました。

 そこで私は聞いたのです。
 真っ黒で山のように巨大なスライムの、怨嗟に満ちた声を。
   

 
 
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