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第一部 第四章 これが私の生きる道

47・私の魔法

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「俺は呼ばれてないっぽい?」

 ピシッ! と私の隣で空気が裂けると、突然現れた人影が話しかけてきました。
 転移魔法!?

「あ~、ごめんな。来るのちょっと遅かったっぽい?」
「魔王!?」

 魔王アランとその取り巻き――天使二人とサーラまで居ました。
 
「はいはい、魔王ですよ~。とりあえず説明は後だ。アレをればいいのか?」
「そ……それは……」

 スライムを指差す魔王。
 それを殺すと言われても、私はもう駄目だとは言えません。

 あれのせいで……いえ、私のせいで、カーマイルもラフィーも傷つけてしまったのです。

 私の返事を待たずに、魔王は青い髪の天使に指示をします。

「フォウ、やっておしまい」

 魔王のその一言で、青い髪の天使――フォウの姿が光り輝きます。

「ニナ、五秒です」
「なの」

 フォウが詠唱を唱え始めました。
 普段詠唱など必要としない天使が詠唱を!?

 おそらく五秒とは、それを唱え終えるまでの時間なのでしょう。

 金髪の天使がスライムに突進します。
 それに合わせてスライムの触手が――ああ、駄目です。それに触れたら天使でも溶けてしまうのです。

 触手が金髪の天使――ニナの右腕に触れて、その腕を溶かしました。
 ニナの左手が、風……でしょうか? ――の魔法を発動、触手を切断します。
 
 私は目を見張りました。
 溶かされた右腕が次の瞬間にはもう、綺麗に元に戻っていたのです。

「復元した!? 回復魔法!?」
「ニナの無詠唱の回復魔法があれば無敵だ。そしてフォウの詠唱アリの極大魔法もな……五秒だ」

 フォウは狭い洞窟内の空中に浮いていました。
 ――両手を広げて、青い髪を巻き上げて。

 彼女の閉じていた目が開かれた時、世界が真っ白に染まりました。

 ニナは既にスライムから離れています。

 光がスライムを包み、少しずつその体を分解して蒸発させて行きます。

 縦に横にと体を変形させながら、足掻くスライムはさらに触手を飛ばしてきました。
 その数、数十本! すべてアランに向かって!

「無駄だ」

 触手がアランに辿り着く事はありませんでした。
 すべての触手が、アランの体に触れるか触れないかの所で、消えてしまったのです。

「魔王の、絶対……防御」
「便利ですよね……あれ」

 気付くとサーラが私の傍に居て、私の血だらけの腕に杖を向けていました。

「えいっ」

 瞬時に治る私の腕。――それも無詠唱で、とてつもなく早い効果です。
 激痛が綺麗さっぱりと消え去りました。
 さっきまでの頭痛や息切れ、目の霞みなどの症状もすべて無くなったのは、失くした血液さえも再生されたのでしょうか。

「あ、ありがとうございます……」
「いえいえ……ではあちらの天使様も治してきますね」

 使う者が限られるという、『回復魔法』持ちが二人も居る魔王パーティー……やはり侮れません。

 静々と二人の天使に向かうサーラ。そして――

 そして視線をスライムに戻した時には、すべてが終わっていました。

 真っ白に輝いていた洞窟内は、いつの間にか元の暗闇に戻り、スライムは跡形もなく消え去っていました。

「ちなみにサーラの回復魔法は、天使のそれよりレベルが高いんだよ。まあ大魔導師の杖の性能もあるけどな。ほら、服まで再生されてるだろ」
「ラフィー! カーマイル!」

 目を覚ましてはいませんが、その体は元の天使の姿に綺麗に戻っていました。
 服まで再生させるというのは、私の羽根ペン――神様と同じレベルの魔法ではないでしょうか。

「あ、ありがとう……」
「どういたしまして! 驚いたろ?」

「カカカ」と得意げに笑う魔王アランですが、何故ここに居るのでしょう。
  
「どうして?」

 身も心も疲れ切ってしまって、どうしても言葉が短くなってしまいます。

「どうしてここに居るかって? しかもアンタのピンチの時にタイミングよく」

 アランは腰に手を当て、ふんぞり返って偉そうにしながら、不敵な笑みを浮かべます。
 十歳の容姿でそれをやるとまるで、ただのいたずらっ子のようです。

「アンタを一応マークしてたんだよ。ほら、先日アンタの天使を半殺しにしちゃっただろ? 天使を二人も連れてるヤツに逆恨みされても困るしな。実際こないだはイチャモンつけられたし」

 イチャモンとは、フォレスと合体して会った時の事でしょう。
 その時は危険を感じて、逃げるようにして帰ったのですが。

「マークって……どうやって」
「サーラの魔法でアンタにマーキングしてたのさ。その魔法は天使にもバレないって実証済みだ」

 でも、転移魔法は――

「でも、転移魔法は一度行った場所にしか行けないんじゃないの?」

 素直に疑問をぶつけました。

「普通はな。だがサーラのマーキングは対象が居る場所へと転移も出来るのさ。どうだ? 凄いだろ?」
「それにしても……タイミングが良すぎるけど」

 アランは右手の人差し指を立てて、チッチッチとやっています。

「ただのマーキングじゃねぇからな。サーラの魔法の凄い所は、マークしたやつの視界とリンクさせて映像を映し出せる。まぁピンチの場面を見たのはたまたま・・・・だったけどな」

 それを聞いた私は絶句します。
 それって……それって……私の見たものすべてが、覗かれていた?

 今回はたまたま・・・・みたいに言っていますけど、よっぽど頻繁に覗いていなかったら、こんなピンチの場面に遭遇する事なんてないのではないでしょうか。

「なんですって? それって……こ、この……この」

 怒りが……ふつふつと沸いてきました。

「この? なんだ?」
「ストーカー!」

 思わず聖剣を振り回していました。

 ピキィィン! ――アランの体の手前で聖剣が火花を散らします。

「おいマジかよ! 跳ね返せねえ! てかそれエクスカリバーじゃねぇか!」

 聖剣は跳ね返されなくても、アランの体に触れる事もありませんでした。
 そしてどうやら、アランはこの剣を見てエクスカリバーだと分かるようです。

 フォレスが眠って居るという事もあって、剣を振れるのは今ので最後みたいです。
 もう持つ事もきつくなって、手から放してしまいました。
 
 ゴンッ! と重量感たっぷりな音を響かせながら、岩の床を砕いてその破片が飛び散ります。

「あっぶね! 本当にそんなもん持ってたのかよ!」
「私、勇者ですから」

 地に転がった聖剣を見つめつつ、アランが呆気にとられた顔をします。

「はあ? ちょっとよくわかんねーな」
「魔王が出現したら、勇者が一年以内に倒さないとこの世界が滅ぶのです。知っていましたか?」

 もしかしたらこの魔王はその事を知らないのではと思い、訊いてみたら案の定の反応が返ってきました。
 アランが本気で驚いた顔になったのです。

「一年? 全然知らねえ……でも何でアンタが勇者にならなきゃならねぇんだよ? 俺と同じ日本人のくせに、俺を倒そうってのか?」
「そんな気は……ありませんけど……勇者になったのは成り行きですし……」

 この魔王はやはり、『一年ルール』を知らなかったようです。
 だから呑気に学園などに通っていたのでしょうか。

「まあそこら辺は後でうちの天使どもに訊くとして……で、何で戦闘の経験も無さそうなアンタが、こんな場所に居るんだよ。聖剣の試し斬りか?」
「まあ……そんな所です」

「いくら聖剣持ってたって、アンタみたいなのが首突っ込んで無事に済む世界でもないだろ」
「あぅ……」

 確かにそこは猛省している所なのです。
 今回天使を二人も連れていて、こんなピンチになる事など想像もしていなかったのですから。
 依頼をしてきたランドルフも、まさかと思う事でしょう。

「今回はたまたま俺が覗いてたから助けにも来れたけど、無茶はしない方がいいぜ」
「……はい」

 ストーカーに説教されてしまいました。
 何も言い返せません。

「魔王……?」
「カーマイル!」

 カーマイルが目を覚ましてアランを見ていました。
 
「ごめんね、カーマイル……私、馬鹿だった」
「馬鹿なのは知っています。それよりも、何故魔王がここに居るのですか」

「よう! 天使。俺様がおまえらを助けてやったんだよ。感謝して」
「そうなのですか? サオリ」

 まったくもってその通りなので、素直に言います。

「うん。転移してきて助けてくれたの……それは本当よ」
「へー。そうなのですか」

 私の言葉には特に関心も無さそうに、まだ目を覚まさないラフィーに視線を移すカーマイル。

「ラフィ―も治ってますね。これはサオリが? インクも無いのにどうやったのです?」
「いえ、サーラさんが治してくれたのよ。服まで再生出来る回復魔法で」

 服まで再生出来ると聞いて、カーマイルの眉がピクリとします。
 神様と同じレベルの魔法と知って、天使なりに思う所もあったのかもしれませんが、それだけでした。

「まあいいでしょう。スライムは倒したのですね? ではとっとと帰りましょう」
「そうね、カーマイル。……スライムの正体は分からなかったけど、一度帰りましょうか」

 洞窟の外には馬車を停めてあるのですが、どうせならその馬車ごと転移でさっさと帰りたい所です。
 ですが、このままでは転移魔法は使えません。

 また自分の血をインク代わりになんて、ちょっとやりたくないです。
 痛いのは嫌いです。

「誰かインク……なんて持っていませんよね?」

 魔王パーティーの面々を見回しましたが、都合よくインクなど持ち合わせている人も居そうにありません。

「インクってあれか? アンタ確かノートに何か書いて転移魔法使ってたよな。そのためのインクか?」
「はい。……そうですけど」

「帰るだけなら俺らが転移で送ってやる。だけど――」
「だけど?」

 アランが微かに薄ら笑いを浮かべました。
 とっても嫌な予感がします。

「まず、助けたお礼をしてもらおうか」
「お礼ですか……そうですね。助けてもらったし……何をお礼すればいいですか?」

 お礼をする事自体は吝かではありませんが、この胸騒ぎは何でしょう。
 この場からすぐにでも逃げ出したくなりました。

 アランは更に口角を上げ、悪魔のような――いえ、魔王の貫禄で威圧してきました。
 魔王の笑みを浮かべたまま、私に向かってゆっくりと口を開きます。

「アンタの魔法を、俺に教えてくれよ」

 ――そうきましたか。

  
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