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第一部 第一章 混沌の世界

19・そして私は途方に暮れる

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 洞窟の部屋の、岩の壁の一か所にだけ、扉があります。

 私はラフィーと一緒に扉を抜けようとしたその時、またしても光の収束現象が起きました。
 ミシェールが戻ったのかと思いましたが、また違う少女が降り立ちます。

 その身長を越えた長い金髪は、床に流れるように垂らし、天使の共通点なのか、青い瞳を私に向けました。

「私は第五天使カーマイル。あなたにこれを渡しておきます」

 手にしているのは手紙でしょうか。
 小さく折り畳まれた紙を一枚、差し出してきました。

「これは?」
「天使の羽根ペンはあなたに差し上げます。これにその使い方が書いてあります。神ジダルジータ様からの贈り物だそうです」

 羽根ペン! すっかり忘れていました。

 返す事になるかもしれないと、今持っているショルダーバッグの中に入れてあるのを思い出しました。

「羽根ペン……貰えるのですか?」
「はい。神ジダルジータ様がそのようにおっしゃっています。どうぞそのままお持ちください」

 受け取った紙切れを広げると、一瞬見た事もない文字が見えたのですが、すぐに私の知る日本語――漢字と平仮名の文字へと変化しました。
 ここでも謎変換が作用しているようです。

 『お品書き――』

「ちょっとこれ、献立でも書いて――」

 最初の一行に反応して、これを渡してくれた天使に視線を戻すと、……既に居ませんでした。

「もう居ないし……天使ってみんなマイペースなの?」

 私はフゥと溜息を一つつき、紙切れに書かれた文字を読み始めました。



  ◇  ◇  ◇



「本当に着いた!」
「こーな!」

 お品書きに書かれていた『転移魔法陣・簡略文字列版』を天使の羽根ペンを使って実践したら、本当に転移出来てしまいました。

 私とラフィーは今、洞窟からコンビニに瞬間移動して来たのです。

「すごい……」

 私はすぐにノートを開き、この簡略文字列に元の世界の自宅住所を記入してみました。

 ――私は次の瞬間には自宅の自室に……という事にはなりませんでした。

「この世界限定か……。神様も戻る方法を考えておくって言ってたし、そんなに簡単な事ではないのね」

 この魔法の文字列は、見た事もないとても複雑な文字の羅列ですが、貰ったメモを見ながらなんとか書けます。
 どういう文字かというと、――あ、『禁則事項』らしいので秘密です。

「こーな」
「はいはい。待っててねラフィー」

 ウォークインで冷えたコーラと、私の分のミルクティーを手に取り、バックルームの椅子に座って待つラフィーの元へと戻ります。

「数に限りがあるから、大事に飲んでね。ラフィー」
「うん。こーなだいじ」

 瞳をキラキラさせて、コーラを受け取るラフィーの姿はもう……可愛すぎて……なんて言っていいのか……天使です。
 語彙力のない私は、天使の事を天使としか表現できないようです。
 
「可愛いなぁ……」

 いやいや、目を覚ませ、私! 
 このお店の結界が無くなった元凶は、この子じゃないですか。
 
 ペットボトルのミルクティーの蓋を取って、一口飲みます。
 この『午後から紅茶・ミルクティー』(略して午後ティー)は私のお気に入りです。

「でも、ラフィーが居れば、安全……よね?」

 クラーケンみたいな魔物が来てもラフィーは対抗出来るのでしょうか。
 もし大物の魔物でさえ、どうにでもなるようでしたら――

「可愛い分、お得じゃないですか」

 コーラのペットボトルを、両手で持ってコクコク飲んでいるラフィー。

 この可愛い生き物を私はじっと見つめました。
 椅子に座っているラフィーに、体を屈めて目線の高さを合わせ、大きなブルーの瞳を覗きこみます。

「ねえ、ラフィー」
「ん? げふっ」

 炭酸飲料のせいで、げっぷをする天使も可愛いです!
 いえ、そんな事よりも。――私はこの子にお願いがあったのです。

「あのね、ラフィー。えっとね。えっと……」
「なあに?」

 私は思い切って口にしました。

「私の事……『おねえちゃん』って呼んでみて!」

 私は一人っ子なのです。
 前から、可愛い弟か妹が欲しかったのです。

 天使の子を妹設定にしようというのも、どうかと思いますけど、こんな可愛い子、妹にしないでどうすると言うのでしょうか。

「おねえちゃん?」
「あうっ」

 眩暈がしました。――可愛すぎて。

「も、もう一回言って」
「おねえちゃん」

「ラフィー!」

 思い切り抱きしめました。

「今日からあなたは私の妹よ? 分かった?」
「ん?」

 本人はよく分かっていないようですけど、この際どうでもいいです。
 これからゆっくりと調教すればいいのです。

「これからは私の事は、おねえちゃんって呼ぶのよ? いい?」
「んー?」

「そう呼ばなければもうコーラは無しよ」
「おねえちゃん!」

 よし!

 心の中でガッツポーズを決めます。
 超絶可愛い妹ゲットよ!

「いい子ね、ラフィー。お姉ちゃん嬉しいわ」
「ん?」

「コロッケ食べる?」

 怪訝な表情が途端に笑顔になって、コクコクと頷いています。

 か、……可愛い……私の妹。

「待っててね、すぐに作るから」

 私は業務用冷凍庫からコロッケの入った袋を取り出し、フライヤーの所に行きます。

 私たちが転移して出現した場所は、バックルームでした。店内の様子はまだ確認していません。

 そういえば私はいったい何日の間、お店を空けていたのでしょう。
 何の気なしに、フライヤーの位置から右側――お店のカウンターの方に視線をやりました。

「え?」

 もの凄い違和感が私を襲います。
 
「どうして?」

 カウンターに出ました。
 店内を一望します。

「どういう事?」

 違和感どころではありません。

 私は元の世界に戻ったのかと錯覚しました。

 すぐに外に視線をやれば、そこには昼間の草原の景色が広がっています。
 ――異世界のままです。
 
 変化は店内だけのようです。
 その変化とは――
 
「お店が……綺麗になってる!」

 荒れに荒れていた店内は、ものの見事に元の綺麗な店内へと戻っていました。
 散らかっていた商品は跡形もなく、何故か綺麗さっぱり消えていました。
 
 空っぽの棚が綺麗な状態で整列しています。
 エリオットがよく座って寄り掛かっていた、破壊されたお弁当の陳列棚も、新品同様の状態で収まっていました。

「神様の仕業?」

 綺麗な状態の店内を見ても、私は喜べませんでした。
 逆に、背筋に悪寒が走ります。

 嫌な予感しかしません。

 バックルームに戻り、羽根ペンの使用方法が書かれている、折りたたまれたメモを開きました。
 全部は読んでいませんでした。

 『お品書き』と書かれたメモを、流し読みで最後まで目を通しました。

 最後の最後に書かれた文字に、目を見開きます。
 
「なんて事……」

 最後の方に書かれていた文字は――

 『回復魔法』
 その次に――

 『蘇生魔法』
 最後の最後に――

 『結界魔法』

 本日二度目の眩暈に襲われます。

「これって……」

 新装された店内、そしてただの人間である私に、過保護チートとでも言うべき魔法の羽根ペン。

 出来ないと思っていた『結界』の魔法。
 天使|(おそらく最強)の護衛付き。

 神様がここまでしてくれる理由を考えて、私は愕然としました。

 だって……だって。
 これって、そういう事なのですか?

 私、……私……。

「帰れないのかもしれない」

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