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第一部 第一章 混沌の世界

5・ポイントカードはお持ちですか?(あったら怖い)

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 コンビニで扱う商品を発注するための、DOTという端末があります。
 タブレット型でタッチパネル方式になっています。

 バックルームで何気なくそれをいじっていたら、見慣れない商品がありました。


『レッサー・ヒール・ポーション 0/99』
『ノーマル・ヒール・ポーション 0/99』 
『ハイ・ヒール・ポーション   0/99』

『レッサー・キュア・ポーション 0/99』
『ノーマル・キュア・ポーション 0/99』
『ハイ・キュア・ポーション   0/99』


「これは!?」

 先日の三人パーティーの方が言っていたやつではないでしょうか。回復薬ですよね、きっと。
 発注出来ちゃうのでしょうか。これによると、最大発注数は99までとなっています。

 でもヒールとかキュアとかって何でしょう。
 DOTには商品詳細というボタンがあります。押してみます。

 レッサー・ヒール・ポーション
 体力回復・弱

 レッサー・キュア・ポーション
 毒治療・弱

 なるほど、ポーションの種類が違う事が分かりました。
 発注数を入力してみました。すべて最大数の99にしてみます。

 入力を終えたら、DOTの画面をメインメニューまで戻します。
    
 その状態でストコンストアコンピューターに繋がる充電スタンドに差し込みます。
 これでDOTからストコンに情報が送り込まれます。

 ストコンのモニターはいつもの画面ではなくなっていました。
 いろいろと文字化けをおこしていて、読める所がほとんどありません。
 
 しばらくモニターを眺めていると、やがて発注送信のボタンだけが読めるようになり、有効になりました。
 押します。発注、送信、確認。
 ――送信中。

 このコンピューターはいったいどこへ情報を送信しているのでしょうか。

 やがて送信も終わり、発注は完了しました。

「まさか、ね」

 まさかとは思います。
 これが元の私の世界に送信されたとは思えませんでした。それに商品が私の世界の物ではありません。

 私の世界の今までの商品も、DOTには表示されていましたが、それはグレーの色で色分けされ、発注数を入力できない状態になっていました。

「これでポーションが届いたら、笑っちゃう」

 どうせなら日用品が発注できたらよかったのに、と思いました。
 店内にあった私にこれから必要そうな物は、既に回収してあります。

 生理用品とか、トイレットペーパーとか、下着類とか、身の回りのものすべて。
 消耗品はやがて無くなります。その後どうするかも考えなくてはなりません。

「お風呂、入りたいな」

 キッチンでお湯は出ます。でもお湯を溜めるスペースなんてありません。
 売り物だったハンドタオルをお湯にひたし、体を拭く事くらいしか出来ません。

 そんな事をバックルームでひとり、下着姿になってやっていると、むなしくなります。
 防犯カメラはバックルームにも設置されていて、専用のモニターに私の姿が映し出されています。
 
 録画もされています。
 この映像を見る者が私だけだからいいようなものですが、カメラが向けられているのは気持ちのいいものではありません。
 後で三脚を使って、カメラの向きを変えておきましょう。

 防犯カメラのモニターは、すべてのカメラの映像を分割して、同時に再生しています。
 そのひとつの、お店の扉付近を映すカメラに、ランドルフが現れました。

「もうそんな時間なのね」

 すぐに入店を知らせるチャイムが鳴ります。私はカウンターに出てランドルフを迎えました。

「いらっしゃいませ。ランドルフ、こんばんは」
「やあ、サオリ。今日は何もなかったかい?」

 私はポーションの事をランドルフに伝えました。

「それでポーションは入荷するのかい?」
「わからないわ。まさかとは思うんだけど、ポーションが表示されたという事実が、私を半分信じさせてるって感じ」

「もし入荷したら、うちに優先して売ってくれないか? 王都では今、ポーション不足なんだ」
「そうなんだ? それはもちろん構わないわ。入荷したらだけどね」

 一見、仲良さげに会話をしていますが、私とランドルフはカウンター越しです。
 そして私はお店の制服を着ています。
 
 ここは店内、私の職場なのです。そういう意識が、私のプライベート感覚を許しませんでした。
 お店でイチャイチャなど言語道断なのです。

「ちゃんと食事はとれているのかい? サオリ」
「うん、一応。何だか脂っこいのばっかりだけどね。そうだランドルフ、うちのから揚げ食べてみる?」

 私は冷凍庫から、から揚げの入った袋を取り出し、フライヤーに五個並べました。
 モードB、二番のボタン。五分。

 専用の紙の容器を組み立てます。折りたたまれているそれは、から揚げを入れるための折り紙容器なのです。
 底を広げ、表裏四か所に折り目をつけ立体的にし、楊枝を刺す部分を開け、蓋となる部分に折り目を入れる。
 ベテランの私のこの作業は、滑らに、流れるように、速いのです。

 このフライヤーもいつまで使えるだろう。油が切れたら終わりです。

「はい。おまたせしました。その楊枝を刺して食べるのよ」

 ランドルフはそれを受け取り、楊枝をから揚げに刺し、一口に口に入れました。

「熱っ」
「揚げたてだもの。気を付けて」

「でも美味いな、これ。味付けがいい」
「揚げたては何でも美味しいのよ」

 するとランドルフは懐から硬貨を出してきました。

「これで足りるかい?」
「……」

 私はサービスのつもりで出しました。
 でもランドルフのその姿を見て、固まってしまいました。

 別にお金なんていらない、でもそのやり取り、その行為が、私にはとても重要な気がしました。
 私の体に染みついたもの、それを行う事でどれだけ心が落ち着くでしょう。どれだけ心が安らぐでしょう。

 私はレジのタッチパネルで、から揚げ五個を呼び出し、タッチします。

「二百十六円です。お客様」
「じゃあこれで」

 お金を受け取り、レジに放り込みながら――

「ポイントカードはお持ちですか?」

 ――ランドルフに訊きましたけど、首をかしげています。そりゃそうですよね。

 レジから吐き出されるレシートを両手に持ち、お客様に捧げるように持って差し出します。
 お釣りが出なかった所をみると、等価の判断をこのレジはしたらしいです。

「二百十六円丁度のお預かりですね。レシートのお返しです。ありがとうございます」
「ああ、ありがとう」

「またお越しくださいませ」

 両手を前に揃え、静かに軽くお辞儀をします。

 私はこの一連の動作を、心をこめてやり遂げました。
 私の日常だったそれは、今はもう違う世界のものです。

 この世界にだって色々なお店もあるだろうし、その売買のやり取りも当然ある事でしょう。

 でもこのお店で、この制服を着て、このマニュアル通りにする挨拶は、ここだけのものなのです。

 私もこの先また、違うお客様に違う商品をお渡ししているかもしれません。
 でもそれは、この世界での行為なのだと思います。

 ポイントカードなんて尋ねる事もないでしょう。
 レシートなんて渡す事もないでしょう。

 だから今、このランドルフにした行為が、私の本当の意味での最後の接客だったのかも知れないのです。


「本当に、ありがとうございます。お客様……ランドルフ」

 私は涙を浮かべ、心をこめて……心の底から感謝するのでした。

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