10 / 11
あかいこおり 【ざまぁ回】
しおりを挟む
賊達は町中を駆け抜けていた。道行く町民を突き飛ばし、憲兵の静止を振り切り、馬車の間をすり抜けて、街の中央へ駆け抜けていく。
やがて、地下水路の入口が見えてきた。左右を大型ゴーレムに守られている。まるで迷宮の入口のような水路だった。
彼らは息を弾ませつつ安堵した。水路の中に逃げ込めば憲兵も振り切れる。中で装備を脱ぎ捨てても良い。それだけで追跡は困難になるだろうと。
空気そのものにヒビが入るような。強烈な破砕音を、その耳に捉えてしまうまでは。
「なっ……!?」
一瞬で水路の入口に、空を目指すようなつららがせり上がってくる。同時に周囲の気温が一気に下がり、濃い水蒸気で、見通しがきかなくなった。
揺らめく白煙の向こうから、コーン。コーンと音が響く。分厚い氷の上に、高いところから石でも落とすような音が響く。角持つ巨体が揺らめいて、威嚇するような生暖かい息遣いが聞こえる。
賊たちは生唾を飲み込んで、湾刀を2対抜き放った。煙が風に晴れていく。
過剰なまでに爛々とした血走る紅い目。凍りついた地面を、苛立たちげに先端で叩く長い尾。眉間に刻む激怒の皺と、鋭い鱗を頬と尾に逆立て、悪魔のような翼と角持つタロッキが現れた。
彼女は賊を紅い目で見定めると、思いっきり深く深く息を吸い込み始めた。
「しまっ……!」
「ゔぁおぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」
まだ成人前の幼いノドだ。それでも叫びは街中に響き渡り、辛うじて凍りついていない氷水をしぶきに変え、水路中に叫びは反響して、賊2人はとっさに耳を塞がざるおえなかった。
「くそっ……お前は退路を確保しろぉ!」
「あ!? あんだって!?」
残念ながら彼は耳を激音で潰されて、もう満足に聞こえていなかった。返事を待たず、賊はタロッキに襲いかかる。
体格差は大きい。一見幼い容姿だが、細く見える腕は強盗の太腿よりもなお太い。彼は決してニンゲンの中で小柄では無かったが、それでも背丈が頭1つ以上違う。だが彼には後が無い。1歩、2歩と踏み込んで、3歩目は足が動かなかった。
「ぐるるっ……!」
「な……ぎゃっ!?」
足元はいつの間にか凍りついていた。そのまま無防備な脇腹を、太く長い尾で吹き飛ばされる。壁にしたたかにぶつかり、何故か彼は、そのまま壁に張り付いてしまった。
「な、なん……あぁあ!?」
剣山のような氷が、びっしりと壁を覆っている。賊はまるで標本の虫のようにされ、氷は流れる血液ごと啜り上げ、手足で触った所からジワジワと凍り付き始めた。
「ドゥイムティ クウル、フディンーツン!」
「ち、ちくしょお! すまん!!」
最後に残った賊は、半泣きになりながら筒状の物を取り出すと、何かを押し込み、振り返って水路の入口に投げようとした。
「ウワン・スプンエディ」
「え。あぁ……!」
賊の耳元でスパッ、ポトリと間抜けた音がした。手元からタロッキまで、細いつららが鋭く伸びている。頼みの綱の爆弾が、水路に落ちて流されて行った。
◇
「いたぞ!」
「タロッキちゃん!!」
グリンに2人で乗って咆哮の発信源を探索すると、すぐにタロッキは見つかってくれた。最速でドラクーンの憲兵も駆けつけてくれたようだった。
「ご両親様でありますか!?」
「違いますが、保護者です!」
「おお、それは。此度、犯人の捕縛協力。誠にありがとうございました!」
「…………へ?」
「トゥイトゥ、ワエオグアティ ウティ プディイプンディルヤ. プディエウスン! エムドゥ プディエウスン!」
「わ! もう……」
憲兵の敬礼に驚いていると、タロッキが何か言いながら姫さんに抱きついてきて、自慢げに水路の向こうを指差した。
彼女が示した壁には、見覚えのある強盗たちが気絶して、四肢を張り付け凍り付けされている。
姫さんがグリンから降りて、氷の壁をまじまじと観察し始めた。俺もグリンが睨んでくるので降りた。
「タロッキ。お前がやったのか?」
「ヤンエア。トゥンルティ ウティ ムイバ?」
「あれ、おかしいでありますな。この氷、妙に砕けないであります」
憲兵さんが犯人を引っ剥がそうとしたが、上手く氷は外れなかった。無理に引っ張ろうとすると、身体ごと傷つけてしまいそうだ。
「…………これ、魔法じゃないですよ」
監察していた姫さんが、杖でペシペシ叩いたり、杖先に魔力を集中して氷を操作しようとしたが、氷はピクリとも動かなかった。
「トゥンルティ, グイ エバエヤ」
タロッキが近づくと、あっという間にドロドロと溶けて水になった。奇妙な事に、溶けたのに湯気の類はまったく立ち上がっていない。水はタロッキの足元に、花嫁のヴェールのように模様を描いて佇んでいる。
「物理的な変化じゃないのか……?」
「「バエティンディ イフ ブエティールン」トゥヤ プエディティムンディ!」
「綺麗……」
得意げに胸を反らして、彼女は水を両手で掬い上げて方ってみせた。日の光を珠と反射し、魔力すら使わず変化していく不思議な水に、俺達はしばらく魅入られていた。
やがて、地下水路の入口が見えてきた。左右を大型ゴーレムに守られている。まるで迷宮の入口のような水路だった。
彼らは息を弾ませつつ安堵した。水路の中に逃げ込めば憲兵も振り切れる。中で装備を脱ぎ捨てても良い。それだけで追跡は困難になるだろうと。
空気そのものにヒビが入るような。強烈な破砕音を、その耳に捉えてしまうまでは。
「なっ……!?」
一瞬で水路の入口に、空を目指すようなつららがせり上がってくる。同時に周囲の気温が一気に下がり、濃い水蒸気で、見通しがきかなくなった。
揺らめく白煙の向こうから、コーン。コーンと音が響く。分厚い氷の上に、高いところから石でも落とすような音が響く。角持つ巨体が揺らめいて、威嚇するような生暖かい息遣いが聞こえる。
賊たちは生唾を飲み込んで、湾刀を2対抜き放った。煙が風に晴れていく。
過剰なまでに爛々とした血走る紅い目。凍りついた地面を、苛立たちげに先端で叩く長い尾。眉間に刻む激怒の皺と、鋭い鱗を頬と尾に逆立て、悪魔のような翼と角持つタロッキが現れた。
彼女は賊を紅い目で見定めると、思いっきり深く深く息を吸い込み始めた。
「しまっ……!」
「ゔぁおぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」
まだ成人前の幼いノドだ。それでも叫びは街中に響き渡り、辛うじて凍りついていない氷水をしぶきに変え、水路中に叫びは反響して、賊2人はとっさに耳を塞がざるおえなかった。
「くそっ……お前は退路を確保しろぉ!」
「あ!? あんだって!?」
残念ながら彼は耳を激音で潰されて、もう満足に聞こえていなかった。返事を待たず、賊はタロッキに襲いかかる。
体格差は大きい。一見幼い容姿だが、細く見える腕は強盗の太腿よりもなお太い。彼は決してニンゲンの中で小柄では無かったが、それでも背丈が頭1つ以上違う。だが彼には後が無い。1歩、2歩と踏み込んで、3歩目は足が動かなかった。
「ぐるるっ……!」
「な……ぎゃっ!?」
足元はいつの間にか凍りついていた。そのまま無防備な脇腹を、太く長い尾で吹き飛ばされる。壁にしたたかにぶつかり、何故か彼は、そのまま壁に張り付いてしまった。
「な、なん……あぁあ!?」
剣山のような氷が、びっしりと壁を覆っている。賊はまるで標本の虫のようにされ、氷は流れる血液ごと啜り上げ、手足で触った所からジワジワと凍り付き始めた。
「ドゥイムティ クウル、フディンーツン!」
「ち、ちくしょお! すまん!!」
最後に残った賊は、半泣きになりながら筒状の物を取り出すと、何かを押し込み、振り返って水路の入口に投げようとした。
「ウワン・スプンエディ」
「え。あぁ……!」
賊の耳元でスパッ、ポトリと間抜けた音がした。手元からタロッキまで、細いつららが鋭く伸びている。頼みの綱の爆弾が、水路に落ちて流されて行った。
◇
「いたぞ!」
「タロッキちゃん!!」
グリンに2人で乗って咆哮の発信源を探索すると、すぐにタロッキは見つかってくれた。最速でドラクーンの憲兵も駆けつけてくれたようだった。
「ご両親様でありますか!?」
「違いますが、保護者です!」
「おお、それは。此度、犯人の捕縛協力。誠にありがとうございました!」
「…………へ?」
「トゥイトゥ、ワエオグアティ ウティ プディイプンディルヤ. プディエウスン! エムドゥ プディエウスン!」
「わ! もう……」
憲兵の敬礼に驚いていると、タロッキが何か言いながら姫さんに抱きついてきて、自慢げに水路の向こうを指差した。
彼女が示した壁には、見覚えのある強盗たちが気絶して、四肢を張り付け凍り付けされている。
姫さんがグリンから降りて、氷の壁をまじまじと観察し始めた。俺もグリンが睨んでくるので降りた。
「タロッキ。お前がやったのか?」
「ヤンエア。トゥンルティ ウティ ムイバ?」
「あれ、おかしいでありますな。この氷、妙に砕けないであります」
憲兵さんが犯人を引っ剥がそうとしたが、上手く氷は外れなかった。無理に引っ張ろうとすると、身体ごと傷つけてしまいそうだ。
「…………これ、魔法じゃないですよ」
監察していた姫さんが、杖でペシペシ叩いたり、杖先に魔力を集中して氷を操作しようとしたが、氷はピクリとも動かなかった。
「トゥンルティ, グイ エバエヤ」
タロッキが近づくと、あっという間にドロドロと溶けて水になった。奇妙な事に、溶けたのに湯気の類はまったく立ち上がっていない。水はタロッキの足元に、花嫁のヴェールのように模様を描いて佇んでいる。
「物理的な変化じゃないのか……?」
「「バエティンディ イフ ブエティールン」トゥヤ プエディティムンディ!」
「綺麗……」
得意げに胸を反らして、彼女は水を両手で掬い上げて方ってみせた。日の光を珠と反射し、魔力すら使わず変化していく不思議な水に、俺達はしばらく魅入られていた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。



もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

身体強化って、何気にチートじゃないですか!?
ルーグイウル
ファンタジー
病弱で寝たきりの少年「立原隆人」はある日他界する。そんな彼の意志に残ったのは『もっと強い体が欲しい』。
そんな彼の意志と強靭な魂は世界の壁を越え異世界へとたどり着く。でも目覚めたのは真っ暗なダンジョンの奥地で…?
これは異世界で新たな肉体を得た立原隆人-リュートがパワーレベリングして得たぶっ飛んだレベルとチートっぽいスキルをひっさげアヴァロンを王道ルートまっしぐら、テンプレート通りに謳歌する物語。
初投稿作品です。つたない文章だと思いますが温かい目で見ていただけたらと思います。
勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる! ×ランクだと思ってたギフトは、オレだけ使える無敵の能力でした
赤白玉ゆずる
ファンタジー
【コミックス第1巻発売です!】
早ければ、電子書籍版は2/18から販売開始、紙書籍は2/19に店頭に並ぶことと思います。
皆様どうぞよろしくお願いいたします。
【10/23コミカライズ開始!】
『勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる!』のコミカライズが連載開始されました!
颯希先生が描いてくださるリュークやアニスたちが本当に素敵なので、是非ご覧になってくださいませ。
【第2巻が発売されました!】
今回も改稿や修正を頑張りましたので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。
イラストは蓮禾先生が担当してくださいました。サクヤとポンタ超可愛いですよ。ゾンダールもシブカッコイイです!
素晴らしいイラストの数々が載っておりますので、是非見ていただけたら嬉しいです。
【ストーリー紹介】
幼い頃、孤児院から引き取られた主人公リュークは、養父となった侯爵から酷い扱いを受けていた。
そんなある日、リュークは『スマホ』という史上初の『Xランク』スキルを授かる。
養父は『Xランク』をただの『バツランク』だと馬鹿にし、リュークをきつくぶん殴ったうえ、親子の縁を切って家から追い出す。
だが本当は『Extraランク』という意味で、超絶ぶっちぎりの能力を持っていた。
『スマホ』の能力――それは鑑定、検索、マップ機能、動物の言葉が翻訳ができるほか、他人やモンスターの持つスキル・魔法などをコピーして取得が可能なうえ、写真に撮ったものを現物として出せたり、合成することで強力な魔導装備すら製作できる最凶のものだった。
貴族家から放り出されたリュークは、朱鷺色の髪をした天才美少女剣士アニスと出会う。
『剣姫』の二つ名を持つアニスは雲の上の存在だったが、『スマホ』の力でリュークは成り上がり、徐々にその関係は接近していく。
『スマホ』はリュークの成長とともにさらに進化し、最弱の男はいつしか世界最強の存在へ……。
どん底だった主人公が一発逆転する物語です。
※別小説『ぶっ壊れ錬金術師(チート・アルケミスト)はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になったので、自由気ままに生きていきます』も書いてますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる