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第8話 であい【訓練&出会い回】

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 ロング・ソードを向けて、憧れそのものに向き合う。彼の装備は相変わらず、道着同然のベストと分厚い脚絆。ぶっといアンクレットに、歴戦の手甲だけだ。
 いずれも最高位の魔術加工品。1つでも都に家が土地ごと余裕で建てられる。名の通った者にしか託されない。芸術品。

 鋼砕き。最強の称号を世にほしいままにする冒険者。それが竜の血脈を宿す者。クック・ヤン頭目の実力だった。
 意識が高揚し、喉が渇く、心臓の拍動が高鳴る。

「はあっ!」

 実力差は明白。小細工は無用。力を増す切り札のスクロールを意識だけで使用しつつ、最も鍛錬した一撃で攻める。渾身と勢い、速度の限りを載せた、全力を込めた突きを繰り出す。

「ふむ……」

 火花すらわずかに生み出さず、するりと手甲で受けられた。体勢を立て直しもう一度。磨り上げを狙っても同様だった。

「素直すぎる。固いぞ」
「おう……!」

 次は、磨り上げを狙うと見せかけて、膝で顎を狙う。初めて彼が当て身で反撃してきた。衝撃で周囲の木々は、根本から吹き飛んで行く。

「悪くねえ。じゃこっちから行くぞ!」

 見ることすら叶わない拳と蹴りの応酬。剣を警棒のように構え、気配だけで捌き、押し合いに見せかけて間合いを取る。余波だけで岩が砕けていた。

「へぇ。間合い空けんの上手くなったな」
「あんだけあんたと殴り合いしてりゃな……!」

 3度目の突撃。素直に突くと見せかけて脱力し、腰の手斧で逆手に強襲。初めて肩の鱗に掠り、バカでかい砂塵と共に、僅かに火花が宙を舞った。

「やる!」
「ごっは…!?」

 見れば、身を捻っただけで、脇腹に翼がめり込んでいた。そうきたか。そのまま尻尾で鞭のように叩きつけられる。直前にピタリと止まった。

「ここまでだな。小屋吹っ飛ばすわけにいかねえし、飯食えなくなったら本も子もねえだろ?」
「うっす。あっした」
「あっした。また誤魔化しを上げたか?」
「俺の感覚だけで挑んだし、まだまださ」

 小屋からは離れていたが訓練の余波で、木々や岩は吹っ飛んでしまっていた。環境破壊は良くなかったな。

 頭目は依頼帰りにララン副頭目と帰る途中、崖が盛大に崩れているのを目撃し、鉄機兵の残骸と埋まっている鉄機兵を発見。俺達の痕跡を追って、この小屋に立ち寄ってくれたらしい。
 すぐにただ事ではないと判断し、ラランさんが巡回兵に接触して、フリッグス軍もすぐ来るようだ。

「そんな訳で、飯食ったら手伝うぞ。残骸だって一攫千金のブツだから、欠片も残さずだ」
「そうよー、宝の山よ」

 茂みから出てきた、日に焼けたような真っ赤な髪を覗かせた人物は、ラランさんだった。

「おう。速かったな、ララン」
「そりゃ速くするわよ。軍の人たち、もう向かってるわよ」
「だそうだ。俺達も行こう」

 埋まっている緑の鉄機兵の所に戻ってきた。もうフリッグス軍は、発掘作業を開始しているようだ。クリスが発掘計画の段取りを確認して、俺達も手伝いに入った。

 万一にも鉄機兵が倒れ込んで、怪我人が出ないように計画的に魔法で補強したり、土や岩をのけて行く。胸部が露出して、先に歪んでいた部品を取り外そうと提案された。

「よーし。じゃあバールで扉開けるぞ。せーの!」
「どうした。クリス?」
「いや。ゼロロクにしては……?」
「うわっ、冷ってえ!?」

 クリスがじっと眺める中、左胸付近の装甲扉が外されて水没していたのか、中から大量の水が飛び出てきた。

「え……!?」

 操縦席の内部が露わになった。そこに、頭目に似た姿の大柄な少女が、ぐったりとして座り込んでいた。





 驚くべき事に彼女は生きていた。呼吸もしていて血色もよく、俺達は彼女をすぐに安静にさせるため。かつ不測の事態に備えて、フリッグス軍に発掘作業を託し、兵士たち数名とフリッグスの施療院へと駆け込んだ。

 医師の見立てでは、特に健康を害している事も無いようだ。よく見ると彼女は身体こそ大きいが、まだ幼い顔立ちで、酒も飲めそうにない。年端も行かない少女だった。

「う……」

 医師たちにその場を任せようと退室しようとしたところ、彼女が目を覚ましてくれた。ぼんやりと焦点の合わない目で、こちらを見つめている。

「気が付きましたか? あなたは……きゃっ!?」
「バアンディン エディン バン!? スイルドゥウンディ!!?」
「お前!?」

 目を急に見開くと、近くにたまたまいた姫さんを羽交い締めにして、手の爪を首筋にあてがい始めた。
 人質だ。彼女は明らかに極度に怯えている。剣柄に手を掛けて、抜く。いや、抜かないべきか……?

「ララン。わかるか?」
「ダメ。私も知らない言葉だわ」
「お、落ち着いてください。誰もあなたを害しませんよ!?」
「…………ドゥディエグイム?」

 彼女がクック頭目を見つめて、何かを問いかけた。彼女と同じ尻尾や翼をまじまじと見つけている。おそらく種族の事だろうか。

「いかにも。俺の種族は見ての通り、お前と同族のドラクーンだ。ほれ、武器も持ってない。頼むから爪を降ろしてくれ」

 クック頭目が手を下ろす仕草を何度かすると、彼女にも伝わったのか、素直に従ってくれて、盛大に腹の虫が鳴った。彼女は顔を真っ赤にして姫さんを離した。

 食事を与えると泣きじゃくりながら、手掴みで慌てて食事をしていた。医師の見立てでは、相当な飢餓感と恐怖を体験してきたのではないかと説明された。

 ひとしきり彼女が満足するまで食事を与え、ラランさんが絵や手振りで意思疎通を図った。残念ながら詳細はわからなかったが、彼女は外国の兵士で、どこかで何かから、あのゼロロクで逃げ出してきたらしい。

「逃亡兵か。でもなんで死んでないんだ……?」
「だよなぁ、1000年や2000年前の話じゃ、あるめえし……」
「妙な液体」
「やっぱアレか。乾かなかったもんな。アレ……」

 クリスの言う通り。彼女が乗り込んでいた、ゼロロクの操縦席に満たされていた水のような液体は、奇妙な事にまったく乾かず、今は兵士たちが回収して瓶の中に注がれていた。

「……バアンディン ウス ンヌンディヤイムン? ウ バエムティ ティイ グイ アイトゥン……」
「心細いよね……ごめんね、なんにも分かってあげられなくて……」

 姫さんはさめざめと泣きじゃくり、震えるように身をかき抱く彼女をあやしてくれている。ラランさんが促すように頷いてくれた。あまり女の子の涙を見る物でもないだろう。俺達男3人は部屋から退室した。

「1人だけ逃された口だな。おそらく」
「わかるのか、頭目?」
「何度か見覚えはある。悪いが任せていいか。ラランもずっとは世話できん」
「分かった。姫さんと相談するよ」

 自由都市同盟領法、第13条。
 未知、或いは不明な意思疎通を試みてくると判断される知性体は、リインカーの可能性があるため、これを積極的に害してはならない。
 この刑法に当てはめれば、彼女は難民として適切に保護されるだろう。姫さんとの相談の結果、彼女は姫さんの自宅に身を寄せる事になった。

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