冒険者の仕立て屋さん『外見偏差値カンストオーバーの彼女は、今日も愛の言葉を真に受てくれない』

ヤナギメリア

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第1話 かみきれ【出発回】

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 爺さんから結局詳しく聞けなかったが、コンビニとは何でも売っているお店の名前らしい。
 何でも売っている。素晴らしい事だ。きっと異世界では知らない者も居ない、世界一で、唯一無二の名店なのだろう。

 きっかけは、些細なことだった。
 俺の祖父は、いわゆる異世界転生者……リインカーと、呼ばれる人種だったらしい。

 狂人の類いでなく、一応リインカー医療教会から認定されている本物だ。見せてもらった旅券帳にも、ちゃんと書いてあった。

 幼い頃。よくわからない言葉で、よくわからない知識で、よくわからない事をしていて、人助けをして、あまり人と話さない人だった。

 彼がある日。一言だけ呟いた。

「帰りたい……帰って、コンビニ行きたい……」

 彼は向こうの言葉で、コンビニに来店して、いらっしゃいませ~と、言われたいだけだった。

 俺は心のどこかに、そんなどこにでもある思い出が、きっと心残りになっている。

今日も俺は愛すべきお客様に。……彼女に。

「いらっしゃいませ~」と、挨拶をしている。





「姫さん、見返りは?」
「……身体で♡」

 彼女は店で出発前に、俺にそう告げてくれた。
 アックス・フィッターという。職業がある。

 俺達もぐり組の仕事は、店舗内の販売手伝いと、直接お客様である冒険者さんに経験を話すこと、または彼らの冒険について行って、商品の生々しい使用感を調べることにある。

 帰ってきてからの使用感ではだめだ。都合悪く、或いは意識せず隠される事もある。人の記憶というのは水物で、変化しやすく、鮮度が弱い。

 極端な話、剣1本の柄の硬さ、馬鞍1つの柔らかさでも、使用感、疲労感や生存率は大きく違ってくる。

 そこを調べ上げ、現地で調整、調査し、対応する者たち。そんな俺達を、みんなこう呼ぶ。

 かつて、熾烈極まりない大自然に、石斧1つで大冒険を挑んだ者たちに習い、こう呼ぶ。

 アックス・フィッター、手斧の調製士。冒険者の仕立て屋さんだ。

「いらっしゃいませ~!」

 朝一番に買い付けに来る大勢の冒険者へ、怒号と見紛う挨拶を掛けて捌いていく。
 焦って買っていくのは、やはり駆け出しの冒険者たちだ。10代後半の瑞々しい面々が、がっつくように商品を買い漁っていく。

 冒険者が脅威と戦う場が戦場なら、間違いなく朝の販売は俺たちの戦争だった。
 幸い、今日はスリ紛いの輩は居ないようだ。この時間が1番危ないからな。
 一通りの繁盛期を乗り越え、他の店員と共に乱れた商品棚を整えていく。店のお客様もまばらだ。
 今日は朝から珍しく呪文の巻物スクロールも1枚売れたようだ。急ぎの依頼に使うらしい。実に景気が良くて惚れ惚れするね。

 しゃりん。

 店舗の入口近くから、輪飾りが鳴る音が響いた。入ってきた人物の目を引く容姿に、数人のお客様が振り返るのが見える。

 夜明け前の夜を流したような、深い藍色のローブ。袖や裾に趣味の良い、控えめな金刺繍を施された品だ。

 頭巾の隙間から漏れる毛先なだらかな黒髪も、深みがあり重厚感のある妖しさを印象付けている。

 体格は小さい。背は俺の胸元よりも下だ。しかしローブを包む肢体は、華奢でありながら彫像のように美しい。

 頭巾の中を見たい。何ならそのローブをすべて剥ぎ取ってしまいたい。そう周囲の声が聞こえそうだ。

 気づけば周囲のまだ若いお客様が、生唾を飲む音が聞こえて来そうなほど。食い入るように見つめていた。

「いらっしゃい、姫さん」

 その尊顔を拝見したいのだろうな。周囲の欲望に満ちた視線を意に介さず、小さな紅唇が、風に揺れる花のように応じてくれた。

「おはようございます、紙切れさん!」
「おはよう、元気でいいな。今日は何が後入り用だい?」
「ゴブリンさん退治を前金付きで1つ。今日は紙切れさんが注文ですよ。あ、賦活薬も下さい」

彼女は美しい竪琴のような声を響かせて、千年の恋も即覚めるような注文を、いけしゃあしゃあと俺に言いつけてきやがった。

「……そいつはまた、班でかい?」
「いいえ、班のみんなは別件でミョルズに、彼らはクックさんから、頼まれまして……」

 栄養満点、精力抜群の賦活剤を会計に通す。
 手が足りないってわけか、春先にゃよくある事だが、2人だけじゃそれこそ手が足りんな。
 話し込んでいると、周囲の妬む目線が少し痛くなってきた。推定見目麗しい若き女性に、あまり華の無い俺が関わっているのが気に食わないのだろう。

 まあ、店内で割って強引にコナ掛けて来ないだけ、お行儀が実に良い訳だが。

「行ってやれマナギ。今、客は多くない。アイツも連れてけ」
「親方、良いんですか?」
「げっ……まあ、良いですか。彼がジャマをしなければ」

 義足をコツコツ言わせてドルフ親方が、言葉少なく俺を促した。彼は樽に入れている剣を勢いよく引き抜くと、残った片目で周囲を見回し、不敵に笑い。指先で、軽く刃先を検めた。
 流石は元上位冒険者、元鉄砕きだ。その仕草だけで周囲の邪な気配は、そそくさと霧散していった。

「若い姫に誘われる。実に良いことだ。男を上げてこい」
「俺はこれ以上。上げる男は残っちゃいない気がしますが……、姫さん、見返りは?」
「……身体で♡」
「怒るぞ、冗談……いや、心底本気だな?」
「ええ。いつのいつでも真剣に生きてますとも。ですがそっちは大前提なので、クックさんとコレで如何です?」

 姫さんは法衣の袖から覗く、指先に繊細さが宿るしなやかな白手で、小粋に1杯呑むふりを見せた。
 俺の青春時代と飲める。うむ。しょっちゅう彼とは飲んでるが、請け負うには十分な理由で、欠け替えのない何よりの報酬だな。

「新しい冒険話か創作を期待するぜ。妖精の姫君」
「喜んで。じゃ、行きましょ」

 俺の言い様に豪快に笑う店長達を後にして、姫さんとの冒険へと、足を踏み出した。




☆☆☆☆☆★★★★★☆☆☆☆☆★★★★★☆☆☆☆☆★★★★★☆☆☆☆☆★★★★★☆☆☆☆☆★



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