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08.何故そこまで人に尽くすんだ

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 診療所は、普段は大したことない怪我の、ガキどもがやってくる程度だった。だが、救急医療の要請も受ける立場にあるらしい鬼灯は、かなり多忙な日々を送っていた。

 持ち前の体力で難なくこなしているようだし、本人も「やりたい仕事だから」と言っているが。『鬼だから』という差別と不便さを俺は目の当たりにした。

 そう、力の制限だって差別の一種じゃないか。使いたい時に、己の本当の力を使えないだなんて。

「何故…………そこまでして人に尽くすんだ?」

 救援の現場にて、乗ってきた“くるま”の横に立っていた俺は、戻ってきた鬼灯に問うた。

「そんなの、鬼も人も幸せになれたなら、それでオッケーでしょ?」

 そう言った鬼灯の目にはまたあの輝きが。何かを信じてる、という光が宿っていた。

「赤と出会ってから、そう思えるようになったの」

 そう言う笑顔は眩しく、スッキリとしている。

 顔が青くなって、役立たずだった俺とは正反対にスッキリと……。

 初めての、遠方への救援要請で。空飛ぶ“くるま”とやらに乗せられ、事故現場へ連れて行かれ。気分が悪くなった俺は、腕組んで仁王立ちしたまま、その場から動けなくなっていたのだ。ナサケナイ。

 鬼で医者で、人間にとって利用価値の高い鬼灯は、かなり遠くの事故現場まで駆り出されていた。

 目を見張ったのは、何といっても鬼の回復力を利用した治癒の技法。鬼灯は医療の知識とそいつで的確な応急処置を施し、患者を病院へと送っていた。

 この女も力だけの一本角では無い。
 時代が移れば、こういった鬼も増えてくるのだろうか……。

◇◆

 俺を帰すための施設と連絡をとりつつ、一週間が経過した時。ようやく連絡が来て、二日後に決行すると決まり、鬼灯は移動に必要なチケットを予約してくると言って出かけて行った。

 そう言う時に限って、緊急の事態が発生するもので……

「鬼灯! 近くの高速道路で事故だ! 来てくれるか⁉︎」

 やってきたのは浩二だった。

 診療所ここでの手伝いも、一週間もやれば、だいぶ俺にもわかってきていた。肌で。

「鬼灯は所用で今いない。すぐ戻ると言っていたが……力仕事は必要か?」
「あぁ! 来てくれるか⁉︎」
「勿論だ。力解除の申請を頼んでもいいか?」
「それこそ勿論だ! 先に現場に行っていてくれ! 出来るだけ早く鍵を届ける!」

 力を解放するための鍵。それは人間にしか申請できなく、逐一記録がなされる。

「わかった。鬼灯には伝言を入れておこう」

 この診療所にいる間、俺の仕事は片付け掃除といった雑用ばかり。

 一番初めに役に立てなかった時以来、俺はこの救援要請を、ある意味張り切ってやっていた。何故なら、雑用よりは体を動かすことの方が役に立てるからだ。

 俺は浩二に言われた方向へと走る。そして事故現場はすぐに見つかった。何故なら大きな長い車が横倒しになり、更にその手前に大小沢山の車が乗り上げたり変形したりして煙を上げていたから──。

「ちっ……鍵が来るまで力が使えんか……」

 これまで緊急の呼び出しには、鍵が既に用意された状態で要請が来ていた。だが今回は近場だと言うこともあって、まだ鍵がない。例えフェイクだとしても、鍵の解除なしで馬鹿力は使えない。

 俺はひとまず、鬼灯から教わった程度での力で、もどかしい思いを抑えながら救援を手伝った。

 しばらくすると、近くにいた誰かが何かに気付き、

「おい! まずいぞ! このままだとタンクローリーに引火する!」

 そう叫んだ。

「アレに火が行くとマズいのか?」
「運転手の話では載せてるのはガソリンだ。引火したら大爆発だ!」
「あれの前に乗用車が一台いて、運転手はまだ車内に取り残されてる……!」

 周りに集まった奴らが口々に言う。
 どうする……爆発はともかく、ひん曲がった車から人を助けるのは、俺には造作もない事……。
 鬼灯には、解除がされるまで絶対に鬼の怪力を見せるな、と言われている。

 だが……解除を待っていたら、あそこの人間は……
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