勇者で魔王な××と××××

ふゆ

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「××、街へ行こう」
「は?」
 兄さんが動き出したのはちょうど、陽が真上に昇ったころだった。
 二人で使っている天蓋付きの広いベッドに長まって本を読んでいたおれは発言者である兄さんを見上げる。最近は玉座に座っているのにも飽きたらしい兄さんは、よくこうやっておれと自室にダラダラ籠っていた。どうせお客さんなんて来ないし、別にそれはいいと思う。
 今日はずいぶん長い間しきりに地図を見ているのは気付いてたけど、なに言ってんだ。
「××」
「うん」
「街へ行こう」
「うん、聞いた。兄さん、急すぎ」
「大分前から考えていたぞ。言わなかっただけで」
 ああ、無理だ。
 おれは兄さんの意図を汲むことを諦めた。昔からそうだった。兄さんの中で完結している話におれが口を出したところで、いわゆる会話は成り立たない。
 そして当たり前のようにおれを連れて行く気の兄さんに、おれは本の続きを読み進めるのを諦めた。
 面白かったんだけどなあ。ナメクジとカタツムリの頭脳大戦争。


 赤や黄色の鮮やかな三角屋根が、門の外からでも見える街。
 兄さんの転移魔法で飛ばされたのは知らない街だった。小さな村はともかく、自国の街はほぼすべてと言っていいほどに見て来たおれでも知らない街だ。隣国かどこかなのだろうか。ここは。
 兄さんは街に着くと振り返りもせず、さっさと門をくぐって歩き出した。そうする以外することもないので、おれは黙って後ろをついて行く。
 通りを歩いていると、兄さんを振りかえる人たちの服装もやはりというか、おれがよく知るものとは雰囲気が違った。鮮やかな色はもちろん、刺繍や柄や、フリルのような装飾が多く施されている。おれが生まれた国の服は、王都だとしても平民であればもっと質素だ。
 向けられる視線の数などどこ吹く風でしばらく歩いて、兄さんはようやく一つの店へ入った。後をついて入ったおれは店内を見渡し、眉を寄せることになる。
「…………服屋?」
 店の中は、さっき外で見たような服が棚や壁に並んでいた。それだけできれいだし、実際華やかだとは思う。今おれが着ている紺色のローブでは場違いな気がするくらい。
 けど、正直言って兄さんの性格はお洒落とは正反対の位置にある人だ。城のクローゼットの中身も今日のおれと大差ない服ばっかりだし。わざわざ異国に来て入るのがなんで服屋なんだ。
「いらっしゃいませー。どうぞ、お好きなものをご試着くださいな」
 棚の奥の方から顔を出した店主らしい男の人がにこやかに言って、また向こうに戻って行った。
「ここの服、綺麗だろう」
「うん」
「好きなのを選ぶと良い」
「えっ」
 至極当然のように兄さんが言うから間抜けな声が出て、ここでようやくおれは兄さんの意図を理解する。好きなの選べって。
「……まさか、おれの服を買いに来たの?」
「そうだぞ。××が来てからも大分経つからな。今の服はそろそろボロボロだろう」
 言葉につまる。
 兄さんの言う通りだ。今着回している服は旅を始めたころに買ったものだから、もう裾や袖がほつれている。いい加減新調しなければとも思ってはいた。
 思っていたけど、ぶっちゃけよう。面倒だったのだ。
 だってあの城から服を買いに行くには転移魔法で街まで飛ばなくてはならない。当たり前だが、城からどころか山の麓から街までもめちゃくちゃ遠い。王室所属の優秀な魔術師だっておそらく、片道の半分までが限界なくらいの遠さだ。できなくはないけど往復なんてしたらおれの体なら間違いなく次の日から寝込む。
 その距離をあっさり飛んでしまったんだから、兄さんはやっぱり規格外だ。おれは魔術師としては優れてる。自負もしている。けど、魔術より剣術が得意なはずの兄さんにそれでも敵わない。
「選べって言われてもおれ、こういうのわかんないよ」
 ぐるぐる店内を見れば装飾品が付いた服ばかりが目に止まる。服なんて母さんが用意したものか安売りのものしか着たことがないおれには未知の物体だ。お洒落に関してはおれも兄さんのこと言えないな。
 いっそ兄さんに選んで貰おうか。
 一瞬浮かんだ考えを、おれはすぐに振り払う。おれから見ても兄バカな兄さんだ。なんやかんやと買い込んで、とんでもない金額になるのが目に見えている。
 そんな未来を予知しておれが適当な安い服にしてしまおうと横の棚へ目を向けると、
「これなんかどうだ?」
 どこからか兄さんがぺろりと一枚の上着を持って来た。今おれが着ているものよりも鮮やかな紺色の、星空をモチーフにしているのが一目でわかる外套だ。刺繍や胸元のチャームが金色で統一されていて可愛い。うん、可愛いかった。その服は。兄さんがおれをどういう風に見ているのかがよくわかる。知ってたけども!
「綺麗だとは思うけど……外套だけあっても」
「上も下も一式あるぞ」
 もうその言葉だけでおれは嫌な予感がした。
「ほら」
 兄さんが指差した方を見れば、商品棚と棚の間に、兄さんが持っている外套とお揃いなのが一目でわかる上着とズボンを着た人形があった。星空をモチーフにしているだけあって、その装いはさながら絵本の魔法使いだ。
 確かにこれを着て歩けばお洒落なのは間違いない。けれど。
 けれどだ。
「に……じゅう、ご、まん…………?」
 値段が可愛くないにもほどがあるだろ!



 なんやかんや店内で揉めた後、結局おれの新しい服は兄さんが推したあの一式に決まった。一応由緒正しい実用性を兼ねたものらしく、何らかの加護がある。らしい。兄さんが譲らなかったのはそのへんもあるんだろう。
 当たり前のように同じものをもう一セット買って、その他にも部屋着だとか言って兄さんが何着か手に取っていたのはもう見ないフリをした。おれの精神衛生によくない。
 値段交渉の末、すべてまとめて五十万ちょっとで決着がついたらしい。何をどれだけ買ったのかは知らないが、その四分の一でも自分の為に使って欲しかった。
 なんておれのささやかな願いは、ほくほくとおれの手を握って歩く兄さんには、とてもじゃないけど言えなかった。
 おれは、兄さんが一緒に居てくれるだけでいいのにな。


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