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しおりを挟む王都から山を三つ越えた辺境にある、いつかの魔王が建てたと言われる城。
つくりだけは立派なこの広い城に住むにあたり、おれたちの間には一応取り決めがある。
まず、城の修繕や食糧の確保なんかは兄さんの分担だ。生来体が貧弱かつ脆弱で、力仕事ができないおれには、万が一でも肉体労働になることはさせられないと兄さんが譲らなかった。
そのかわり、調達した食糧が食事になるよう調理するのはおれの分担だ。これは、おれが譲らなかった。身の回りのこととなると、兄さんはどうにもズボラになるからいただけない。
たとえば、その辺の草。毒草でない限り兄さんは平気で口の中に放り込むから、来たばかりの頃は何度も慌てさせられた。
兄さん、勇者やってたころは何食べてたんだろう。
思わず兄さんの体の中身が心配になるくらい、おれがここへ来た当初の兄さんの食生活は酷かった。
取り決めの最後は掃除だ。これは一応、二人でやっていた。
掃除といってもそこまでしっかりやっているわけでもなくそこそこに、はっきり言うならかなり適当に済ませている。この広い城の一部屋一部屋を丁寧に掃除なんてしていたら、日が暮れるどころか一週間経ったって足りない。
幸いなことに、やっぱりどういう仕組みかはわからないけど、この城は数週間放置しても埃だらけになるということもない。
以前、面倒がった兄さんによる「城の半分を潰すか」という提案はおれが慎ましく却下した。有言実行の兄さんの言う潰すとはすなわち、物理である。
半分が高さか幅かは知らないが、どちらにしろ後々がさらに面倒になるような工事は御免だ。
「××、今日は上から行くぞ」
「はあい」
そんなわけで、城の掃除は兄さんの気が向いた時に二人でやっていた。
魔がつくとはいえ王様なのだから掃除は普通、使用人とかが居るのではないか思うんだけど、住み始めた頃に兄さんに進言してみたら、
「そうなんだが、来た時にみんな逃がしてしまったんだ」
と言われたので、そうかと納得している。
そういえば、兄さんがこの城に来た時は、兄さんは勇者だったのだ。
無駄に階数のある城の最上階へは、いちいち階段を使わずに兄さんの転移魔法を使って移動する。着いたらおれが手を掲げて一呪文、勢いよく吹いた風が全ての窓を一斉に開けた。よく晴れた外の瑞々しい風のにおいが廊下と部屋を隅々まで吹き抜ける。
そのままその辺の適当な掃除用具のいくつかに魔法を飛ばして廊下を走らせた。後はもう放っておけばいい。
「さすがだな」
おれの一連の魔法を見ていた兄さんが、ほう、と息を吐いた。
「手際がいいし、緻密なコントロールだ。なかなかできることじゃないぞ」
「別に、これくらいはなんでもないよ。ここに来るまでの転移魔法のほうが大変だった」
言った途端、おれはここに来るまでの苦労を思い出して口の中が苦くなった。
前述したとおり、この城に来るまでには王都からでも山を三つ、おれたちの故郷からはさらに一つ越えなければいけない。
兄さんの足跡を追って旅に出るのはいいけど、満足に走ることもできないおれの体はそう何日もの野宿もまともな山越えも、やるやらないではなく無理だった。そこで研究を始めたのが、転移魔法だ。
おれは剣は振れないけど、魔法の才能だったら兄さんにだって並べると自負している。兄さんが置いていった本や資料とともに兄さんの部屋に引き込もり、術式という術式のすべてを頭と体に叩き込んだ。
そうして、兄さんらしき人を見たという町の人たちの話を辿りながら、おそらく名残であろう転移魔法の『印』を一つ一つ探し出して、町と町を一足も二足も飛びながらここまで来た。この時ほど兄さんの人目を引く容姿に感謝したことはない。
転移魔法は元々、印を付けた場所に戻る時に使うものであって、おれみたいに『進む』ために使う人間は多分、後にも先にもない。それに本来使えない他人の印を無理に使ったものだから、大変だった。本当に大変だった。それくらい、おれがそうしようと決めたのは馬鹿げたことだった。
思い立ってから数ヵ月、おれが重ねた苦労は筆舌できない。
その時の頭の神経が焼き切れるんじゃないかと思うような術式コントロールに比べたら、城の掃除程度の魔法なんて。
「お前は昔から頭がよかったからな」
嬉しそうに微笑む兄さんの手にわしゃわしゃと頭を撫でられる。それは兄さんもでしょ、と返すとそうだったかな、と惚けられた。
故郷の村で大魔導師の再来と騒がれたおれの魔法の師は、勇者になる前の兄さんなのに。
それを言えば、
「けどまあ、やっぱり俺には無理だよ。箒を細かく動かすなんてできないし、窓は多分粉々になる」
「……ああ、うん」
そこは、否定しなかった。
兄さんはたしかに武術も魔法も飛び抜けていたけど、どちらかというと体を動かすほうを好いていて、この前庭を焼く時も容赦ない火炎球を叩き付けたり、魔法はなんか雑だった。無惨な姿になった庭はおれが責任を持って平地にした。うん。
それにこれは、魔法しか人並みになれなかったおれの努力の結果でもある。だから謙遜はしない。
素直に頷くと、おれを見る兄さんの目はどこか浮かれて幸せそうだった。
「だろう? だから、××はすごい」
兄さんはこうして、ことあるごとにおれを褒める。
それが三年半離れていた分の成長を喜んでいるのだと気付いたのは、ほんの最近だ。
三年離れて、誰からも「仲良し兄弟」だと言われたおれと兄さんは、お互い知らないことだらけになった。兄さんは勇者から何故か魔王になってたけど、でもやっぱり兄さんはおれの兄さんだ。
「モップが帰って来るな。窓を閉めるか」
ふと、兄さんがおれから視線を逸らす。
「え」
おれが止める前に、兄さんが細くて長くて綺麗な指をすいっと動かした。
バババババンッ!!
どんな強風に煽られたんだという勢いで窓が次々閉まる。
荒々しい木枠の音が五階中に響き渡り、心なしミシミシと嫌な余韻もあった。待って。
「…………」
「…………」
「……兄さん」
「ふむ。やっぱりお前のようにはいかなかったか」
すっとぼけた顔で頷く兄さんに、じゃあなんでやったの、と言う気力もないおれ。
割れはしなかったみたいだけど、罅とか入ってないといいな……。
一階までの掃除を一通り終えると、今度兄さんは「森をつくろう」と言い出した。暇を持て余し過ぎた兄さんは最近何事も唐突な気がする。あ、元からだった。
先日焼け野原にしたばかりの庭を次は森にするらしい。
「なんで森なの?」
「森林浴したい」
森じゃなくても周りは山なんだけどな。
とは、あえて言わなかった。
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