勇者で魔王な××と××××

ふゆ

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 おれの兄さんはいつだったか、勇者だった。
 兄さんはある春の桜が咲く前に、国の神子さま直々に勇者の神託を受けて、旅立って行った。
 兄さんは小さな頃から多才だった。剣技も、魔法も、なんでも頭一つ以上飛び抜けて優秀だった。誰にでも褒められる優しくて強い兄さんが、おれは大好きで自慢だった。
 いつか兄さんのようになりたい。それは、体が弱くてロクに外に出られないおれの、小さな頃からの夢だった。
 けれど、その夢が叶う前に兄さんはおれの前から居なくなった。
 兄さんが勇者になったことを、その時のおれは知らなかった。
 魔王を倒しに旅立ったという兄さんを探しにおれもまた旅に出て。




「退屈だな」
 その兄さんは今、なぜか魔王だ。
 はあ、と溜め息を吐いた兄さんの足下で本を読んでいたおれは、読みかけのページから目を離して兄さんを見上げた。岩と宝石で作られた玉座に足を組んで座っている兄さんは、ここ最近の中で一番の鬱屈しきった顔をしている。
 来る日も来る日も、やることと言えば庭の散歩か玉座に座って客────つまり勇者を待つだけ。この山奥の古城はパッと見首都の王城とそう変わらない大きさだけど、住んでいるのは兄さんとおれの二人だけだった。そりゃあ、退屈だろうと思う。
 毎日本ばかり読んでるおれも、実は少し飽きてきている。本は城の中にある書庫から勝手に拝借したものだ。この城の書庫は首都の王立図書館ばりの広さがあるのに、兄さんはそこにある本全部をすでに読んでしまったらしい。かくいうおれもなかなかの量を読破した。
 ついでに言うとおれがここに来てからお客さんが来たことは一度もない。
 人は退屈で死ぬとも聞くし、これだけ暇なら町の一つや二つ襲ってみたくもなるかも。と魔王に妙な親近感さえ沸いてきていた。
 そもそもなんで兄さんが魔王なんてやっているのか。おれは詳しく知らないのだ。ただ、兄さんの足跡を追っていたらこの城に辿り着いて、そのままの成り行きのまま気が付けばおれも兄さんと一緒に住んでいる。
 山の中で周りは何もないから静かだし、衣食住は自給自足でなんとかなるし、そもそもおれたちの故郷も山だし、どういう仕組みかは知らないけど城の中は暑くも寒くもならないし、快適ではないが、不便はまったくない生活だ。
 兄さんもあっさりおれを受け入れてしまったから、この城はおれと兄さんが暮らす馬鹿みたいに広いだけの家となっている。
 魔王ってなんだったっけ。
 兄さんもおれも、深く考えるのはやめていた。
「兄さん」
「なんだ」
「そろそろ庭の手入れしないと、ジャングルになってるよ」
「そうだな。焼くか。ああ、そうだ。××は書庫の54ー6ーJ辺りは読んだか?」
「まだ」
「今度読んでみるといい。あの辺りの本はなかなか面白かったぞ」
「じゃあ、明日探してみる」
 兄さんが面白いって言うなら面白いんだろう。ちょうどよかった。今読んでいる生物の進化論系は、もう飽きてたし。
 兄さんはすでに立ち上がって背伸びをし、庭を焼きに行く気でいる。
 焼いたら、次はどんな庭にするんだろう。今の庭は兄さんが滝と噴水を作って、おれが草木を適当に生やして、ついでに垣根で迷路を作ってと散歩にはなかなかよかった。
「兄さん」
「なんだ」
「魔王って、暇なんだね」
「そうだな。××が来てくれなかったら干からびるところだった」
「庭の整備、おれも手伝う」
 本を閉じて、おれも立ち上がった。



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