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第一部 星誕

第四三話 戯れより甘く

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 寝苦しく、玲陽は夜半に目を覚ました。
 東雨と、あのような会話をしたためだろうか。 おかしな夢を見た気がする。
 内容はよく覚えていなかったが、酷く卑猥な匂いのする夢だった。
 私は、どれだけ欲求不満なのだろう。
 玲陽は我が身の浅ましさを思い知らされるようで、やるせなかった。
 どくん、と、玲陽自身が高鳴った。
 夢のせいで、彼の体は火照っていた。いや、そんな体だから、あんな夢を見たのか。どちらが先かを考えることより、この状況をどうするか、決める方が重要だった。
 背中の向こうでは、犀星が眠っている。こちらを向いているのが、首元にかかる息と、優しく脇腹に添えられた手でわかった。
 玲陽を落ち着かせるように、犀星はいつも、体に触れたまま眠ってくれる。だが、今夜はそれが逆効果だ。
 暖かく優しいその温もりは、着物越しだというのに、ヒリヒリと伝わってくる。深い寝息がやけに大きく聞こえる。
 今、自分が動けば、犀星を起こしてしまう。
 玲陽は恐る恐る、自分の脚の間に手を伸ばして、その形を確かめた。ただそれだけの刺激で、玲陽の意思とは関係なく、悦ぶようにそれは跳ねた。
 最悪……
 玲陽はすっかり眠気が失せて、困り果てていた。
 雪が融けた頃から、玲陽の身体は明らかな回復の兆しを見せていた。
 今まで、傷を治したり、体力を取り戻したり、と、そちらにばかり力を注いでいた身体は、次第と健康な状態に戻りつつあった。それに伴い、久しくなかった生理現象も回復してきている。この数日は、寝起きの変化が著しく、玲陽を愕然とさせた。早朝であれば、犀星より先に起きて寝台を抜け出してしまえば済むのだが、今日はまだ、夜明けまで随分とありそうである。
 本当に、どうしよう……
 玲陽は、刻一刻と、のっぴきならない状態になりつつある自身に戸惑いながら、必死に考えた。
 どんな手段があるだろう。
 一つは、このまま無理に眠ってしまうこと。これが一番安全な方法だが、彼の体はおさまりそうもない。実現不可能な選択である。
 または、何か理由をつけて、寝台を抜け出すこと。厠でも、自分の部屋でもいい。とにかく一人になって、処理してしまうことだ。しかし、夜中に部屋を出るとなると、間違いなく犀星が目を覚まして呼び止めるだろう。そこで、興奮がおさまらないから自分で慰めてきます、などと言える訳がない。そんな事をして、翌日からどんな顔で犀星と過ごしたら良いのだろう。羞恥のあまり、死にそうな気分になる。とはいえ、下手な嘘はすぐに見抜かれる。
 あとは、と、玲陽は一番考えたくない選択肢を想像した。
 苦肉の策だ。
 このまま、ここで済ませてしまうこと。玲陽なりにあれこれと考えてみたが、犀星に知られる事なく、この火照りを鎮めるには相当な覚悟が必要そうだ。途中で気づかれる可能性が高い。見られた上では、言い訳のしようがない。
 玲陽が苦しいやら情けないやら、判断できずに窮していたその時、彼にとって、救いとも言える出来事が起きた。
 犀星の手が自分から外れ、寝返りを打ってこちらに背を向けたのがわかった。
 今だ。
 玲陽は夜着の右袖をまくると、肘に近いあたりに噛み付いた。ここなら、多少跡が残っても、他の傷痕とまぎれる上、普段は着物で隠れているから、犀星にも見つかりにくい。先ほどから所在なかった左手を裾の合わせから肌の上に滑らせ、怒張して敏感になった男根に触れる。背中越しに犀星の気配を伺いながら、声を殺して、玲陽は耽った。
 わずかな声でも、犀星はすぐに目を覚ましてしまう。呼吸一つ、乱れた音を発するわけにはいかない。
 竿も陰嚢も快感を求めて震えるが、左手はこわばって指がうまく動かなかった。元々、中指と薬指が不自由な上、犀星が気になって集中できない。
 早く終わらせなくては……
 玲陽はより深く、腕を噛んだ。焦れば焦るほど、うまくいかない。指先で先端を辿ると、わずかにぬめりを感じる。玲陽の手が、不意に止まった。
 嫌な予感がする。
 どのような理由かわからないが、もう何年も前から、絶頂を迎えても射精はない。だから、ここで済ませても夜具を汚す心配はない……と思っていた。だが、何かがおかしい。
 恐る恐る、玲陽は鈴口のあたりを撫でた。熱い粘膜が、全身を駆け巡る快感をもたらす。同時に、ぬるり、と明らかに濡れた感触がある。
 ゾクっと玲陽は背中が冷たくなった。
 まさか、射精が戻る?
 眠る前に、湯殿で自分で処理した時には、何もなかったというのに、よりによって、こんな時に戻らなくてもいいではないか。
 自分の運のなさに、玲陽は泣けてくる思いだ。
 夜具を汚さないから、ここで終わらせようと思ったが、そうでなければ、続ける訳にはいかない。これは、声を殺せるかどうか、という以前の問題である。
 身体が回復するのはありがたいが、あまりに間が悪い。しかも、数年間遠ざかっていた射精の快感に、自分が無言で耐えられるものだろうか。
 さらに、今の自分が想像するのは、すぐ後ろにいる犀星のことである。
 本人の気配を感じながら、数年ぶりの射精なんて……
 淫らな自分への厳罰そのものである。
 そうこう考えている間にも、とろみを帯びた液体が指に絡む。今ならまだ、夜着で拭うだけで隠し通せる。全身を血が巡る音が、耳の中に反響している。一度昂り始めた身体は、玲陽の意思よりも、欲望に忠実だ。十年間、肉体に覚え込まされてきた感覚に逆らうことはできない。
 玲陽は手を止めたまま、肩で呼吸した。自ら刺激を与えなくても、思わず腰が浮く。張り詰めて痛みまで感じる己自身が、触れずとも勝手に快感を産み、それが背筋を這い上がってくる。
 これだから、男の身体は嫌いだ。
 ふと、玲陽はそんな事を思った。
 自分を慰んだ男たちを嫌悪しながら、自分もまた、欲情を抑えることができない。
 そんな自分に比べて、犀星はどうだ。
 下卑た言動もなく、清廉で美しい。穢れきった自分とは、到底釣り合わない。
 玲陽は、思わず溢れそうになる涙を、必死に堪えた。
 消えてしまいたい。
 切羽詰まっていた玲陽は、気づかなかった。犀星が、いつしか目を覚まして、じっと自分を見つめていたことに。
 最初から、玲陽の異変を、犀星は感じ取っていた。
 自分の心に、覚えのない感情が湧き、目を覚ました。
 眠りを妨げる渇望。
 それが玲陽のものだと直感し、行動を促すために、犀星は隙を作って、自ら背を向けたのだ。
 だが、知らないふりをしていても、玲陽は苦しげに身をよじるだけで、躊躇したまま、先へは進めずにいる。
 寝台を離れた方がいいだろうか。
 犀星は玲陽を一人にすることも考えたが、それでは、玲陽の心をさらに孤独に追いやるだけだ、と思い直す。
 こんなになるまで、玲陽を放っておいたのは、自分の弱さだ。
 犀星は音もなく振り返ると、玲陽を後ろからそっと抱いた。
 突然、犀星に包み込まれて、玲陽は硬直した。
 呼びかけようにも、息が詰まって声にならず、無理をすれば痴態を晒してしまいそうだ。
 犀星は、何も言わない。ただ、首の後ろに、その吐息がかかって、玲陽の体がびくりと波立つ。
 どうしたらいいのかわからないまま、玲陽は硬く目を瞑って何かに堪え続けた。
 それは羞恥心だったのか、快感だったのか、または別のものか。
 掻き乱されたその心に、ただ一つはっきりと描かれていた想い。
 それは、犀星からの侮蔑に対する恐怖だった。それだけが、恐ろしくてたまらなかった。
 深夜に、すぐ隣で、自分を想像しながら自慰に耽る姿を、彼はどう思うだろう。
 軽蔑される!
 玲陽の体が、哀れに小刻みに震えた。
 不意に、左手に大きな温もりを感じて、玲陽は閉じていた目を開いた。
 犀星の手が、優しく自分の左手を絡めて、そっと中心へと導いた。
 何をされている?
 玲陽は一瞬で何もかも、混乱してしまった。
 犀星は構わず、疼くそれを玲陽に握らせると、そのまま、玲陽の手に自分の手を重ねて、ゆっくりと上下に動かした。
 待ちに待っていた刺激に、痛いほどの快感が押し寄せてくる。
 玲陽は思わず腕を噛んだ。だが、堪えきれない空気の塊が胃の腑から湧き上がってきて、噛む力に抵抗して玲陽の口を内側から開かせた。途端に、声が喉を突く。
 初めて聞いた玲陽の嬌声に、犀星は心地よさそうに目を細めた。
 玲陽の指の間から、犀星の指の腹が脈打つ血管を擦り上げた。
 玲陽はうめいて体を丸めた。それを追って、犀星もピタリと背中に胸を押し当ててくる。
 明らかに、自分の肌ではないものが、敏感な場所に触れている。
 玲陽は、最後の矜持を守ろうと、右手で敷布を握りしめて、声を殺した。
 だが、そんな玲陽の抵抗は、すぐに崩される。
 無防備な首の付け根に、吐息と共に更に熱いものが触れ、甘く吸われた。それが犀星の口付けだと知覚したのを最後に、玲陽は何も考えられない快楽の中に全身を投げ出した。
 いつの間にか、犀星の脚が、玲陽の下になった右脚を抑え込んでいる。背後から抱きすくめられ、身動きを取ることもできない。
 犀星の手が、玲陽の手と共に間断なく男根を愛撫し、確実に高められる。
 玲陽は、唯一自由になるその左手を、犀星の手の下から引き抜いた。直接、しなやかな犀星の指が、絡みついてくる感触に、忙しない喘ぎが煽られる。
 甘美な犀星の動きは、どこまでも優しかった。しっかりと玲陽を包み、緩急をつけて撫で回す。先端から滲んだ液を塗り付け、摩擦で痛みが出ないように、どこまでも丁寧な、まとわりつくような愛撫。
 これが、星の……
 玲陽はあられもなく漏れる自分の声を聞きながら、全てを犀星にゆだねた。
 犀星は、急がなかった。玲陽の身体が久しくなかった激しい絶頂に耐えられるよう、時間をかけて快感を刻んでいく。一歩一歩、確かめるように自分をいざなってくれる。
 こんな時にまで、あなたはどうしようもなく、優しい。
 玲陽は大きく呼吸を繰り返した。その呼吸に合わせるように、犀星の手指が玲陽を愛する。
 この時間が、永遠に続けばいい。
 玲陽は快感に酔いしれながら、鈍った思考の中で思った。
 犀星の啄む口づけが首の周りを刺激する。それはまるで、玲陽を励ますかのようだ。
 怖がらなくていい。
 そう、言われている気がして、玲陽は体の力を抜いていった。力が抜けた分だけ、犀星の感触が迫ってくる。
 敏感に玲陽の反応を感じ取って、犀星は少しずつ身体をずらした。犀星の動きに促され、玲陽も自然と体勢を変える。いつしか、玲陽は仰向けにされ、犀星は玲陽の脚の間に顔を埋めた。
 犀星の手に吸い付くように潤んだ玲陽の先端に、犀星は唇で触れた。
 新しい刺激に、玲陽がのけぞる。
 すっかり犀星に手懐けられて、玲陽は素直に声を上げ続けた。
 犀星は、久しぶりに触れる玲陽の陰茎に、愛しそうに頬擦りした。
 玲陽を助け出した直後、昏睡していた彼の陰茎から、膿を吸い出す処置をしたことがある。玲陽にその話をしたことはないが、犀星は当時をよく覚えていた。
 あの時、玲陽の身体は今よりも痩せ細り、骨が浮いて見えていた。だが今は、撫でるだけでわかるほど、皮膚の下に筋肉が戻り、弾力のある肉体が感じられる。太ももには肉がつき、皮膚も張りを取り戻して艶やかだ。
 生きるか死ぬか。そんな状態だった玲陽が、ここまで回復してくれたことが、犀星には何より嬉しかった。
 いつも、玲陽が自分にするように、犀星は大切に両手で撫で回すと、舌を尖らせ、鈴口を軽くつついた。犀星の刺激に応えるように、じわりと滲んでくる玲陽の体液を舐めとる。暗がりで誰にも見えなかったが、犀星は穏やかに微笑んでいた。その目は欲に溺れてはいないが、深い愛情に溢れていた。
 犀星がしようとしていることを察して、玲陽は切なそうに鼻を鳴らした。
 犀星には、手管などない。経験もない。だが、彼はどうするべきかを心得ていた。
 知識など、犀星には意味がない。
 玲陽の反応だけが、答えをくれるのだ。
 犀星は思うままに、玲陽に顔をすり寄せ、試すようにあちらこちらに口付けた。
 聞こえてくる玲陽の熱っぽい声と、手の中で脈を打つ肉塊とが、犀星に次の行動を促した。
 少しでも、玲陽が安心できるように。
 やわらかい陰嚢を舌で転がし、唇で甘噛みする。
 ドクン、と陰茎が脈打つのと、玲陽の声が重なる。犀星は一度顔を離し、もう一度、同じことを繰り返した。一度目より二度目、そして三度目、と、少しずつ強さを変える。その度に、玲陽は素直な反応を犀星に返した。犀星は、それを手がかりにして、少しずつ、確実に、玲陽を知っていくのだ。
 玲陽が両手を伸ばして、指を犀星の髪に差し入れ、頭蓋に沿って優しく包む。
 玲陽に触れられることに、犀星は敏感だ。思わず、犀星はひとつ、艶っぽい吐息を漏らした。だが、呑まれはしない。今は、何よりも、玲陽が第一だった。
 犀星はゆっくりと、玲陽自身を口内におさめた。深く、喉の奥まで導いて、その形を存分に自分の中へ刻む。
 玲陽は自ら膝を立て、腰を浮かせた。犀星は両腕をその太ももに絡めて抱き寄せ、体を支えた。
 口淫の感触に、玲陽は身をよじった。犀星が与えてくれる律動は緩慢であったが、一つ一つの刺激が重たく、深い。
 ジリジリと炙られているように、玲陽の身体が高みへと近づいてゆく。
 これほど穏やかで、同時に激しい愛撫を、玲陽は知らなかった。
 これは、何なのだろう。
 玲陽は全身が大きな波に揺られていくような感覚に、身を委ねながらそんなことをぼんやりと思った。
 そのうねりは、あまりにゆっくりと、彼を押し流した。動きこそ遅いが、その力は重厚で、まるで、自分の立つ大地ごと剥ぎ取り、めくりあげ、裏返すかのように雄大だった。激しい圧迫も、追い立てるような騒がしさもないというのに、確実に体も心も支配されていく。
 これが、あなたなのですね……
 玲陽は全身で呼吸をしながら、おもむくままに、声を上げた。
 自分が何をされているのか、わからなくなる。
 触れ合っている皮膚だけではなく、身体中に犀星を感じる。全てを、包まれている。
 呼吸音だけで、玲陽は犀星を呼んだ。
 返事などいらない。
 ただ、自分が今、犀星を感じていることだけを伝えたい。
 吐息にかすかな嬌の気配が混じるだけで、犀星は一言も発しない。無言で、ただ、行為だけで、玲陽をしっかりと捕らえていく。
 玲陽の体の奥から突き上げてくる強い衝動が、次第にその間隔を短くしていくことに、犀星は気づいていた。
 だからといって、動きを早めることはしない。
 むしろ、余計に速度を落とし、血管の一本一本に舌を押しつける。血が巡る振動が、舌全体に広がって、口づけを交わした時の官能が蘇る。犀星は玲陽の内腿を撫で、腰全体を抱き抱えて、さらに引き寄せた。
 弾んだ声を発して、玲陽が下から突き上げた。
 玲陽の震える肢体が愛しくてたまらない。
 犀星は冴えた思考の中にいた。
 まるで、玲陽の治療をしていた時のように、冷静だった。体は何かを感じ取っているのか、経験したことのない高揚感で筋肉が張り、玲陽と同じく、股間には熱いたぎりが生まれていたが、心だけは静まり返っている。
 それは、犀星の防御本能なのかもしれない。
 玲陽の感情が、途方もない大きさで、犀星の中に流れ込んでくる。
 それを受け止め、それでもなお、正気でいるためには、自分の感情は余計な負荷となる。
 あまりに危険な綱渡りだ。
 暗闇にいるというのに、目の前が真っ白な光に何度も遮られた。
 理性を手放せば、崩壊する。
 一度壊れた心を取り戻すことはできないだろう。かつて、祇桜の姉が、そうだったように。
 それを知っているからこそ、犀星はずっと、時が来るのを待っていた。
 自分から求めることはせずに、玲陽が自分を渇望し、決して拒めなくなる崖っぷちまで、何もしないことで追い詰めた。
 わざとそうしておいて、自分は今、玲陽に救いの手を伸ばしただけだ。
 何も知らずに、玲陽は自分のことを信じ、その手を掴んだ。
 犀星の心に、針の先で突いたような血が滲む。罪悪感が、今の自分を引き留めてくれる。冷めた思考を保つには、犀星にも周到な準備が必要だった。
 ひときわ、高い声をあげて、玲陽の体が反る。
 その動きに合わせて、犀星はどこまでも執拗に、焦らした。
 絶頂を欲して、玲陽が切ない声で哭いても、犀星は許さなかった。
 玲陽自身にも制御できないその体を、犀星は大切に扱った。
 玲陽は、肉欲に溺れる自分を恥じていたようだが、犀星はそうは考えない。むしろ、散々に他者の欲望の吐け口にされ、傷ついてきた玲陽が、葛藤の中、自分の気持ちで犀星を求めてくれた。それが、愛しくないはずがない。
 玲陽の息が上がって、大きな脈が犀星の口内で蠢いた。
 達するか。
 犀星は触れる優しさはそのままに、玲陽への愛撫に指を加えた。根本から、導くように、ゆっくりと辿ってゆく。
 玲陽に、長く射精がないことを、犀星は言葉で聞いたことはない。玲陽も何も言わなかった。だが、心が、いやがおうにも伝えてくる。喜怒哀楽だけではなく、明確な記憶や思考までが、犀星にはわかるのだ。
 玲陽の中から押し出されてくるものの感触を、犀星は舌で敏感にとらえ、促した。
 陰茎の途中で、その動きが止まる。
 玲陽が、鋭く痛みの声を上げた。
 犀星はより深く喉奥へ飲み込むと、えずきそうになる苦しみに耐えながら、ゆっくりと上顎に先端を擦り付けた。
 それ以上、犀星が何かをする必要はなかった。ただ、顔を沈めているだけだ。玲陽が自分から腰を揺すり、射精を求める。犀星の頭を抑え込んでいる玲陽の指に、さらに力がこもる。
 犀星は目を閉じた。
 止まっていた液体が、勢いよく喉奥に飛び込んでくる。
 強い雄の匂いが内側から鼻に抜けた。
 射精を伴う絶頂に、玲陽は目を見開き、犀星の髪を鷲掴んで背中を浮かせ、全身を痙攣させた。
 それは、自分自身が弾け飛ぶような衝撃だった。
 あまりにも長く慰められた身体は、止まらなかった。
 何度も、繰り返し、繰り返し、弾けて、玲陽は泣き叫んだ。
 達するたびに、射精は滑らかになり、やがて、だらだらと溢れ続ける。
 犀星は、一度も玲陽を逃さなかった。
 全てを身の内で受け、飲み下した。
 玲陽は自分自身に翻弄され、疲れきり、気を失うように眠りに落ちてゆく。
 犀星は玲陽の呼吸と、長く尾を引く射精がおさまるまで、そのまま、玲陽を咥え続けた。すでにえずく力もない。
 静かに体を起こして、犀星は口を閉じた。長時間の口淫で顎が痛み、うまく動かない。
 それでも、玲陽を歯で傷つけてはいないようだ。
 持ち堪えた、と犀星は安堵した。途中、何度も自分の体は際どい線まで押し上げられたが、ぎりぎりのところで止まっていた。今、触れれば、瞬く間に達してしまうだろう。
 力を失った玲陽とは逆に、犀星はびくびくと震える自分を見下ろし、沈黙を続ける。
 自分で慰むつもりはない。
 苦しいことに違いはなかったが、この衝動に耐えるのが、犀星の罪滅ぼしだ。
 玲陽を、限界まで追いやった自分への罰だ。
 犀星は注意深く寝台を降りた。慣れない体勢をとり続けていた身体は、あちらこちらの関節が軋む。
 深く眠っている玲陽は目覚めない。
 犀星は、玲陽の静まった寝息を聞いて、大きく一つ、深呼吸した。
 また少し、玲陽の心に深く入り込んでしまった。
 祇桜からの忠告が蘇る。
 犀星はそれを振り払うように、静かに着物を正して部屋を出た。
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