上 下
53 / 56
過去回想に映りこむモブ編

第51話 辺境伯事変―覚悟

しおりを挟む
side:エドワード

僕は自分の無力さが悔しくて腹立たしい。

「くぅぅぅ、効くなぁ。」

聞こえてくるのはセーバスさんの声。
軽薄そうな声と胡散臭い笑顔から余裕そうに見えるが、表情には疲労と苦痛の影が差していた。

僕が罪悪感を負わないように振舞っている。
その配慮が伝わってきて、余計に心が痛む。

僕は今地獄を味わっている。
それは単なる苦痛を味わうような生易しいものではない。
味方であるセーバスさんを魔法で攻撃することを強制されるという精神的に抉ってくる地獄だ。

「あっはっは。まだまだ余裕そうじゃねーか。
 じゃあもう一段階出力あげてみようぜ。」
嗤って追加の指示を出してくるのは悪魔インポリー。
彼の傍らには眠ったままのシドーさんが人質として取られている。


「…、これが限界ですよ。
 これ以上出力を上げたら制御できません。」
精一杯の抵抗を試みるが、悪魔インポリーは当然聞き入れることはない。

「あん?出来るか出来ないかを聞いてるんじゃねーよ。
 俺はもっと出力を上げろって言ってんだよ。
 限界なんて思ってるから限界なんだよ。
 気合いだ。気合いで限界を超えてみろよ。
 それとも何か?こいつがどうなってもいいのか?」
悪魔インポリーはシドーさんの頭を無造作に掴んだ。

くそっ、やはりか。
僕は今すぐ殴りに行きたくなる衝動を奥歯をぐっと噛んで抑えた。

僕が発動している魔法は<雷撃>。
この魔法は相手の意識を奪う目的で開発した。
そのため、常人であれば1発でも浴びれば昏倒する威力を持つ。
当然、込める魔力量によっては死亡するレベルの威力にまでなる。

僕は悪魔インポリーの命令によって、8回魔法を発動させた。
しかも、じょじょに威力を上げて。
6回目からは僕が発動させたことのない魔力量となっている。
その上で、さらに魔力量をあげろと言う。

「エドワード君。あの悪魔の言う通りにするんだ。」
セーバスさんは大丈夫だと言わんばかりに頷いている。


「くぅぅぅ、ら…<雷撃>」
あまりに高出力の<雷撃>を練ろうとして、魔力が暴走しそうになる。
必死で魔力制御を行い何とか整えると、セーバスさんに魔法を放つ。


「ぐぅぅあああぁ」
<雷撃>を受けたセーバスさんからうめき声が漏れる。
9度目の、それも今までの最大出力の<雷撃>だ。
やはり限界なのだろう。

「ひゃははっ、ひでぇ奴だな。
 仲間にあんな威力の魔法放つとか、どんだけ恨みがあんだよ。」

悪魔インポリーの下品な声が耳についた。
その不快な音は僕の心を抉っていく。

痛い。苦しい。しんどい。逃げ出してしまいたい。
負の感情が僕の心を支配していく。

きっとこんな窮地に陥っても主人公は跳ね返すんだろう。
だけど、僕はこの世界のモブだから。
いくら魔力を鍛えても主人公と同じ位置には立てない。

シドーさんが僕を庇って助けてくれた時は主人公になった気分だったよ。

だけど、僕はモブだから期待には応えられない。

『お前…、逃げ…んな…よ。全…力で……立ち向かえや。』
ふとシドーさんの言葉が蘇った。
あれはどういう意味なんだろ?

僕は7歳で前世の記憶を取り戻してから全力で生きてきた。
この世界がレインボーワールドというゲームの世界で、ヒロインの過去回想に出てくるモブキャラ。

このままでは3年後の魔人襲撃で死ぬことが確定している。
だから周囲を巻き込み必死に魔力を磨き全力で抗った。
全力で立ち向かったからこそ、ゲーム中では語られていない悪魔や黒龍との戦闘があっても死亡フラグを乗り越えることが出来た。

でも、それで終了になるわけじゃなかった。

村が救われたが、教会からの推薦という形でレインがレインボーワールドの舞台である魔法学院に通うことになった。
レインを本編に登場させるため、この世界の強制力が働いたのかもしれない。

幸いだったのは僕も誘われたことだ。
モブキャラである僕は、レインボーワールドの世界で役割を担っていない。
つまり本編が始まってもレインを助けることが出来る。
僕も舞台に上がる決意をした。

そして13歳となった今、僕は再びヒロイン達と邂逅することとなった。
彼女はレイドット=リコリア。
主人公アッシュを陰に日向にフォローしてくれる『苦労性のリコリア』
そして、彼女のメイドをしているマルライト=セルビー。
彼女はレインボーワールド本編では名前も登場しないモブキャラ。
しかも、15歳の時に突然原因不明の病に倒れやがて死亡してしまうというフラグを持っていた。

僕は彼女にシンパシーを持った。
だから物語に介入した。
天使と戦うことになったりアクシデントもあったが何とか死亡フラグは回避した。

ただ、悪魔インポリーには勝てなかった。
いや、僕は自分が出来ることを全力でやった。

「本当に?」
フイに頭に母さんの声が響いた。

「えっ。」
僕は戸惑った。母さんの姿はどこにも無い。

「本当に全力で頑張ったの?」
母さんは僕の戸惑いなどお構いなしに再び聞いてきた。生前母さんもそうだったなと思わず苦笑してしまう。

「僕は頑張ったんだ。
 だけど、人間が反応出来ない速度で動かれたらどうしようもないよ。
 バケモノに対抗できるのはバケモノだけだよ。普通の人間は諦めるしかないじゃない。
 だから、二度目に天使と対峙した時はすぐに悪魔パルバフェットを呼んだんだ。
 それが僕に出来る最善の手だった。」

「セーバスは対抗してたじゃない?」

「あれは凄かったけど、あの人の修練の賜物だと思う。
 僕ではあんな風に身体に這わせるような障壁の展開はできないよ。」

「ふーん、やらない言い訳ばかりね。やっぱり逃げるんだ?」

「違うよ。戦いは正攻法だけじゃない。
 搦手だって使えるものはなんでも使って最終的に勝つことが大事なんだ。それは逃げじゃない。」

「じゃあ、悪魔インポリーは正しいのね?」

「うっ。それは…。」

「悔しいんじゃないの?」

「悔しいさ。」

「じゃあ、逃げちゃだめじゃない?戦わなきゃ。」

「逃げてなんて…。」

「全部試した?」

「えっ。」

「出来る可能性のあることは?
 チャレンジ出来ることはぜんぶ試したの?
シドーが言ってたのってそういう事でしょ?
手を抜くなって。」

「あっ」

『限界なんて思ってるから限界なんだ』
先ほど無茶ぶりをしてきた悪魔インポリーの言葉が思い浮かぶ。

まったく。
敵対している悪魔に気付かされるとは皮肉なもんだ。

「答えは出たようね。全く。
 そろそろ親離れしてもらわないと困るわよ。頑張りなさい。」
そう言って母さんの笑う声が遠のいていく。

「つ、次で、ラストだ。
 約束通りシドーは返してもらう。」
セーバスさんの言葉を聞いてハッとなった。


「お、頑張るねぇ。
 もちろんだとも。悪魔は約束はしっかり守るからよ。
 じゃあ最後だ。
 今までの最大出力でいってみよーか。
 分かってると思うけど、威力が落ちたらノーカンだからな。」


「言われなくても分かってる。」
僕は声を荒げた。

ふぅー、落ち着け。
シドーさんもセーバスさんも皆を救うんだ。


「これがラストです。準備はいいですか?」
僕はすぅっと息を吸ってセーバスさんを見た。

「大丈夫、心の準備は出来てるよ。
 さ、エドワード君、ひと思いにやっちゃってよ。」
セーバスさんは力なく笑った。

「はぁぁぁぁぁ」

僕は気合いを入れて、先ほどまでよりさらに多くの魔力で<雷撃>を練り上げていく。

ちらりと悪魔インポリーを見ると、笑みを浮かべながらも眼は冷静だ。
先ほどよりもこめる魔力が少なくなってないかチェックしているのだろう。


暴れ出す魔力を無理やり抑え込むが制御がキツイ。
それでも僕は根性で制御を果たした。

「ら、<雷撃>ィィィィ」
最大火力の<雷撃>を放つ。

バリバリッ
耳を劈く雷鳴が轟いた。


<雷撃>が落ちた先には身体中が痙攣している悪魔インポリーの姿があった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...