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過去回想に映りこむモブ編

第50話 辺境伯事変―対悪魔3

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side:エドワード

「なんで?」
僕は呆けたままシドーさんの方を見ていると、不意に目が合った。

「お前…、逃げ…んな…よ。全…力で……立ち向かえや。」
途切れ途切れに聞こえてきたシドーさんの言葉。
それは弱弱しい声だったが、僕の脳を揺さぶるほどに強烈なものだった。

「大丈夫かい?」
見上げれば、隣にはいつの間にかセーバスさんが立っていた。
いつもの笑顔はなりをひそめ、真剣な表情で僕を見てくる。

「ふむ、ちょっとショックが大きすぎたかな?
 どうもまだ戦えそうに無いね。
 ショックなところ悪いけど、僕はケアしてあげないよ。」

セーバスさんの言っていることが分からなかった。
ケアとかそういう問題じゃない。
人間が悪魔に立ち向かえるはずが無い。

「戦うですって?無理ですよ。身体能力のスペックが違い過ぎる。
 先ほど思い知らされました。人間ではアレに立ち向かえない。
 僕が召喚さえ出来ていれば…。」

パルバフェットが召喚できれば対処できたのに。
そう考えずにはいられない。

悪魔は契約に従う代わりに融通が利かない部分がある。
特に、契約変更は例外を除いて原則は無理だ。
その例外は、本来の契約に則った内容での変更であることと依頼主と悪魔の間で合意を得ることで可能となる。

今、パルバフェットは別案件で契約中だ。
つまり、契約変更することは出来ないため、ここに召喚できない。


「また、逃げの考えか。
 いい加減現実を見たまえ。
 たらればを言っても、事態は好転しないよ。
 僕達がすべきことは出来ることをすることだけだ。」
言葉の端々からセーバスさんの苛立ちが伝わってくる。

「おい、話し合いはもういいか?
 待ってるのも飽きてきたんでやる気が無いなら一人ずつ狩っていくぞ。」

「最近の悪魔は無粋だな。
 こういう時は黙って待っておくのが粋というやつだろうに。
 ここからは僕が相手をしてやろう。
 
 僕の名はモドキ=セーバス。このパドレス家の執事だ。」
セーバスさんは両手に短剣を握り中段の構えを取った。
アレに立ち向かうつもりのようだ。

「そう言えば、名乗ってなかったな。
 そりゃ無粋と言われても仕方ねーか。悪い悪い。
 俺の名はインポリー。
 久しぶりに滾ってきたんだ。楽しませてくれよぉ。」
そう言って悪魔インポリーは嗤う。

「友人がやられて自分でも思った以上に頭に来てるんだ。
 悪いけどお前で憂さ晴らしさせてもらう。」
セーバスさんの雰囲気が変わっていく。
以前の僕達と対峙した時とは比較にならないほどの殺気を放っている。

「いいぜぇ。晴らせるもんならなぁ。」

 ***

セーバスと悪魔インポリーは互いに動く。

悪魔インポリーが消えた。
くそっ、やっぱり視えない。

このままじゃ、セーバスさんも殺されてしまう。
だけど、予想外の光景が飛び込んできた。

そこには悪魔インポリーの手刀を短剣をクロスさせて受け止めているセーバスの姿があった。

「やるねぇ。
 さっきの少年とは違うということかい?」
悪魔インポリーは鍔迫り合いをしながら嗤う。

「一緒にされちゃ困る。経験が違う。
 お前たちのような身体能力自慢との戦い方も知ってる。」

セーバスは悪魔インポリーの腹を蹴り、その反動を使って距離を取った。

「寂しいじゃねーの。<土壁>」
悪魔インポリーはセーバスの背後に<土壁>を形成。
セーバスは悪魔インポリーの<土壁>によって壁際に追い込まれた。

「ちっ、それなら。<土壁>」
セーバスもまた<土壁>を発動。
するとセーバスの立っている場所が盛り上がる。

「うおっ」
セーバスに殴りかかっていた悪魔インポリーは驚いた。
そこにセーバスは居らず、急に盛り上がった土を叩いてしまった。

セーバスの<土壁>は脆かったのか悪魔インポリーの周囲に土埃が舞う。

「<火炎>」
セーバスは視界が悪くなった土埃の中に魔法を放ち、<土壁>の向こう側に飛び降りた。

土埃には可燃性の微粒子が含まれていたようで、放り込まれた<火炎>の効果により小規模な爆発が発生。

土煙が晴れると、2人が展開していた<土壁>が消え、互いの姿を視認出来るようになった。

悪魔インポリーは愉しそうに言う。
「ビックリさせてくれるじゃねーの。」

攻撃を受けたはずの悪魔インポリーはほぼ無傷で息一つ乱していない。

「悪魔というのはやはり頑丈だな。
 これは骨が折れそうだ。」

一方、セーバスも無傷だが、体力の消耗が激しいのか額から汗が垂れている。
だが、闘志は全く衰えておらず悪魔インポリーを睨みつけている。

再び悪魔インポリーの姿が消える。
エドワードが次に見たのはセーバスの背後から手刀を振り下ろしかけている悪魔インポリーの姿。
しかし、セーバスの身体に手刀が触れる前に悪魔インポリーの動きが止まった。
風属性の障壁が悪魔インポリーの手刀を防いでいるようだ。

「<風壁>を自分の身体を覆うように展開…。
 そんな使い方が出来るのか。」
エドワードは思わず呟いた。

「ぬぉぉぉ」
悪魔インポリーは手刀にこめる魔力量を上げ、強引にセーバスの<風壁>を突破していく。
だが、セーバスも黙っってはいない。

「<風針>」
セーバスが風魔法を唱える。
すると、悪魔インポリーはその場から後ろに大きく飛び退いた。

<風針>は空気を細い針状に圧縮して打ち出す魔法。
当たるとチクチクして不快だが、威力としては嫌がらせ程度のもの。

だが、細くて気づかれにくい針は相手の急所を狙うには最適な魔法。
悪魔インポリーは右目を押さえていた。

「流石に目は鍛えてなかったようだね。
 僕の針は痛いだろう。」
セーバスは笑みを浮かべる。
悪魔インポリーはセーバスを睨みつけた。

「調子に乗るなよ人間風情が。」
悪魔インポリーの姿がまた消え、セーバスは「ワンパターンか」とため息をついた。

しかし、次の瞬間セーバスは固まった。
悪魔インポリーはシドーを掴んで立っていた。

「お前のいう友人とやらはこいつの事だろう?
 良かったな。幸いまだ息があるようだぞ。」

シドーは既に意識が無い様子だがまだ生きている。
それはつまり、人質としての機能が働いているという事。

「お前の方から戦えと嗾《けしか》けておいて自分が不利になったら人質とって脅すだと?」
苦々しくセーバスが問う。

「すまんが、俺は気分屋でなぁ。
 さっきまでは血沸き肉躍る闘争に高揚していたが、どうにも醒めちまった。
 急に冷静になったってやつだ。
 人間風情にわざわざ付き合ってやる必要はねぇ、とな。」
悪魔インポリーはくっくっと笑う。

「悪魔はもっと戦いに誇りを持っていると聞いたが、どうやら間違いだったらしい。」

「そんなかび臭い誇りを持ってんのは旧貴族のじじい連中だけだ。
 俺達若い世代にとっちゃ、卑怯だろうと何だろうと勝つことこそが悪魔の誇りだ。」

「それで、要求は何だ?」

「ふむ、そうだな。余興をしようじゃないか。
 先ほど戦った少年は不思議な魔法を使っていたな。
 セーバス君にその魔法を放って何発耐えれるか試してみようか。」
それは名案だと悪魔インポリーは自分のアイディアに満足気に頷いた。

「シドーの解放条件は何だ?」

「そうだな。切りのいいところで10発にするか。
 10発耐えたら、解放してやるよ。」

「わかった。」
セーバスは淡々と頷いた。

 ***

この人たちは何を言っているんだ?
僕は悪魔インポリーの要求もセーバスさんがその要求を受け入れたことも理解できなかった。

僕の心はぐちゃぐちゃに乱れた。
人質であるシドーさんを助けたい気持ちはある。
だけどそのためにはセーバスさんを攻撃することになる。下手をすれば殺しかねない強力な雷魔法でだ。
もし殺してしまったら、味方殺しという十字架を背負う覚悟は出来ていない。

そんな僕の心を見透かしたようにセーバスさんが声を掛けた。

「すまないね。エドワード君。
 何があっても君が気負うことはない。
 シドーを助けるためだと思ってやってくれ。」
そう言って笑うセーバスさんの瞳の奥に覚悟が見えた。
もう僕に拒否権は無かった。
そして、僕にとって地獄の時間が始まる。
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