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彼女のいない世界。
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「オルは、また旅に出ているの?」
「はい。日本の神々を引き連れて、魔王教の残党狩りをしていますね」
「そんな人間相手に……王国兵に任せておけば良いのに」
「ふふ、あの方曰く『また息子の力を悪用されたくはない!』とのことですから」
「オルが子煩悩だとはなぁ……」
エルトーデ王国、王都の中心にあるエルトーデ城の一室に、筆頭魔法使いである俺は部下である隠密のマイコから報告を受けていた。
伝説の騎士と呼ばれるオルフェウス・ガードナーの伴侶、エンリ・ガードナーが行方不明になってから一年経つ。戻ってきた時のオルは意外にも冷静だった。
「エンリの呼んだニホンの神々が消えていない。エンリの存在は無くとも、エンリの痕跡がある限り俺は彼女を信じる」
まるで自分に言い聞かせるように話すオルは、どうやら俺の『全てを見通す力』をアテにしていたらしいが、俺の魔法でも彼女を探し出すことは出来なかった。
「やはりそうか。いや、一応確認したかっただけだ。すまない」
それでも少し期待していたのだろう、彼の顔は落胆の色を見せていた。それでも定期的に彼女を探す魔法を使用することを約束すると、オルは僅かに微笑んだように見えた。
それから数日城に滞在したオルは、再び日本の神々を引き連れて旅に出た。
「ねぇマイコ。エンリさんを探す魔法を使いたくないわけじゃないんだけどさ」
「はい」
「エンリさん、たぶん探しても見つからないと思うんだよね」
「……と、言いますと?」
「見つからないのはエンリさんの意思だから、探さなくても時期がくればエンリさんの方から来ると思うんだけど」
「まぁ、そのほうが彼女っぽいですね」
「でしょ?」
一年。もう、一年だよエンリさん。
俺は部屋にある大きな窓に近づくと、そこから広がる青空に向かい、そっと心の中で呼びかけた。
『人の子よ、今回も取るに足らぬ小悪党であった。もう良いのではないのか?』
「なるべく綺麗にしておきたい。魔獣やら魔物はともかく、人の悪いものはエンリと俺の子に触れさせたくねぇからな」
あれから一年。もう子は生まれているのだろうか。
元気なのだろうか。
彼女は生きている。分かっているつもりだ。それでも……。
『今日もまだ感じられぬよ』
「分かっている」
『我ら神々も、界を越えて探しておる』
「分かっている。それでも、じっとしていられねぇよ」
『そうであろうな』
雲ひとつない青空を見上げる。
隣にふわりと風をまとったシナトベの緑の髪がゆらりと揺れて、不意に俺の方を向く。
『神子が告げられたそうだ。 来る、と言うておるぞ』
「神子? ビアン国の予知の神子姫か!! エンリが来るのか!? どこにだ!?」
『お、落ち着け人の子! 殺気を放つな! 強すぎる殺気は神をも殺すぞ!』
「ああ、すまん。どういうことか聞いてくれるか?」
珍しく慌てていたシナトベの様子に、俺は驚きつつも冷静になろうと鋼の意思を自分に向けて行使する。これはエンリが消えてから得たものだ。多少のことに動揺しなくなった。エンリのことに関しては別だが。
エンリが消える前に俺に向けて加護を与えたらしい。そのせいで今の俺はこの世界に存在する全てに、何かしら影響を与えてしまうらしい。
昔馴染みの魔法使いクラウスや、元勇者のマールにも嫌という程言い聞かされている。
俺は別にそんな力は必要ないんだが……エンリは過保護だからな。可愛い奴め。
『人の子よ。冷静になるのは良いが、その顔はやめておけ』
常々無表情のシナトベに、すごく嫌そうな顔をされた。解せぬ。
「それで、俺はどこに行けばいいんだ? エンリに関わることか?」
『場所は精霊の森だ。人の子エンリに関わることかは分からぬそうだ』
「よし、行こう。連れて行け」
『神に命令するなと言うておるのに……水の神を呼ぶ。しばし待て』
なんだかんだ、シナトベは面倒見がいいと俺は思いながらも口には出さない。こいつもきっと、エンリに会いたいんだろう。無表情の中にも時折寂しさが感じられたからな。同じ感情を持っていれば、そういうのも分かるものだ。
精霊の森は、変わらずに澄んだ空気に満ちていた。
森特有の腐葉土を踏みながら、俺は前を飛ぶシナトベを追いかける。そして、横を歩く銀色に声をかける。
「おい。俺の姪を放っておくのか」
「その身籠っているオルの姪に言われた。一緒に行ってやって欲しいと」
「ちっ……心配性だな」
「オルに似たんだと思うけど」
薬師のマールはくすくすと笑いながら、その類稀なる美貌を俺に向けてくる。おい、それは俺じゃなくお前の妻のミラにやれ。無駄に色気を出してくるな。
現役を退いたとはいえ、マールの歩く速度も身のこなしも安定している。さすが元勇者だな。
「エンリさんに関わる何かが来るといっても、森は広いよ」
「ああ。そこにいるシナトベが情報を集めているから大丈夫だ。それでもお前の精霊に頼らせてもらう」
「シロと精霊王は喜んで力を貸してくれているけれど、なぜここに来るのか……」
「知らん。俺はエンリが戻ればいい」
「ま、それは皆同じ気持ちだけど」
それから俺とマールはただ無言で足を動かし、森の奥へ奥へと進むのだった。
「はい。日本の神々を引き連れて、魔王教の残党狩りをしていますね」
「そんな人間相手に……王国兵に任せておけば良いのに」
「ふふ、あの方曰く『また息子の力を悪用されたくはない!』とのことですから」
「オルが子煩悩だとはなぁ……」
エルトーデ王国、王都の中心にあるエルトーデ城の一室に、筆頭魔法使いである俺は部下である隠密のマイコから報告を受けていた。
伝説の騎士と呼ばれるオルフェウス・ガードナーの伴侶、エンリ・ガードナーが行方不明になってから一年経つ。戻ってきた時のオルは意外にも冷静だった。
「エンリの呼んだニホンの神々が消えていない。エンリの存在は無くとも、エンリの痕跡がある限り俺は彼女を信じる」
まるで自分に言い聞かせるように話すオルは、どうやら俺の『全てを見通す力』をアテにしていたらしいが、俺の魔法でも彼女を探し出すことは出来なかった。
「やはりそうか。いや、一応確認したかっただけだ。すまない」
それでも少し期待していたのだろう、彼の顔は落胆の色を見せていた。それでも定期的に彼女を探す魔法を使用することを約束すると、オルは僅かに微笑んだように見えた。
それから数日城に滞在したオルは、再び日本の神々を引き連れて旅に出た。
「ねぇマイコ。エンリさんを探す魔法を使いたくないわけじゃないんだけどさ」
「はい」
「エンリさん、たぶん探しても見つからないと思うんだよね」
「……と、言いますと?」
「見つからないのはエンリさんの意思だから、探さなくても時期がくればエンリさんの方から来ると思うんだけど」
「まぁ、そのほうが彼女っぽいですね」
「でしょ?」
一年。もう、一年だよエンリさん。
俺は部屋にある大きな窓に近づくと、そこから広がる青空に向かい、そっと心の中で呼びかけた。
『人の子よ、今回も取るに足らぬ小悪党であった。もう良いのではないのか?』
「なるべく綺麗にしておきたい。魔獣やら魔物はともかく、人の悪いものはエンリと俺の子に触れさせたくねぇからな」
あれから一年。もう子は生まれているのだろうか。
元気なのだろうか。
彼女は生きている。分かっているつもりだ。それでも……。
『今日もまだ感じられぬよ』
「分かっている」
『我ら神々も、界を越えて探しておる』
「分かっている。それでも、じっとしていられねぇよ」
『そうであろうな』
雲ひとつない青空を見上げる。
隣にふわりと風をまとったシナトベの緑の髪がゆらりと揺れて、不意に俺の方を向く。
『神子が告げられたそうだ。 来る、と言うておるぞ』
「神子? ビアン国の予知の神子姫か!! エンリが来るのか!? どこにだ!?」
『お、落ち着け人の子! 殺気を放つな! 強すぎる殺気は神をも殺すぞ!』
「ああ、すまん。どういうことか聞いてくれるか?」
珍しく慌てていたシナトベの様子に、俺は驚きつつも冷静になろうと鋼の意思を自分に向けて行使する。これはエンリが消えてから得たものだ。多少のことに動揺しなくなった。エンリのことに関しては別だが。
エンリが消える前に俺に向けて加護を与えたらしい。そのせいで今の俺はこの世界に存在する全てに、何かしら影響を与えてしまうらしい。
昔馴染みの魔法使いクラウスや、元勇者のマールにも嫌という程言い聞かされている。
俺は別にそんな力は必要ないんだが……エンリは過保護だからな。可愛い奴め。
『人の子よ。冷静になるのは良いが、その顔はやめておけ』
常々無表情のシナトベに、すごく嫌そうな顔をされた。解せぬ。
「それで、俺はどこに行けばいいんだ? エンリに関わることか?」
『場所は精霊の森だ。人の子エンリに関わることかは分からぬそうだ』
「よし、行こう。連れて行け」
『神に命令するなと言うておるのに……水の神を呼ぶ。しばし待て』
なんだかんだ、シナトベは面倒見がいいと俺は思いながらも口には出さない。こいつもきっと、エンリに会いたいんだろう。無表情の中にも時折寂しさが感じられたからな。同じ感情を持っていれば、そういうのも分かるものだ。
精霊の森は、変わらずに澄んだ空気に満ちていた。
森特有の腐葉土を踏みながら、俺は前を飛ぶシナトベを追いかける。そして、横を歩く銀色に声をかける。
「おい。俺の姪を放っておくのか」
「その身籠っているオルの姪に言われた。一緒に行ってやって欲しいと」
「ちっ……心配性だな」
「オルに似たんだと思うけど」
薬師のマールはくすくすと笑いながら、その類稀なる美貌を俺に向けてくる。おい、それは俺じゃなくお前の妻のミラにやれ。無駄に色気を出してくるな。
現役を退いたとはいえ、マールの歩く速度も身のこなしも安定している。さすが元勇者だな。
「エンリさんに関わる何かが来るといっても、森は広いよ」
「ああ。そこにいるシナトベが情報を集めているから大丈夫だ。それでもお前の精霊に頼らせてもらう」
「シロと精霊王は喜んで力を貸してくれているけれど、なぜここに来るのか……」
「知らん。俺はエンリが戻ればいい」
「ま、それは皆同じ気持ちだけど」
それから俺とマールはただ無言で足を動かし、森の奥へ奥へと進むのだった。
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