魔王と歌うテロリスト

鈴宮 はるか

文字の大きさ
上 下
3 / 5

オーディションで出会った敵

しおりを挟む
「あんた、気づいてる?」
「なにをだ?」
「パルフェのルミアって、カラヴィッチ菓子じゃなくて魔法王国菓子なの。だから、同じ所に入ってたら本来はおかしいの」
 ルミアというのは、日本で言うところの求肥に似たお菓子である。パルフェは言うまでもなく、パフェに似ている。魔王はきょとんとなっている。
「だからなんだっていうのだ」
「パルフェは、カラヴィッチ菓子でしょ。ぜんぶカラヴィッチ菓子じゃなきゃ、おかしいでしょう?」
「わたしはどちらも食べたいが?」
 喫茶店で、魔王とキアーラ、そしてメレリルが、パルフェについて論じ合っていた。
「わたしの国は、資源がないのだ。あれこれ細かく区別するのは、ぜいたくだと思う」
 真顔で、魔王。ふーん、と王女はほおづえをついて見せた。
「資源がないから、仕方なく芸能界入りするのですよね」
 メレリルが、フォローを入れてくれる。大きく肯く魔王。
「それで、ここのパルフェを食べたがったのね?」
 王女は、声を低めた。
「こう言っちゃなんだけど、そんなにあなたがルミア好きなら、なにもフルーツパルフェを頼むことないの。魔法王国菓子専門店なら、この首都アウラにもあるんだからね」
「わたしは、ここのパルフェのルミアが好きなのだ!」
 断固として、魔王は言った。
「一度、それを鎌田さんに言ってみたら? ウケるから」
 もう、お手上げという態度の王女さま。
「では、今日のスケジュールを申し上げます」
 メレリルは、スーツのポケットからすらりとシステム手帳を取り出した。鎌田スカウトマンから、スケジュールについて任されているので、隙あらば仕事をさせようと試みている。
 内心でどう思っているのかは、不明だ。
 だが、賭けてもいい。
 ぜったい、おもしろがってる。
 その証拠に、サソリのしっぽが、楽しそうにゆらゆらしている。
「今日の午前九時、あと二十分でドラマの撮影が始まります。ドラマの題名は、『関谷海峡 殺人事件~殺意の温泉避暑地』というものです。ストーリーは、関谷(せきや)海峡にある天馬の楽園で、テロリストによる殺人事件が勃発。主役の魔王さまが、なんとか犯人をつかまえるものの、犯人の兄であるゴードンが弟の命乞いをし、二人の間に恋が芽生える。しかし犯人は卑劣にも、自分の弟を邪魔に思って殺し、魔王も殺そうとする。魔王は、歌で対抗し、テロリストを海峡から自殺に追い込む、というものです」
「はー。ちょっと無理のある話なんじゃないの?」
 王女は、鼻にしわを寄せている。
「歌か? 歌を歌うのか?」
 魔王の方は、別なところで引っかかっている。
「ダメなの?」
 キアーラは、首をかしげる。
「役者をころしかねん」
 これでも魔王は、心配しているのである。
「いいじゃん、どうせ役の上だし。耳栓もあるんだし」
 本気にしていない王女。
「それはそうだが……」
 釈然としていない魔王であった。
  二十分後、ドラマの撮影が始まった。
 二時間ものであったが、セリフを暗記して演技をするのは、なかなか大変だった。
 カメラに合わせて瞳孔を開いたり閉じたり、
「ゴードンさんを、もっと熱烈に見つめて! そう、追いかける視線で!」
 という指摘を受けたりした。
 特にむずかしかったのは、犯人の兄役ゴードンに対して恋が芽生えるシーン。
 ゴードンの、傲慢な鼻を見あげながら、
「あなたのことが、心配なの」
 なんて潤んだ瞳で言わなければならない。
  唇をわななかせ、頬をぬらし、カメラをしかと見据えて。
 本心ではないことを言うなんて、初めての経験。
 つらいなんでもんじゃない。
 照明で痛くなった目に目薬をさしていると、ゴードンがこちらに歩いてくるのが見えた。顔が引きつっていて、あまり機嫌はよくなさそうだ。
「おまえ!」
 ゴードンは、いきなり魔王を指さして、どなりつけた。
「魔法王国の魔王だろう!」

  その場にいた全員が、しぃんと静まり返った。
 魔王の心臓は、スキップビートではじけんばかりになった。
 正体が、バレたら、周囲がどう反応するか。
 カラヴィッチ国では、魔法はあまり歓迎されていない。
 戦争で、たくさんの人を殺した魔王は、特に恨まれている。
 魔法王国の魔王。
 それは、忌むべき邪神の名前。
「きさまは、魔法王国の魔王だ!
 というセリフを、このドラマのどこかにいれたいのだ! かまわんか」
 ゴードンは、続けた。
 魔王は、ほっとしたあまり、足がスライムになったかと思った。  
 「か、かまわぬが、それはテロリストに宣戦布告するという場面で使うのか?」
 魔王は、かろうじて反応して見せた。
「それ、いいね!」
 監督は、台本を持った手を振り回しながら、笑顔を見せていった。
「さっそくそのシーン、いってみようか!」
 カメラ回して! と怒号が飛ぶ。
「さすが貴族さまの血を引くだけあって、いいセンスしてる。でもそれくらい、うちの魔王だって気がついてるよ」
 嫌みを言うのがキアーラ王女である。
「いやーん。もしかしてあなた、ゴードンのことが好きなの?」
 そばで見学している女優の大西は、ぽいと投げ出すように、
「ゴードンは、槍の試合で負けたことがないわ。ちょーカッコイイのよ」
「かんけーないわよあんなの」
 キアーラ王女は、ぷくっとふくれっ面をして見せた。
「こらこら、外野がうるさいぞ。本番中なんだから、雑音を入れんでくれないかな」
 監督は、ハエでも追っ払うような仕草だ。
 魔王は、ゴードンの瞳をじっと見つめた。ここからが、恋愛のシーンだ。一番難しいところである。思い入れたっぷりに、そして抑えた演技でいかねばならない。おおげさすぎると、興ざめになるし、抑えすぎると何をやってるのか判らない。
「ぼくの、どこが好きなんだ」
 ゴードンのセリフは、どこかつっけんどんである。そこがまた、いい味出していたので、監督は嬉しそうだ。
「わたしは、一人ではやっていけないの」
 魔王は、きわめて淡々と、
「わたしだけじゃない。ひとはだれでも、一人じゃやっていけないと思う。そして、それに気づかせてくれたのがあなただったの」
「はいカット!」
 監督が号令を掛ける。一気に緊張がほぐれる。ざわざわと、雑談がはじまる。
「ふん、少しはできるじゃないか」
 ゴードンは、当てこするような口調で言った。
「あなたほどじゃない」
 魔王は、不快感を隠しながら、鷹揚に言った。ゴードンは、きまじめな顔になった。
「たかが三流ドラマだと思ってるのであろう」
 嘆くような口調だった。
「この頃の流行なのである。テロリストに恋愛、温泉にグルメ。なんでもつっこみゃ、視聴率が取れると思ってるのだ局の連中は」
 案外、まじめな口調だった。思わず魔王は、まじまじとゴードンを見つめてしまった。
 「でもとても一流の仕事とは言えないわね。朝ドラはどうなったのよ」
 キアーラが、文句をつけると、ゴードンは腹立だしげに、
「吾輩も、あのオーディションが朝ドラの審査だと思っておったが、どうやら手違いがあったらしい。下積みから経験しろということなのであろう」
「わたしは構わん。どうせ三週間しかいない」
   魔王は、悠然と構えてみせる。ゴードンは、にこりともせずに、
「そりゃよかった。ライバルは一人でも少ない方がよい」
 カツカツカツと立ち去っていく背後に、魔王はサルのマネをしてみせた。舌をつきだし、目をぐるぐるさせる。女優の大西は、ぷっと吹き出してしまい、キアーラがその口を慌てて押さえつけた。
 ゴードンは、振り返った。魔王の舌が宙で静止している。
「ルミア専門店なら、中央区の南端にあったから見ておくがよい」
 魔王は、舌を引っ込めた。「なんでルミアが好きだとわかる」
「吾輩も、あの喫茶店に入っておったのだ! あんな大声で騒ぐものではないぞ。一般市民に迷惑であろうが、キアーラ王女」
 ギクッとした王女に、とどめの一言。
「ちなみに吾輩は、パルフェのクリームが好きだ」
 勝手に言ってろ!  魔王はまた思いっきり、舌をつきだした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】呪われ令嬢、猫になる

やまぐちこはる
ファンタジー
エザリア・サリバーは大商団の令嬢だ。一人娘だったが、母が病で儚くなると、父の再婚相手とその連れ子に忌み嫌われ、呪いをかけられてしまう。 目が覚めたとき、エザリアは自分がひどく小さくなっていることに気がついた。呪われて猫になってしまっていたのだ。メイドが来たとき、猫がいたために、箒で外に追い出されてしまう。 しかたなくとぼとぼと屋敷のまわりをうろついて隠れるところを探すと、義母娘が自分に呪いをかけたことを知った。 ■□■ HOT女性向け44位(2023.3.29)ありがとうございますw(ΦωΦ)w  子猫六匹!急遽保護することになり、猫たんたちの医療費の助けになってくれればっという邪な思いで書きあげました。 平日は三話、6時・12時・18時。 土日は四話、6時・12時・18時・21時に更新。 4月30日に完結(予約投稿済)しますので、サクサク読み進めて頂けると思います。 【お気に入り】にポチッと入れて頂けましたらうれしいですっ(ΦωΦ) ★かんたん表紙メーカー様で、表紙を作ってみたのですが、いかがでしょうか。 元画像はうちの18歳の三毛猫サマ、白猫に化けて頂きました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

処理中です...