魔王と歌うテロリスト

鈴宮 はるか

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芸能界にスカウトされた魔王 2

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というわけで、三人は鎌田事務所の前に来ていた。どこをどう見ても、ふつうの集合住宅である。魔法王国は、カラヴィッチ国によくあるこの住宅を、「こびと小屋」と嘲笑したものだが、こびとが洞窟を掘るときに使う住宅の形式を人間の大きさに適応させて使っている。鎌田はこびとではないはず。仕事への交渉能力は人間と変わらないはずだ。
「このプロダクション、売れてるのかなぁ」
 キアーラ王女は、疑問を口にした。魔王は苦い顔のままである。仕事への交渉能力は人間なみと思っていたが、この住宅のボロさを見ると、げんなりしてくる。
「ともかく、話だけでも聞いてみますか」
 王女は、やたら張り切っている。自分のことではないから、なおさら面白いのだろう。キアーラ王女は、妾腹の子だというが、さもありなん。
 扉の呼び鈴を鳴らすと、中からスーツ姿のごま塩頭の男が現れた。スカウトマンだ。
「や、来ていただいたんですね!」
 スカウトマンは、素っ頓狂な声を張り上げた。
「来たくなかったけどな」
 魔王は、ごにょごにょと口の中で言った。
「よくいらしてくださった! ささ、中へ! いまお茶だしますね!」
 今にもこけそうな勢いで、スカウトマンは部屋の中にすっとんでいく。
 中はちゃぶ台に座布団。外から見た印象よりは、多少印象はいい。
 キアーラは、サンダルを脱いで座布団に座り、スカウトマンの出してくれた冷たいお茶をすすりはじめた。魔王は、ためらいつつ、その隣に座る。メレリルは入口で見張りに立った。
「さて、うちのプロダクションに来てくれたら、いろんなことが特典でつきますよ」
 スカウトマンは、正面に座ると、さっそくもみ手をしはじめた。
「ダンスやカラヴィッチ舞踊、ドラマや舞台などへのセリフの練習から、音楽の勉強―――」「音楽の勉強はよしてくれ」
 魔王は、ぴしゃりとはねつけた。
「音楽は、うちの国技で、戦いの神マルドゥクへのささげものだ」
「はあ」
 スカウトマンは、デメキンもどきみたいに目をきょとんとさせたが、
「まあ、いいでしょう。練習は三日に一度、それぞれの分野に先生がおられます。遅刻しないようにしてくださいねー。ドラマやCMなどへの出演交渉やスケジュール調整は、うちがやります。そのかわり、出演料の二〇%はうちがとります。契約期間は三年間。それまでにデビューしなかったら、契約を打ち切ります」
「三年で元を取るつもりか。なかなか渋いな」
「うちも商売ですからねー。そのかわり、ずっと売れていたら、出演料の値上げ交渉もうちがしますよ」
「独占契約のように感じるが」
「いやいや、うちよりいい条件を出すプロダクションは、そうそうないですよ。ずぶの素人相手にっ……って、おっとっと」
 口が滑った、というふうに口を手で覆うスカウトマン。思わず苦笑する魔王。
 「ねえ~。トゥナオの広告なんてやだ~! あたし、おりるー」
 突然、部屋の奥から出てきた女性は、半分裸のような姿だったので、魔王はさすがに顔を赤らめた。トゥナオというのは、腐った豆のことである。主に木の葉とともに食する。
「だ、だれだ、失礼な」
 びりびりっ! と大声でしかりつけると、何事かとメレリルが、扉からすっとんできた。
 さらり。
 剣を抜いて構えたが、その目線の先にある女性を見て、
「ああ、女優の大西美樹さんじゃないですか。ここへはお仕事で?」
 メレリルが、ちょっと間抜けな声を出す。
 大西は、くねくね身体をくねらせながら、ウインクした。
「これでも、この事務所のスターなのよん。唯一の、ね」
「唯一!」
  情けなさ過ぎ。魔王はあきれかえってしまった。
「これから、事務所を広げていくんですっ! これでも人を見る目はあるんですからねっ」  鎌田スカウトマンは、社長でもあるのだ。
「大西が、病気にならなかったら、もっと事務所も潤うはずだったのに」
 嘆いているが、ほんとに人を見る目があるのか。
 いろいろと、不安な面はあったが、
「これを足がかりに、うちの国民の支持を取り付けなさいよ」
 とキアーラ王女にささやかれては、逃げるわけにはいかなかった。
「わかった。契約させてもらおう」
 魔王は、契約書にサインした。
「それで? あたしも契約するんでしょ?」
 キアーラは、ワクワクする目でそう言った。
 
 大騒ぎした結果、キアーラは付き人、メレリルは護衛ということになり、魔王は頭痛が止らなかった。
 「ひとは外見が九割って言いますからねー。今から百貨店に行って、着る物を買ってきましょー」
 鎌田スカウトマンは、投げやりな中にも、ちょっと期待しているような目つき。
「わたしは、この姿が気に入っている」
 魔王は、すっぱり言った。
「人型をとるときは、必ずこの姿だ」
「判ります、判りますとも!」
 ぜんぜん判ってない口調で、鎌田スカウトマンは言った。
「しかし、いまどき破れたGパンに髑髏マークの綿シャツ、鎖のネックレスというのは」
「ほかにどうしろと」
「やはりここは、レギンスとか、ピンクのハイヒールなんて女の子らしいですよ」
「キショイ」
「でしょうけど! あなたも一応は、女の子でしょ! らしい格好しましょうよ。それこそ勇者も悩殺とか」
 魔王はぴくっと猫耳を突っ立てた。
「勇者が悩殺?」
「あなたの魅力があれば……」
 ごくりとつばを飲み込んで、鎌田スカウトマン。
 魔王はにたりと笑った。
「気に入った。その案を採用しよう」
  というわけで、魔王はこれ以上はないほど、女の子らしい姿になった。
 上半身は、白いレギンス。金色の猫の瞳と合わせて、下半身は黄色いパンツに、黒のハイヒール。ちょっとワルっぽい雰囲気。
 使用前は時代遅れの不良だったのが、使用後は現代風の不良になっただけという印象だが、それでも気分は変わる。ウキウキしてくる。
 それがキアーラにも伝わったらしい。
「よかったねえ、かわいいよ! これでうちの国民からも、すごく支持されるに違いないわ!」 と褒めちぎった。
 まんざらでもなかったが、魔王はふんっと鼻を鳴らして横を向いた。
 鎌田スカウトマンは、満足そうに肯きつつ、
「じゃ、今からオーディション行こうね! そのあと、合格したら朝ドラに出られるから!」「ええーっ」
 キアーラは、目を輝かせた。
「朝ドラ! すごいじゃん! 俳優の登竜門だよ!」
「そのかわり、競争率も相当だけどねー」
 負けて元々だしさ、と鎌田スカウトマン。もしかして、どこでもいいからオーディションを受けさせるつもりなのかもしれない。相当追い詰められてるのだろう。
 魔王は、ぶすっとした表情のまま、鎌田スカウトマンについていった。
 スタジオは、首都アウラの中央区にあった。
 そこでは、すでに俳優の卵たちが、セリフを暗唱したり、リズムを取ったりして、オーディションに備えている。
 二十畳ぐらいの部屋で、窓はない。天井から明りが洩れている。
 ひとりの少年が、こちらに気づいて顔をしかめた。金髪に青い瞳、儀礼用の軍服。キアーラがささやく。
「気をつけて。あれはゴードンと言って、今回のミスリル交易条約に反対する勢力のトップにいる、貴族ステファンの息子よ」
「貴族の息子が、なんでここにいるんだ」
「ステファンは、ゴードンを厳しく育ててるの。早く自立させると言って、領地の端に追いやったりね。本当の息子じゃないかもって噂なのよ。ゴードンは、自分が正当な貴族であることを立証するためにも、このオーディションに受かって、貴族のものである芸術的センスが自分に備わっていると世間にアピールする必要があるわけ」
「そりゃ大変だな」
「大変だな、ってのんきに言ってる場合じゃないわよ。もしオーディションに出るのなら、あいつが一番の勝ち馬候補よ。あいつに勝てなかったら、デビューできないんだから」
「わたしとしては、それがどうしたといいたい」
「そんなこと言っていいの? あなたの歌声をクリスタルヴィジョンで聞けなかったら、ミスリル交易条約なんて破棄しちゃうんだから」
「……」
 キアーラの真剣な目を見て、魔王は肩をすくめた。
「なぜ、そこまでわたしの歌を聴きたいのだ」
 無邪気な金色の瞳で、まともに見つめた。
「さあ……ね」
 キアーラは、ちょっと顔を赤らめた。
「あなた、伝説にある魔王とちょっと違うから……」
 そうか? なめられたものだと魔王は少し腹が立ったが、そこまで見込まれて悪い気はしなかった。
「だいじょうぶだ。わたしは負けない」
 キッと前を向いて、宣言した。
 オーディションが、始まった。
 審査員の前で、昆虫のまねをするというのが第一のハードルだった。
 昆虫の名前は、ムカデゴキブリ。
 足の六つある節足動物で、羽が生えており、狭くてじめじめしたところによくいる。
 幸い、魔法王国には存在しないが、カラヴィッチ国にはあちこちいるという。本物は見たことがない。
 なので、周囲がやっている演技のマネをすることにした。
 カサコソカサコソ。
 地面を這いつくばって、歩き回る。
 芸能界というのは、どうやら虫の演技をさせられるところらしい。
 イケメンのゴードンが、ムカデゴキブリのマネをしているのを見るのは、すかっとしたけれど、自分の番が回ってきてその演技をゴードンがせせら笑っているのを感じると、さすがにムッとくるものである。
 いいかげん、やめてしまいたいものだ。
「はい、やめて」
 審査員が、命令した。
「では、つぎはリズムのテストです。四分の五拍子に沿って、ダンスをお願いします」
 というあんばいで、オーディションは着々と進んでいった。
 ラミアのマネをして、おうっおうっと雄叫びをあげたり、タップダンスで目立ったり、もちろん歌のテストもある。
 魔王は、本気を出すのを恐れた。
「ここの流行歌を歌おう」
 と言って、『素直なあの子』という、しっとりした歌を歌った。
 その歌がその場に流れると、半分せせら笑っていたゴードンは、真剣な目になった。ほかのひとたちは、拍手さえ忘れていた。
 外にまで声が漏れたらしく、通行人が顔をのぞかせ、
「いまのはだれが?」
 と問い合わせると言った調子だった。
 最終審査に残ったのは、魔王とゴードンの二人。
 飲み物を持って鎌田スカウトマンがやってくると、
「ふん! ぽっと出の新人が、吾輩の長年の努力に、かなうわけがないであろう!」
 ゴードンは、傲慢な口調でそう宣言する。
「世間知らずのボンボンが、どれだけ努力したか知らないけど、あたしの魔王が負けるわけないわ!」
 キアーラがそういうと、ゴードンは、つかつかと近づいてきて、顔を彼女にくっつけた。
「面白い顔してるな。どこかで会ってないか?」
 ゴードンは、ふしぎそうに訊ねる。キアーラは、さっと顔色を変えた。一応王族のはしくれなので、王宮内の反対勢力にも顔は知られているはずである。しかし、もしここで正体がバレたら、魔王の立場がなくなる。王女を連れ回して、芸能界などといういかがわしいところに出入りさせるなんてと、反対勢力に非難されること請け合いだ。
 しかしもちろん、芸能界にゴードンが出入りしているというのも、ステファンたちの弱点になるかもしれない。貴族が出入りするところではないことは、たしかだからだ。
「ふふん! あたしが誰であろうと、あんたには関係ないでしょ貴族さん! あんたが芸能界にいることを、お父さんが知ったらどう思うかしらね!」
 キアーラがそんなことを言うと、
「吾輩は、父から命令されてここにおるのだ!」
 ゴードンは、さも心外そうに言った。
「ここで有名になれば、親衛隊の顔になれるというのが、父の意向でな。来年来るという魔法王国の司令官を迎える儀杖隊の隊長として、国民に周知しろと言うおぼしめしだ」
 そういえば、とゴードンは、目をすっと細めた。
「そっちの魔王と呼ばれる女の子、魔法王国の魔族の王に似ておるな? まさか……」
「まさか!」
 いきなり、鎌田スカウトマンが割り込んだ。
「そんな偉い人が、この辺をうろうろしているわけがないでしょう」
「それはどういうイミだ? 吾輩は、偉くないというイミか?」
 ゴードンは、鋭く切り返した。
「いや、それはその……」
 思わず口ごもってしまう鎌田スカウトマン。ゴードンは、なんだかめんどくさくなったらしい。
「まあよい。ともかくスターの座は吾輩のものだ。きさまたちなど、アリのように踏みつぶしてくれる」
 そう言って、長靴の音も高らかに、その場を立ち去っていった。

  オーディションに受かったのがゴードンと魔王だけであったため、後の人たちは三々五々、帰って行った。鎌田プロダクションの唯一のスター、大西美樹が顔をのぞかせ、
「ねー。トゥナオの広告より、シャンプーの広告の方がいい~」
 とまだ言っている。鎌田スカウトマンは、ほとほと弱っているようだった。
「トゥナオも、栄養価があっていいんだよぉ」
 しきりになだめている。
「あたしやっぱり、この仕事むりぽー」
 大西は、放り出すように四肢を床に投げ出し、くたびれ果てたシカのようにぐったりと背中を曲げた。
「頼むよ、これ一本で済むからさ。ほかのタレントは、魔王以外はみんなよそから借りてるんだ。ここを踏ん張ってくれないと、君も一流になれないよ」
 鎌田スカウトマンは、かき口説いている。
「もう、夕方になる」
 魔王は、冷静に腕時計を眺めた。すでに午後四時である。
「わたしたちは、ホテルに帰らせてもらおう」
「あ、それじゃ、明日必ず来てね~。明日から、稽古だから!」
 鎌田スカウトマンが、振り返って、しゃぶりつくようにそう言った。
「明日は用事がある」
 つっぱねる魔王。
「だからー。仕事優先で頼みますよぉ」
 鎌田スカウトマン、半泣きだ。
「さて、三週間しかこの国にいないのだが、わたしはスターになれるのであろうな」
 少し意地悪な笑みを浮かべる魔王に、
「三週間あれば、推理サスペンスものがつくれますからね。一本あてたら、うちに帰ろうなんて思わなくなりますよ」
 自信たっぷりの鎌田スカウトマンなのである。
 魔王としては、別な意見を持っていたが、いまさら水をぶっかけるのも気の毒だったので、言いたいことは胸に納め、キアーラとメレリルとともに、ホテルに戻った。

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