魔王と歌うテロリスト

鈴宮 はるか

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芸能界にスカウトされた魔王

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    魔王と歌うマルドゥク
    
                                 一

 魔王アスリア・インフェルノ・ネルビアが、芸能界にスカウトされた。
 そもそもの始まりは、ただ、それだけの話だった。
  このカラヴィッチ国に、芸能界などというものが存在することを、魔王は寡聞にして知らなかった。
 いったい芸能界って、なんだ。
 興味はあったが、魔王たるもの、目立つことはもちろん控えねばならない。
 ただでさえ、猫耳というので目立っているのだ。
 アスリアは、猫耳娘である。
 魔法王国の人間で、しかも魔王だと知られたら、ひどい目に遭わされる。
魔王アスリア・インフェルノ・ネルビアが、芸能界にスカウトされた。
そもそもの始まりは、ただ、それだけの話だった。
このカラヴィッチ国に、芸能界などというものが存在することを、魔王は寡聞にして知らなかった。
いったい芸能界って、なんだ。
興味はあったが、魔王たるもの、目立つことはもちろん控えねばならない。
ただでさえ、猫耳というので目立っているのだ。
アスリアは、猫耳娘である。
魔法王国の人間で、しかも魔王だと知られたら、ひどい目に遭わされる。
そもそもカラヴィッチ国の首都アウラに来たのは、カラヴィッチ国の王女(長女のミキータ)との極秘会談をするためである。
ひととおり会談を済ませた魔王は、十四歳の王女キアーラを連れて、お忍びで遊園地に出かけるはずだった。これも魔法王国とカラヴィッチ国との友好のためである。
まったく威厳も何もあったもんじゃない。
 たしかに、魔法王国には、カラヴィッチ国が豊富に持っているミスリルが不足している。
 ミスリルは、魔法を使うときの触媒として必須のものだ。精神力を補強したり、魔力を強めたりする。
 ミスリルがなければ、魔法生活を営めないため、魔法王国はたびたびカラヴィッチ国と戦争をしていたが、魔法があっても資源がないというのは致命的だ。いつも敗北を喫していた。
 それ以外にも、世間の評価では、魔法王国はいささか―――というか、かなり―――評判がよくないのである。その根拠はみっつあるという。
 ひとつ。森が多いのにミスリルがないので、生活が不便。
 ふたつ。土地が狭いので、領土問題に敏感すぎる。
 みっつ。魔法に頼りすぎて、世間を知らなさすぎる。戦争の神にくじ引きで神意をたずね、王を決めるなんて非常識だという。
 たしかに、森は多い。照葉樹林がシイタケなどを産出し、それを干すといい味が出る。こんな料理を出せるのは、魔法王国しかない。
 土地が狭いのだって、気心が知れた仲間がいて楽しいってことだ。王が三人もいてどれも血筋的には変わらないとなったら、くじでも引くしかないだろう。カラヴィッチ国には、くじというものは神意を反映するとは思っていないのだろうか。
 歴史から言えば、カラヴィッチ国などより、魔法王国のほうがずっと古いのだ。
 尊敬してもらいたいものである。
 そばにいる侍従長のメレリルは、サソリのしっぽを所在なげに動かしている。
 メレリルは、雌のマンティコアである。ライオンの身体、背中にコウモリの翼、サソリのしっぽをはやしている。今はしっぽ以外はスーツを着た人間の姿をしている。忠実すぎるむきはあるが、よい部下だ。
 スーツを着ているとは言え、こういう珍獣がいると、カラヴィッチ国の王女が悦ぶので、仕方なしにつれている。こっちの国王は、娘にめちゃ甘いことで有名だった。
 ちなみに王女は、遊園地のトイレに行ってしまっている。魔王はその外でぼやーっと待っていた。
 そこを、スカウトマンに声をかけられたのだ。 
「きみ、芸能界に興味ない?」
 なに、芸能界?
 それがなんであれ、今はそれどころじゃない。
「わたしはいま、忙しい」
 そっけなく、歩み去ろうとしたが、
「きみねえ、せっかくの才能が惜しいよ! その輝くような魅力があれば、ものすごく稼げることは、間違いないんだから」
 スカウトマンは、必死でそう言っている。  
 魔王は、ぎろりと目をむいた。猫耳がぴくぴく、神経質に動いている。猫の瞳孔がすうっと細められた。
「Gパンなんか穿かずに、フレアスカートでも穿いて、きれいなブラウスを着たら似合うよ~~」
 スカウトマンは、おだてるように言っている。
「わたしに、そんな趣味はない」
 くるりと背を向ける。スカウトマンは、めげていなかった。
「いきなり言われて、警戒するのはわかりますよ! 名刺おいときますから、ご両親とご相談の上、事務所に連絡ください!」
 名刺を押しつけて、スカウトマンは立ち去っていった。
 魔王は、途方に暮れて名刺を眺めた。
「アルページョ事務所 鎌田政志プロデューサー」 と書かれていた。
 魔王が呆然としていると、いつのまにか十四歳の王女キアーラが帰ってきて、その手の中の名刺を眺めている。
「すごーい。プロダクションに、入るの?」
  小動物のような瞳をクリクリさせて、キアーラが訊ねた。
「冗談じゃない。お断りだ」
 魔王は、ぶすっとして答える。
「そう~? いい土産話ができると思うけどなあ」
 キアーラは、ちょっと意外そうに口を尖らせた。
「われらの世界では、歌は兵器だ。そう簡単に、歌うわけにはいかぬ」
 魔王は、硬い口調であった。キアーラはちょっとたじろいだ。
「歌が兵器? どういうこと?」
「きさまらと戦ったときに、声壺を使ったが、通用しなかった。そこで、吟遊詩人たちが呪歌を歌ったであろう。あれが兵器ということだ。まったくムダだったが」
 ちょっとクサって魔王が答える。
 呪歌というのは、戦場で相手の精神や肉体に働きかけて、戦意喪失させたり、お互いに傷つけさせたりする歌のことだ。戦争用には「人声(じんごえ)」という魔法の声とメロディのついた歌を、「声壺(ごえつぼ)」につめたアイテムがあり、それを相手に投げつけると、その壺の中から歌が流れてきて、それを聞いた人々は理性を失ってしまうのだ。魔法王国では、よく使われる戦争の手段である。
「あは、あれかー。耳栓がそんなに珍しかった?」
 ちょっと自慢そうなキアーラ。
「あれでよく、上官からの命令が聞けたな」
 魔王が探りをいれる。
「よくしらなーい」
 キアーラは、てへっと笑ってみせる。
「まあ、そうか……。戦場に王女がいたわけもないからな」
 魔王は、キアーラを上から下まで眺めた。
 リボンのひらひらついた露草色のゴシック衣装に身を包んだキアーラ王女は、ちょっと見ると良家のお嬢さまにすぎないが、護衛のメレリルは油断なくあたりを監視している。誘拐や怪我でもされたら、せっかくまとまりかけているミスリル交易条約がおじゃんだ。そんな心配もよそに、キアーラ王女は我が物顔にふるまっていた。
「ねえねえ、そんなことより、今から鎌田事務所に行こうよ! クリスタルヴィジョンに出られるかも!」
 キラキラ輝くクリスタルの三次元映像を想像して、夢見るようにキアーラが言った。
「姫君、おたわむれを」
 魔王は、うんざりしていた。「わたしらがお忍びでここに来ていることを、お忘れですか」
「でも、うちの王宮のなかには、魔法王国と交易を反対する勢力もあるのヨ。あなたたちが逼迫していることを、芸能界を通じて訴えれば」
「無理がありますな。会議を通してならともかく」
「何言ってるの、カラヴィッチ国は国民の支持で成立している国よ。芸能界で顔を売れば、支持される率も高くなるわよ! 現に芸能界から政界入りした政治家もいるんだし」
「嘆かわしい」
 魔王は、歯がゆさのあまり、言葉がきつくなりつつあった。
「大衆におもねってまで、ミスリルを手に入れねばならぬとは、魔法王国も地に落ちた……」
「あ、歌に自信が無いのか」
 キアーラは、したり顔でうなずいた。
「だいじょうぶよぉ、歌が下手でも、あんたほど可愛かったら、水晶(クリスタル)映りもいいし」
「そういう問題じゃない」
 思わず魔王は、唇を噛んだ。
「わかったわ。遊園地はもういいから、あんたのオーディションを見せてよ。なにか演技とか、ダンスとかするのかな」
 キアーラ王女は、名刺に描かれている地図を眺め、
「鎌田事務所って、この近くのビルじゃないの。これはぜひ、魔王のデビューを見なくちゃね」「姫君、遊園地が飽きたのなら、もう帰りましょう。みなさん心配しているでしょう」
 見かねたメレリルが言うのだが、キアーラはぶんぶん頭を横に振った。
「いやよ! アスリア魔王がクリスタルヴィジョンで歌うのを見るまでは、ぜったい帰らない」
 魔王とメレリルは、ため息をついてお互いを見合った。
 我が儘な王女につきあうのはごめんだが、王女が機嫌を損なえば、ミスリルの輸入が滞る。毒くらわば皿までだ。
 行くっきゃない。

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