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七、月と星のキーホルダー

月と星のキーホルダー1

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 七月二十七日。以前予約したお客さんがくる日だ。
 かなでは朝からそわそわして夏休みの宿題どころではなかった。そしてあっという間にお客さんがくる、午後一時になった。イオをふくめた楽器の魂は体である楽器にもどっている。リビングで待っているとリンゴーンとチャイムが鳴った。
「かなで、ついていらっしゃい」
 かなでは律に続いた。
 律がドアを開けると高校生くらいの男の子が鉄門の外側に立っていた。髪の色は金色と茶色のあいだくらいで、荷物はトートバック一つだった。きりっとした顔つきでかなではちょっと気おされてしまった。
「えっと、修想館ってここ、ですか?」
「はい、ご予約の天海圭也さまですね。どうぞ、お入りください」
 律に言われ天海さんはアーチ状をえがいた青銅の門をとまどいながら入ってきた。
「天海さま、ようこそいらっしゃいました。わたくし、こちらの主である永本律ともうします」
 律はかなでのせなかをこっそりつついた。かなでははっと気がつき頭を下げた。
「弟子の土居かなでですっ」
 律は「暑かったでしょう、どうぞこちらへ」と天海さんを応接間に案内した。
「かなで。お茶をいれてきてちょうだい」
「はいっ」
 かなではリビングにむかい、食器だなからコップを四つ手にとり、花がらのトレイに置いた。冷蔵庫に入っている麦茶をとり出し注いで運んだ。
 今日から一週間修想館に泊まるのは高校三年生の天海圭也さん。ちなみに髪の毛の色は、学校で髪を染めるのは禁止されているので、夏休みが終わると元の黒髪にもどすらしい。一週間の滞在も天海さんのご両親も了承しているとわかり、律は話を進めた。
「さっそくですが思い出をこめるものをお預かりしてかまいませんか?」
「あ、はい。これです」
 天海さんはそう言ってトートバックからキーホルダーをとりだした。金色の金属でできた平べったいものだった。大きな三日月の中に星があり、そこから金色の小つぶの金属ボールが二つほど連なり、さらに三日月の中にあるものより二回り小さな星がシャラシャラとゆれていた。
「親友との思い出をこめてほしいんです」
 律は大切そうにキーホルダーを受けとった。かなでは律の手の中をのぞきこんだ。よく見ると三日月の表面のラメがきらきらしていて、まるで月と星がほんとうにかがやいているように見えた。
「きれーいっ」
 かなでは思わず声を上げた。天海さんは照れくさそうに言った。
「近所の天文科学館のみやげなんですけどね」
「わあ! わたし、まだプラネタリウムって見たことないんですけど、どんなかんじなんですか?」
 かなでは目をきらきらさせながら尋ねた。
「ドームいっぱいに星が映るんだ。その前に目を閉じるように言われて、目を開けると見たこともないくらいたくさんの星が映っていて。ドームだってことをわすれちゃうくらいだったよ」
「すごーいっ! この町、そういう施設がないんです。滝とか牧場はあるけど」
「そうなんだ」
「でもケーキ屋さんとかはおいしいところが多いんですよっ」
「へえ、それはいいこと聞いた」
「滝は白布の滝っていって、夏場は友達といっしょに水遊びもするんです。去年なんか……」
 かなでが次の言葉を発そうとしたとき、律がさえぎるように話を変えた。
「どうかお聞かせください。あなたと親友の方の思い出を」
 かなでとの会話を切られるような形で終えた天海さんは「んー……」とあごの右下あたりをかきながら言った。
「これっていうはっきりしたことよりも、今までの何気ない毎日っていうか」
 天海さんは思い出を大切そうに語りはじめた。
 天海さんと親友である月滝そらかさんは 幼稚園のころからの幼なじみで、家も近所だ。放課後に二人はよく遊び、小学校、中学校、高校とずっと同じ学校に通っている。天海さんが言うには月滝さんとはただの幼なじみでも親友でもなく、もっと強いつながり、魂の友というほうがしっくりくるそうだ。どちらか一人では解決できなかった問題も、二人でなら乗りこえられた。
 天海さんは一度言葉を切った。
「幼稚園のころから数えて十四年、ずっといたそらかが遠いところに行ってしまう。そらかが自分の夢をかなえようとしているのは、わかるんです。もちろん応援もしています。でもふと想像したんです。故郷に帰ってこずにそのまま大人になって、すれちがったときにわからなかったらどうしようって。すごく悲しくて、くやしいって思ったんです。そらかがおれをわすれちゃうことも、おれがそらかとの思い出がうすれていくのも……」
 天海さんはひと呼吸ついた。
「今、そらかは必死に受験勉強をしています。一番早いやつで十月くらいにあるから。あいつのことだからその試験で受かると思います。頭いいから。そのときのお祝いにこれを、思い出といっしょにわたしたくて」
 月滝さんは天文学者になるため、天海さんたちの地元からさらにとなりの県の国立大学を、天海さんはパティシエになるために地元の専門学校を目指している。
 律はもう一度キーホルダーをながめた。そして大切に手のひらで包みこんで、軽く頭を下げた。
「お話、聞かせていただいてありがとうございます。またお話していただくことが多々あるかと思います」
「はい、よろしくおねがいします」
 天海さんは泊まる部屋に二階の洋室を選んだ。部屋に入ると「おおっ、すっげえ! まじこう、外国のお屋敷って感じだっ」と興奮していた。
 かなでは屋根裏部屋でバイオリンの練習をすることにした。今ではきちんと演奏できる。だが、やはり律には遠くおよばない。聞いたしゅんかん鳥はだが立って、まるで歌っているかのような音色には。それは今ひいているバイオリンに魂がこもっていないから、というだけではないとかなではわかっていた。
「うーん、まだまだだなあ」
 苦い顔をしてほほをかきながら、かなではつぶやいた。
 天海さんもふくめて三人でばんごはんを食べた。今夜の献立はタルタルソースのチキン南蛮に、海苔としょうゆで味つけした長芋の短冊、なすのみそ汁。天海さんは「うまっ!」と言いながらぺろりと平らげた。かなでがその片づけをしようとしていると、天海さんがどうやら自分で作ったおかしを持ってきてくれたらしく、三人で食べることになった。チェックがらの四角いクッキー、月のようにまん丸なビスケット、貝の形のマドレーヌ、カラフルな表面……卵白と粉ざとうを混ぜてつくったアイシングというらしい……のカップケーキ。
「わあ……」
 かなではキラキラとかがやいて見える焼き菓子たちにうっとりした。律はクッキー、かなではカップケーキを手にとった。
「いただきまーす。……うーん、おいしいっ」
 かなでがそう言うと天海さんはうれしそうに笑った。そして遠くを見るような目でぽつりとつぶやいた。
「あいつもそんな風に笑ってたなあ」
「親友のかたのことですか?」
 律が尋ねると天海さんは「ええ」と答えた。
「幼稚園のころ、そらかが野良ねこをひろったんです。でもあいつの家、おばさんがアレルギーで飼えなくて、大泣きしたんですよ。それでねこの形のクッキーを、母親と焼いたんです。そしたらそらかのやつ、『ねこちゃんだあ!』なんて大よろこびして。でもなかなか食べてくれなかったんです。かわいいからって」
 天海さんはかなでを見た。
「あのときや、きみみたいな笑顔があるからこそ、おれはおかしをつくりたいって思ったんだろうな」
 それをきっかけに天海さんは月滝さんとのほかの思い出を楽しそうに話していた。
 その後一時間だけバイオリンのレッスン、その後想鳴者としての授業のときに律から注意を受けた。
「かなで。想鳴者は相手からの話を聞くことが大切よ。昼間のように自分の話をたくさんしているようでは、相手の思い出を知ることはできない」
「すみません……」
 かなではうつむいた。だれかとおしゃべりをしていると、ついつい心がうさぎのようにはねてしまう。
「まあまあ、カナデがおしゃべりしてくれたおかげで話してくれたこともあったんでしょ」
 バイオリンに入ったままイオは律をなだめた。その日は想鳴者として話を自然に聞き出すこと、話を聞くことが大切だという授業を行なった。屋根裏部屋で今日一日の反省やメモをとったことなどを書いて、かなではベッドに入った。
 その日の夜おそく、かなではめずらしくトイレに行きたくて目を覚ましました。ゆっくりとはばのせまい、たよりない階段を下りた。トイレから出てくると、律の部屋のドアが少し開いていて一筋の明かりが道のようにのびていた。
「……ちょっと言い方きびしくないかい?」
 イオの声だ。ゆか板がキイキイと鳴らないように、かなではそっとドアのうらに回った。律とイオの会話が聞こえてきた。
「そうね。わたしもあの子と話すのは楽しくて好きよ。でも想鳴者としては別。人の話を聞く力も育てなくちゃ」
「まあ、そうっちゃそうかもね」
 律の声はいつものようなキリッとしたものではなかった。
「とくに友達のことを話しているとき、わたしまで楽しくなっちゃう。……あの子のことを思い出すわ」
(あの子?)
律の言葉からは悲しみ、そしてほんの少しの疲れがにじみ出ていた。
 かなではゆっくりと屋根裏部屋にもどった。
(律さんのあんな声、はじめて聞いた)
律の今までに聞いたことがなかった声が耳からはなれなかった。
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